惻隠の心は仁の端なり
ことわざ「惻隠の心は仁の端なり」の意味・読み方を解説します。
惻隠の心は仁の端なり
そくいんのこころはじんのたんなり
| 言葉 | 惻隠の心は仁の端なり |
|---|---|
| 読み方 | そくいんのこころはじんのたんなり |
| 意味 | 人の苦しみに触れて気の毒だと感じる心こそが、思いやりの徳である「仁」の出発点だということ。
『孟子』の公孫丑上篇にある一節で、「端」は物事の始まりを指す。孟子は、人の心には徳の芽となるものが四つあると説き、これを「四端」と呼んだ。ここで挙げられた同情の心が「仁」の始まり、悪を恥じる心が「義」の始まり、へりくだってゆずる心が「礼」の始まり、正しいか否かを見分ける心が「智」の始まりだという。 「惻隠」は、同情して胸を痛めること。「惻隠の情」や四字熟語の惻隠之心も、この心を言い表した語である。 |
| 例文 | 転んで泣いている下級生に思わず駆け寄る子どもたちの姿に、惻隠の心は仁の端なりという古人の言葉がよみがえった。 |
| 出典 | 『孟子』公孫丑上 |
| 場面 | 思いやり / 人の本性 |
| 使用漢字 | 惻 / 隠 / 心 / 仁 / 端 |
「惻」を含むことわざ
- 惻隠(そくいん)
- 惻隠の心は仁の端なり(そくいんのこころはじんのたんなり)
- 惻隠の情(そくいんのじょう)
「隠」を含むことわざ
- 空き家の雪隠(あきやのせっちん)
- 頭隠して尻隠さず(あたまかくしてしりかくさず)
- 色の白いは七難隠す(いろのしろいはしちなんかくす)
- 隠逸花(いんいつか)
- 隠密の沙汰は高く言え(おんみつのさたはたかくいえ)
- 柿を盗んで核を隠さず(かきをぬすんでさねをかくさず)
- 隠すより現る(かくすよりあらわる)
- 隠れたるより現るるはなし(かくれたるよりあらわるるはなし)
- 隠れての信は顕われての徳(かくれてのしんはあらわれてのとく)
- 隠れ蓑にする(かくれみのにする)
「心」を含むことわざ
- 諦めは心の養生(あきらめはこころのようじょう)
- 明日ありと思う心の仇桜(あすありとおもうこころのあだざくら)
- 頭剃るより心を剃れ(あたまそるよりこころをそれ)
- 過つは人の性、許すは神の心(あやまつはひとのさが、ゆるすはかみのこころ)
- 怒り心頭に発する(いかりしんとうにはっする)
- 生きた心地もしない(いきたここちもしない)
- 一心岩をも通す(いっしんいわをもとおす)
- 鰯の頭も信心から(いわしのあたまもしんじんから)
- 魚心あれば水心(うおごころあればみずごころ)
- 運用の妙は一心に存す(うんようのみょうはいっしんにそんす)
「仁」を含むことわざ
- 過ちを観て仁を知る(あやまちをみてじんをしる)
- 医は仁術(いはじんじゅつ)
- 巧言令色、鮮なし仁(こうげんれいしょく、すくなしじん)
- 剛毅朴訥、仁に近し(ごうきぼくとつ、じんにちかし)
- 志士仁人は生を求めて以て仁を害するなし(ししじんじんはせいをもとめてもってじんをがいするなし)
- 仁義を切る(じんぎをきる)
- 仁者は憂えず、知者は惑わず、勇者は懼れず(じんしゃはうれえず、ちしゃはまどわず、ゆうしゃはおそれず)
- 仁者は敵なし(じんしゃはてきなし)
- 宋襄の仁(そうじょうのじん)
- 大道廃れて仁義あり(だいどうすたれてじんぎあり)
