「不可能」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 82 件
「不可能」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全82件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
顎で背中を搔く(あごでせなかをかく)
そのつもりで手を伸ばしても、体のつくりからして届きようがない。 やろうとする姿勢だけは見せながら、初めから形にならない事柄をいう。
朝日が西から出る(あさひがにしからでる)
絶対に起こるはずがないことのたとえ。 太陽は東から昇るもので、西から出ることはないとの意から。 「西から日が出る」「日が西から出る」ともいう。
朝比奈と首引き(あさひなとくびひき)
到底かなわないこと、勝負にならないことのたとえ。 怪力で名高い鎌倉時代の武将、朝比奈義秀と首引き(首に紐をかけて引き合う遊び)をしても勝てるわけがないことから。
雨夜の月(あまよのつき)
想像するだけで、現実には見ることのできないもののたとえ。雨夜にも月はあるはずだが、目には見えないことから。
網の目に風たまる(あみのめにかぜたまる)
ありえないことのたとえ。 網の目を通り抜けるはずの風が網にたまるとの意から。
如何せん(いかんせん)
残念ながら、いい方法がない。どうしようもない。
石臼を箸に刺す(いしうすをはしにさす)
無理難題を言うこと。 石臼を箸で刺すことなど不可能であることから。
石に花咲く(いしにはなさく)
現実には起こるはずのないことのたとえ。
一升徳利に二升は入らぬ(いっしょうどっくりににしょうははいらぬ)
ものには限界があり、それ以上を望んでも無理だということ。 一升入りの徳利に二升は入らないとの意から。
一升入る壺は一升(いっしょうはいるつぼはいっしょう)
一升入りの容器には、どうやっても一升しか入らないということ。物にはそれぞれの限度があることのたとえ。
魚の木に登るが如し(うおのきにのぼるがごとし)
魚が木に登ろうとするように、不可能なことをしようとするたとえ。
鵜川の小鮎(うかわのこあゆ)
身をかわす道が塞がれていること。 鵜を放つ川で育った小鮎は、いずれ嘴に呑まれるほかない。
大河を手で堰く(おおかわをてでせく)
無謀で不可能なことをするたとえ。大きな川を手で堰き止めようとするということから。
お手上げ(おてあげ)
解決する方法がなく、どうにもならないさま。 両手をあげて降参の意思を示すとの意から。
男猫が子を生む(おとこねこがこをうむ)
ありえないことのたとえ。 「男猫」は雄猫のこと。 雄の猫が子を産むことはないとの意から。
及ばぬ鯉の滝登り(およばぬこいのたきのぼり)
どんなに頑張ってもとうてい不可能なことのたとえ。また、いくら望んでも見込みのない恋のたとえ。「及ばぬ恋」と「鯉の滝登り」をかけていった言葉。
及びも付かない(およびもつかない)
差がありすぎて、到底かなわない。
籠で水を汲む(かごでみずをくむ)
苦労しても効果のないことのたとえ。籠で水を汲んでも、編み目から水が漏れて溜まらないことから。
神ならぬ身(かみならぬみ)
全知全能の神ではない我が身。人間の能力には限界があるということ。
烏の頭の白くなるまで(からすのあたまのしろくなるまで)
いつまで経ってもその時がこないことのたとえ。中国、戦国時代に燕の太子丹が人質になった時、秦王が「烏の頭が白くなり、馬に角が生えたら国へ帰す」と言ったという故事から。
川の石星となる(かわのいしほしとなる)
川底の石が空の星に変わる。あるわけのない事の言い立てに使う。 決してあり得ぬ事の並びの一つとして挙げられている。
木に餅がなる(きにもちがなる)
そんな都合のよい成り行きがあるものかということ。また、難しい相談を軽々と請け合ってみせること。 木の枝に餅が実るはずのないところから。
木に縁りて魚を求む(きによりてうおをもとむ)
方法を誤ると目的を達成できないことのたとえ。 木に登って魚を探すとの意から。
雲に梯(くもにかけはし)
望んでも叶えられないことのたとえ。 雲にはしごを架けることはできないことから。
水母の風向かい(くらげのかぜむかい)
いくらあがいても無駄なことのたとえ。水母が風上に向かっても進めないことから。
水母の骨(くらげのほね)
まず出会うはずのないもの、めったに手に入らないもののたとえ。 水母を探しても骨は出てこない。
群羊を駆って猛虎を攻む(ぐんようをかってもうこをせむ)
頭数ばかりをそろえて、力量の隔たった相手へ攻めかかること。多くは、そうした企ての無駄をいう。羊の群れをけしかけて猛虎に当たらせる図から。
恋の病に薬なし(こいのやまいにくすりなし)
恋わずらいは病気ではないから治す薬はないということ。
甲が舎利になる(こうがしゃりになる)
