「人の本性」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 89 件
「人の本性」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全89件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
灰汁が強い(あくがつよい)
人々に受け入れられにくいような、特有の強い個性があること。 人の性質や文章・作品などについて用いられる。
足を知らずして履を為る(あしをしらずしてくつをつくる)
人の本性には大きな違いがなく、同じ種類のものは性質もおおむね似通うことのたとえ。 人の足の大きさはだいたい同じであり、いちいち測らずとも靴を作れる意から。 「履」は「屨」とも書く。
熱火子に払う(あつびこにはらう)
緊急事態には、利己心が醜く現れるというたとえ。 炎が自分に迫ってきた時は、炎を我が子の方へ払いのけてでも助かろうとするとの意から。 「熱火子にかく」ともいう。
過ちを観て仁を知る(あやまちをみてじんをしる)
人の過ちの種類を観察することによって、その人の人柄がわかるということ。
厭と頭を縦に振る(いやとかぶりをたてにふる)
うわべの態度と本心とがまるで違うことのたとえ。 口ではいやだと言いながら、首を縦にふって承諾することから。
漆は剝げても生地は剝げぬ(うるしははげてもきじははげぬ)
人の持って生まれた素質は変わることはないというたとえ。 漆器の表面の漆は剝げ落ちても、下の生地は剝げることはないことから。
鬼が住むか蛇が住むか(おにがすむかじゃがすむか)
世の中にはどんな恐ろしいものが住んでいるかわからないということ。 また、人の心の中にはどんな考えが潜んでいるかわからないということ。
思い内にあれば色外に現る(おもいうちにあればいろそとにあらわる)
腹に抱えたものは、目もとや身のこなしに滲み出る。隠しおおせたつもりでも、外からは知れてしまう。
陰日向がある(かげひなたがある)
人が見ているところとそうでないところとで、言動が変わること。
貸した物は忘れぬが借りたものは忘れる(かしたものはわすれぬがかりたものはわすれる)
人に貸したものは忘れないが、人から借りたものはつい忘れてしまうということ。 人間は身勝手なものだというたとえ。
蟹は甲羅に似せて穴を掘る(かにはこうらににせてあなをほる)
人はそれぞれ自分の身分や力量に応じた考え方や行動をするというたとえ。蟹は自分の大きさに合わせて穴を掘るということから。
金の鎖も引けば切れる(かねのくさりもひけばきれる)
鎖は堅い金でこしらえてあっても、力をこめて引き続ければやがて断ち切れる。堅く決めた心も、強い誘いの前ではもろい。一方で、根気よく力をかければ通らぬ道はないと、人を力づける側にも使う。
嚙む馬はしまいまで嚙む(かむうまはしまいまでかむ)
悪い癖は簡単には直らないことのたとえ。人を噛む癖のある馬は、死ぬまで噛むということから。 「嚙」は「噛」とも書く。
仮面を被る(かめんをかぶる)
本性を隠して表に出さないこと。
考える葦(かんがえるあし)
弱い身でありながら、考える力を持つという一点で他に抜きん出た存在としての人間。 折れやすい一本の葦にたとえたうえで、思うという働きだけは宇宙にも引けを取らないとした言い方。
生地が出る(きじがでる)
何かのきっかけで、本来その人が持っている性格や隠していた本性があらわれること。 「生地を出す」ともいう。
器量より気前(きりょうよりきまえ)
器量がいいことより、気立てのいいことのほうが大事だということ。
朽ち木は柱にならぬ(くちきははしらにならぬ)
芯まで傷んだ木で柱は組めない。性根の据わらない者に重い役目が回ってこないのも同じ理屈で、人柄が定まらなければ才があっても使いようがない。
口に蜜あり、腹に剣あり(くちにみつあり、はらにけんあり)
愛想のよい受け答えの裏で、相手を仕留める段取りを進めている。 笑顔のまま近づいて足をすくう型の油断ならなさを言い、唐の宰相李林甫を評した言葉に始まる。
毛のない猿(けのないさる)
人情や良心がない人のたとえ。 体に毛がないことだけが、猿との違いだとの意から。 「毛のない犬」ともいう。
下種の一寸、のろまの三寸、馬鹿の開けっ放し(げすのいっすん、のろまのさんずん、ばかのあけっぱなし)
戸を閉める時に、下種は一寸閉め残し、のろまな者は三寸閉め残し、愚か者は開けっ放しにしてしまう。戸の閉め方で、その人の品性・性格がわかるということ。
恒産なき者は恒心なし(こうさんなきものはこうしんなし)
日々の掛かりに当てがない者に、据わった心を求めても無理がある。暮らしの土台をこしらえてやるのが先で、そこを飛ばして人を責めるなという、政をあずかる者への諫めである。
心につるる姿(こころにつるるすがた)
心のありさまは外見に現れるということ。 「つるる」は「連れる」、伴うという意味。 心が美しいと姿も美しくなり、心が醜いと姿も醜くなるとの意から。
言葉は心の使い(ことばはこころのつかい)
心に思っていることは、自然に言葉に表れるということ。
言葉は身の文(ことばはみのあや)
口をついて出る言い回しは、その身にまとった織り目にあたる。どれほどの人間かは、そこに透けて見える。「文」は、地の上に浮き出た筋目のこと。
子の心、親知らず(このこころ、おやしらず)
親はとかく、子どもの本当の心や考えを察知することは出来ないということ。
子は産むも心は生まぬ(こはうむもこころはうまぬ)
腹を痛めて生み落とせるのはからだまでで、その子がどんな心根に育つかまでは産んだ者の手が届かない。 親と似ても似つかぬ性分の子を持った者が、ため息まじりに言う言葉。
