「平凡」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 44 件
「平凡」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全44件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
赤子のうちは七国七里の者に似る(あかごのうちはななくにななさとのものににる)
赤ん坊ははっきりした特長がないので、似ていると思って見ればあちこちの誰にでも似て見えるということ。「七国七里」は諸所方々のこと。
雨の降る日は天気が悪い(あめのふるひはてんきがわるい)
あたりまえのこと、わかりきったことのたとえ。
鋳型に嵌める(いがたにはめる)
画一化すること。一定の枠にはめ込んで特徴のないものを作ること。
生きている犬は死んだライオンに勝る(いきているいぬはしんだらいおんにまさる)
どんな偉人でも死んでしまってはおしまいだから、凡人でも生きている方がいいということ。
何れを見ても山家育ち(いずれをみてもやまがそだち)
大勢いる者のどれを見ても田舎育ちで、誰一人役に立ちそうにない。
色気と痔の気のない者はない(いろけとじのけのないものはない)
表沙汰にしにくいものを、人はひとつくらい抱えている。取り澄ましてみせても、そこは誰も変わらない。 「痔の気」は「色気」に音を合わせた添え物。
員に備わるのみ(いんにそなわるのみ)
数の中には入っているが、実際には何の役にも立たないこと。実権を持っていないこと。
瓜の蔓に茄子は生らぬ(うりのつるになすびはならぬ)
一つの原因からは、それ相応の結果しか生まれないということ。また、平凡な親からは、非凡な子どもは生まれないということのたとえ。
大水に飲み水なし(おおみずにのみみずなし)
大勢の人がいても、本当に役に立つ人は少ないということ。 洪水の水はたくさんあっても、飲み水としては使えないとの意から。 「火事場に煙草の火なく大水に飲み水なし」ともいう。
蛙の子は蛙(かえるのこはかえる)
子どもは親に似るものであるということ。また、凡人の子はやはり凡人であるというたとえ。
影が薄い(かげがうすい)
存在感がなく、目立たないさま。 また、元気がなく、長く生きられないように見えるさま。
型に嵌まる(かたにはまる)
することも言うことも、どこかで見た形の繰り返しになっている。 その人でなければ出てこないはずの手触りが、どこを探しても見当たらない。
可もなく不可もなし(かもなくふかもなし)
特によくもなく、悪くもないこと。普通であること。
螻蛄才(けらざい)
多芸多才でありながら、特に上手なものがないことのたとえ。 「螻蛄」は、土の中にいる虫で、飛ぶ、登る、潜る、掘る、走るの五つの能力があるが、どれも特別上手ではないことから。 「螻蛄芸」ともいう。
芸が無い(げいがない)
舞や唄をこなす素養が無いこと。 転じて、決まりきった運びに終始して、受け取る側を退屈にさせることをいう。
蝙蝠も鳥のうち(こうもりもとりのうち)
その道の者とは言いにくい相手まで、ひとまとめに数えられている。格の合わない顔ぶれが並んでいても、外からは同じ一群として通ってしまう。
白湯を飲むよう(さゆをのむよう)
味もそっけもない様子。
三人寄れば文殊の知恵(さんにんよればもんじゅのちえ)
たとえ凡人でも三人集まって相談すれば、すばらしい知恵がでるというたとえ。「文殊」は、知恵をつかさどる菩薩の名前。
小人罪なし璧を懐いて罪あり(しょうじんつみなしたまをいだいてつみあり)
これといった落ち度のない者でも、暮らしぶりに釣り合わない値打ち物を抱え込めば、それだけで周りの欲を引き寄せてしまう。 持ち主に非があるのではなく、持ち物のほうが咎めを連れてくる。 「璧」は、平たく円く磨き上げた玉。
沈香も焚かず、屁もひらず(じんこうもたかず、へもひらず)
取り立てて褒めるところも、けなすところもないこと。目立った長所も短所もない、ありふれた人物や物事をいう。 高価な沈香をたいて雅な香りをただよわせるでもなし、かといって臭い屁を放つでもなし、というどちらつかずのさまをいったもの。