そんなことは万に一つも起こらない、と強く打ち消すときの言い方。 固い頭の骨が焼けて粉々の骨になるほどの、まずあり得ない変わりようにたとえたもの。 甲は頭蓋骨、舎利は火葬のあとに残る骨。裏返した「舎利が甲になる」も同じ意味で使う。
口中の虱(こうちゅうのしらみ)
逃げ場がなくて、非常に危険なことのたとえ。 口の中のしらみは、逃げ場がないため簡単に噛み殺されることから。
事ここに至る(ことここにいたる)
事態が切迫し、手の打ちようのない状態になること。
蒟蒻で石垣を築く(こんにゃくでいしがきをきずく)
とうてい出来るはずがないことのたとえ。
竿竹で星を打つ(さおだけでほしをうつ)
不可能なことをしようとする愚かさのたとえ。また、思うところに手が届かないもどかしさのたとえ。 竿竹で天にある星を打ち落とすとの意から。
逆立ちしても(さかだちしても)
どれだけ努力しても実現できないことのたとえ。
砂上の楼閣(さじょうのろうかく)
見かけは立派だが、基礎がしっかりしていないために長く続かないことのたとえ。また、実現不可能な物事や計画のたとえ。「楼閣」は、高い建物。砂の上に建てた楼閣はすぐに倒れるということから。
塩にて淵を埋む如し(しおにてふちをうずむごとし)
やっても無駄なことや不可能なことをすること。 塩で深い水たまりを埋めようとするとの意から。
蜆貝で海を量る(しじみがいでうみをはかる)
見合わないほど小さな道具で大きな仕事に取りかかる、無謀な試みのたとえ。蜆の貝殻ひとつで海の水をくんで量ろうとする意から。
至難の業(しなんのわざ)
実現できるとは思えないほどに難しいこと。
始末に負えない(しまつにおえない)
どうすることもできない。手に負えない。
杓子で腹を切る(しゃくしではらをきる)
切る格好だけつけて、実の伴わない振る舞いをいう。 また、どうにも運びようのない事柄。
知る由もない(しるよしもない)
その物事を知るための手がかりや方法が一つもないこと。
水中に火を求む(すいちゅうにひをもとむ)
いくら求めても得ることができないこと。
擂り粉木で芋を盛る(すりこぎでいもをもる)
先の丸い棒では、丸みのあるものを載せようにも引っかかりがない。 はじめから成り立たない骨折り。
擂り粉木で腹を切る(すりこぎではらをきる)
刃を持たない棒を突き立てても、腹は切れない。 手段の選び方からして見当が外れている。 「連木」も同じ棒の呼び名。
赤手を以て江河を障う(せきしゅをもってこうがをささう)
道具ひとつ持たぬ両の手で、大河の水をおしとどめようとする。人手を借りずに一身で大事へ挑む姿をいい、また、そうまでしても届かない事柄のたとえにもなる。 「赤手」は何も持たない手、「江河」は長江と黄河をさす。
切匙で腹を切る(せっかいではらをきる)
端から成り立つはずのない話を、それでも運ぼうとする。 木でこしらえた「切匙」は擂り鉢の内をこそげ取る道具で、人を傷つける用にはできていない。
是非に及ばず(ぜひにおよばず)
どうすることもできない。仕方がない。やむを得ない。そうするしかない。 その物事の善悪を議論する余裕がないということから。 本能寺の変で織田信長が言ったとされる言葉。
是非も無い(ぜひもない)
どうしようもない。仕方ない。 好ましくない結果を認めるしかない時に使う言葉。
大海を手で塞ぐ(たいかいをてでふさぐ)
どうやっても出来るはずのない不可能なことをしようとすることのたとえ。 大海の水を手で堰き止めようとするとの意から。
大海を耳搔きで測る(たいかいをみみかきではかる)
とても大きな問題に対して、自分の小さな力や考えで判断しようとするたとえ。広い海の水を耳搔きで汲んではかろうとすることから。
大廈の倒れんとするは一木の支うる所に非ず(たいかのたおれんとするはいちぼくのささうるところにあらず)
屋台骨ごと傾きはじめた組織は、誰か一人が踏ん張ったところで持ち直さない。 崩れは全体に回っており、そこへ差し出せる手は小さすぎる。 「大廈」は高く構えた建物をいう。 「倒れんとする」は「顚れんとする」とも書く。 「一木大廈の崩るるを支うる能わず」「一木いずくんぞ能く大廈を支えん」ともいう。
太山を挟んで北海を超ゆ(たいざんをわきばさんでほっかいをこゆ)
人間の力では出来るはずがないことのたとえ。 「太山」は泰山、「北海」は中国北東部にある渤海湾(ぼっかいわん)のこと。 泰山を小脇にかかえて渤海湾を飛び越えるとの意から。
高嶺の花(たかねのはな)
高い嶺に咲くきれいな花のように、遠くから見るだけで手に入れることの出来ないもののたとえ。
卵の四角(たまごのしかく)
あるはずのないことのたとえ。 四角い形の卵は存在しないことから。 「卵の四角と女郎の誠(四角い形の卵が存在しないのと同じで、女郎が誠意を持つことなどない)」ともいう。
出来ない相談(できないそうだん)
始めからまとまらないことが分かっている無理な相談。