勝れて良き物は勝れて悪し(すぐれてよきものはすぐれてあし)
特にすぐれているということは、悪い面も持ち合わせているから、何事も普通がいいということ。
高が知れる(たかがしれる)
程度がわかり、たいしたことはないということ。「高」は数量や金額の意。
多芸は無芸(たげいはむげい)
多芸の人は、かえって一つの芸を深く極めることがなく、結局芸が無いのと同じだということ。
田作りも魚の内(たづくりもうおのうち)
見くびられがちな者でも、数に入れれば立派な戦力になる。端の一人として当てにして差し支えない。 「田作り」は小魚を干して作る正月の祝い肴。ごまめともいう。
月夜の蟹(つきよのかに)
中身がない人のたとえ。蟹は月夜にはえさを食べず、身が少ないことから。
鉄中の錚錚(てっちゅうのそうそう)
ずば抜けてはいないが、並みの人の中では取り柄のあるほうだという評。 後漢の光武帝が、降ってきた反乱軍の頭を、鉄のうちでも澄んだ音を出すものになぞらえて褒めた。 日本で「錚錚たる」といえば第一級の人物のことだが、本来は控えめなほめ言葉。
十で神童、十五で才子、二十過ぎれば只の人(とおでしんどう、じゅうごでさいし、はたちすぎればただのひと)
子どものころは並外れた秀才と思われていた人も、成長すれば平凡な人間になることが多いということ。
鳶の子は鷹にならず(とびのこはたかにならず)
平凡な人間の子は、やはり平凡な人間になるというたとえ。
鳥なき里の蝙蝠(とりなきさとのこうもり)
強い者や優れた者がいないところで、つまらない者が威張っていることのたとえ。 鳥がいない所では、蝙蝠が幅をきかせて鳥のように飛び回るということから。
毒にも薬にもならない(どくにもくすりにもならない)
害にもならないが役にも立たない、あってもなくてもいいもの、居ても居なくてもいい人のたとえ。
団栗の背比べ(どんぐりのせいくらべ)
どれも平凡で、特に目立つような優れたものがないことのたとえ。団栗を比べてみても、みんな同じような大きさでほとんど違いがないことから。
名のない星は宵から出る(なのないほしはよいからでる)
最初に出て来るものに、たいしたものはないというたとえ。また、心待ちにしている人は現れず、待ってもいない者が早々にやって来ることのたとえ。
名も無い(なもない)
名前が知られていないことのたとえ。 また、有名ではないことのたとえ。
似たり寄ったり(にたりよったり)
どれもほとんど同じで、たいした違いがない様子。
日常茶飯事(にちじょうさはんじ)
ごくありふれたこと。日々の茶や飯のように、当たり前に繰り返される平凡な出来事。 「茶飯」は日常の食事のことから、毎日行うありふれた行為・出来事のたとえとして用いられる。 「日常茶飯」ともいう。
二番煎じ(にばんせんじ)
同じことの繰り返しで、新鮮味や効果が感じられないことのたとえ。 一度煎じた茶や薬を再び煎じたもののことから。
ぱっとしない(ぱっとしない)
これといって目立つところがない様子。
人ある中に人なし(ひとあるなかにひとなし)
世の中に人間はたくさんいるが、役に立つ立派な人間はなかなかいないということ。
人屑と縄屑は余らぬ(ひとくずとなわくずはあまらぬ)
縄の切れ端でも何かの役に立つように、つまらない人間のようでも、その能力に応じて使い道があるということ。
人の心は九分十分(ひとのこころはくぶじゅうぶ)
人間の考えることはどれも似たようなもので、大きな差はないということ。 「人の心は九合十合」「世の中の人の心は九合十合」ともいう。
風采が上がらない(ふうさいがあがらない)
容姿や服装などの見た目が質素で垢抜けていないこと。
鮒の仲間には鮒が王(ふなのなかまにはふながおう)
つまらない者の中では、やはりつまらない者が首領となることのたとえ。また、つまらない者たちの中にもそれにふさわしい首領がいるというたとえ。
変哲もない(へんてつもない)
目を引くところが何もなく、他と見分けのつかないさま。「変哲」は普通と違っている点の意で、多く「何の変哲もない」の形で使う。
昔千里も今一里(むかしせんりもいまいちり)
すぐれた人も、年をとれば凡人に劣ってしまうということ。 昔は千里を行くことができた駿馬も、今では一里しか行くことができないとの意から。