灯心で鐘を撞く(とうしんでかねをつく)
見込みのまるでない、成り立ちようのない試み。 灯心は行灯に火をともすための細い糸。それを打ちつけたところで、鐘は音を返さない。
灯心で須弥山を引き寄せる(とうしんでしゅみせんをひきよせる)
相手があまりに大きすぎて、こちらの手には掛かりようもないこと。 須弥山は仏教で説く、世界の軸をなす巨大な山。灯心を綱の代わりにして、これを手元へ手繰ろうとする意から。
灯心で竹の根を掘る(とうしんでたけのねをほる)
一生懸命努力しても効果のないことのたとえ。 「灯心」は、灯油に浸して火をともす柔らかいひも状の芯のこと。 柔らかい灯心では、堅い竹の根を掘れるはずがないことから。
豆腐で歯を痛める(とうふではをいためる)
ありえないことのたとえ。 やわらかい豆腐を食べて歯を痛めることなどないとの意から。
とてもじゃないが(とてもじゃないが)
どうすることもできない、どうしても実現しない、という意味を表す言葉。 「とても」を強調した言い方。
無い袖は振れない(ないそではふれない)
いくら出したくても持っていなければ出しようがないということ。 着物に袖がなければ、いくら振りたくても振ることはできないとの意から。
無い物ねだり(ないものねだり)
ないものや手に入らないものを無理にほしがること。また、実現できないことをむりにもとめること。
七尋の島に八尋の船を隠す(ななひろのしまにやひろのふねをかくす)
やっても無駄なことのたとえ。 「尋」は長さの単位。 七尋しかない島に八尋の船を隠すとの意から。
習わぬ経は読めぬ(ならわぬきょうはよめぬ)
知識や経験のないことは、いくらやれといわれても出来るものではないというたとえ。 習ってもいないお経など、難しくて読めるはずがないとの意から。
歯が立たない(はがたたない)
相手の能力が高すぎて勝負にならないこと。 または、その物事が難しすぎて処理できないこと。 硬くて噛み砕くことができないとの意から。
畑に蛤(はたけにはまぐり)
およそ在りようのない所に目を付けて、あてもなく探し続けること。 狙う先そのものが外れているので、時間をかけただけ何も残らない。
針を以て地を刺す(はりをもってちをさす)
わずかな知識で計り知れないものを推し量ろうとすること。また、力の及ばない事柄に手を出すたとえ。針の先で大地を突いても、ほんの一点をうがつだけであることから。
馬鹿に付ける薬はない(ばかにつけるくすりはない)
愚かな者の頭を賢くする薬はない。愚か者は救いようがないということ。
万事休す(ばんじきゅうす)
これ以上手の打ちようがなく、お手上げの状態になること。「万事」はすべてのこと、「休す」は終わるという意。
干潟の鰯(ひがたのいわし)
自滅するのを待つしかないことのたとえ。 干潟に取り残された鰯は死ぬしかないとの意から。
人の口に戸は立てられぬ(ひとのくちにとはたてられぬ)
世間の噂話は止めることができないということ。 「立てる」は閉めることで、「閉てる」とも書く。 「開いた口に戸は立てられぬ」「世間の口に戸は立てられぬ」ともいう。
百年河清を俟つ(ひゃくねんかせいをまつ)
来るあてのない日を待ち続けて、こちらの時間だけが減っていく。 待つ側の一生では、その日はついに来ない。 単に「河清を俟つ」、また「百年黄河の澄むを俟つ」ともいう。
袋の鼠(ふくろのねずみ)
どうやっても逃げることができない状態。 「袋の中の鼠」ともいう。
星を数うる如し(ほしをかぞうるごとし)
限りのないこと、できるはずのないことのたとえ。
惚れた病に薬なし(ほれたやまいにくすりなし)
恋わずらいは、治す薬もなく、どうすることもできないということ。
水の低きに就くが如し(みずのひくきにつくがごとし)
水が低い方へ流れていくように、物事のなりゆきは止めようとしても止められないということ。
命運が尽きる(めいうんがつきる)
運に見放されて、これ以上存続するための手段がなくなること。
薬缶で茹でた蛸(やかんでゆでたたこ)
物事に行き詰まり、どうしようもない様子。また、内に閉じこもり動けない様子。 薬缶で蛸を茹でると、蛸が硬くなり、手も足も出せない状態になることから。
山に蛤を求む(やまにはまぐりをもとむ)
向かう先を取り違えていては、どれほど手を尽くしても実りはない。 海でなければとれない蛤を、山の中で探し回るとの意から。
夢のまた夢(ゆめのまたゆめ)
非常にはかないこと。また、到底実現しそうにないこと。 夢の中でみる夢のことから。 「夢の夢」ともいう。
余儀なくされる(よぎなくされる)
他に方法がなく、したいと思っていなくてもそうせざるを得ないこと。
艪を押して櫂は持たれぬ(ろをおしてかいはもたれぬ)
一人の手が受け持てる役目は、一度に一つだけだということ。 艪を押すのも櫂を使うのも舟を進めるためだが、その二つを一度に扱うわけにはいかないとの意から。