怖い物見たさ(こわいものみたさ)
近寄りたくないはずのものほど、目が離せなくなる。 身がすくむ一方で、その先を見届けたい心のほうが勝ってしまう。
子を棄つる藪はあれど身を棄つる藪はなし(こをすつるやぶはあれどみをすつるやぶはなし)
困窮すると最愛のわが子でも棄てることができるが、自分の身だけは棄てることができないということ。
根性に似せて家を作る(こんじょうににせていえをつくる)
住まいの構えは、建てる当人の性根の丈だけのものになる。人はおのおの、生まれついた大きさの分だけの暮らしぶりに落ち着くということ。
最後は人の嗜み(さいごはひとのたしなみ)
人は死ぬときにこそ、日頃の心がけがもっともよく現れるということ。
酒飲み、本性違わず(さけのみ、ほんしょうたがわず)
盃を重ねたところで、その人の地は入れ替わらない。 むしろ、素面のときに隠していたものが表へ出る。 「酒飲み」は「生酔い」「上戸」ともいう。
酒は本心を現す(さけはほんしんをあらわす)
酒に酔うと、ふだんは隠している気持ちを表にさらけ出してしまうということ。
三日向顔せざればその心測り難し(さんじつこうがんせざればそのこころはかりがたし)
しばらく会わずにいるだけで、相手の胸の内はもう読めなくなる。 人の気持ちほど当てにならないものはない。 「向顔」は顔を突き合わせる意。
自然に帰れ(しぜんにかえれ)
文明の積み重ねた因習に人が損なわれていると見て、生まれながらの姿へ立ち返れと呼びかける言葉。 学問や芸術の進歩がかえって人の徳を傷つけたと説いた十八世紀の思想を一言に縮めたもので、その思想家自身がこの形で書き残したわけではない。
尻尾を出す(しっぽをだす)
隠し事がばれること。
習慣は第二の天性なり(しゅうかんはだいにのてんせいなり)
習慣はいつしか深く身について、まるで生まれつきの性質のように日常生活に影響を及ぼすということ。
小人窮すれば斯に濫す(しょうじんきゅうすればここにらんす)
度量の小さい者は、追い込まれると、たがが外れて見境のない振る舞いに走る。苦しいときにこそ、その人の器量が知れるという戒め。同じ窮地でも取り乱さない徳の人と対にして説かれた言葉。
笑中に刀あり(しょうちゅうにとうあり)
顔では笑いかけながら、腹の底では相手を害そうと狙っていること。唐の李義府が柔和な物腰の裏で政敵を次々と葬り、その笑いの中には刀があると評された故事から。
真の闇より無闇が怖い(しんのやみよりむやみがこわい)
真っ暗な闇はもちろん怖いが、それよりも無闇やたらに何をしでかすかわからない人間の方がもっと怖いということ。
地金が出る(じがねがでる)
隠していた本性が表に出ること。 「地が出る」ともいう。
地で行く(じでいく)
飾り立てたりせずに、ありのまま振る舞うこと。または、物語や小説の中だけでしか行われないようなことを実際に行うこと。
素顔を見せる(すがおをみせる)
飾り立てていない本当の姿を見せること。
善に強い者は悪にも強い(ぜんにつよいものはあくにもつよい)
善行に熱心な人は、ひとたび悪いほうへ向かえば悪事にも熱中しやすいということ。 「善に強ければ悪にも強い」ともいう。
外面がいい(そとづらがいい)
身内以外の人と接する時のほうが態度がよいこと。
その子を知らざればその友を視よ(そのこをしらざればそのともをみよ)
当人を測りかねたら、まわりに誰がいるかを見ればよい。 人は自分に似た者を選んで側に置く。
存養(そんよう)
人が生まれた時から持っている善の心を失わないようにしながら育てること。
大人は赤子の心を失わず(たいじんはせきしのこころをうしなわず)
高徳の人は、生まれ持った純粋な心をいつまでも失わないということ。また、君主たる者は、赤子を慈しむように民を大切にし、その気持ちに寄り添うということ。
竹と人の心の直ぐなのは少ない(たけとひとのこころのすぐなのはすくない)
竹は意外に真っ直ぐなものは少なく、人も心が曲がらず正直な者は少ないということ。
誰でも自分の荷が一番重いと思う(だれでもじぶんのにがいちばんおもいとおもう)
自分のしていることが一番大変だと思いがちで、他人のしていることは楽に見えるが、実際にやってみると簡単ではないということ。
畜生の浅ましさ(ちくしょうのあさましさ)
畜類の愚かなさま。転じて、人間の卑しさや醜さのこと。
血の気が多い(ちのけがおおい)
興奮しやすく、感情のままに行動する性質。
地を易うれば皆然り(ちをかうればみなしかり)
置かれた場所が入れ替われば、誰もが同じように振る舞うものだ。行いの違いは立場の違いから生じるだけだ、という孟子の見方。
手を翻せば雲となり、手を覆せば雨となる(てをひるがえせばくもとなり、てをくつがえせばあめとなる)
人の心の変わりやすいことのたとえ。 手のひらを上に向ければ雲がわき、手のひらを下に向けると雨が降るとの意から。
天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず(てんはひとのうえにひとをつくらず、ひとのしたにひとをつくらず)
人間は生まれながらに平等であり、身分の上下や貴賎などの差別はないということ。
隣の貧乏鴨の味(となりのびんぼうかものあじ)
近しい者がうまくいっていないと知って、胸のうちがすっと軽くなる。 人が隠し持つ暗い満足を、そのまま言い当てている。
どこの烏も黒さは変わらぬ(どこのからすもくろさはかわらぬ)
土地を移れば何かが違うと期待しても、着いてみれば似た顔ぶれと似た有り様が待っている。器が替わっても中身までは替わらない。
泣く口は物食う(なくくちはものくう)
泣いているときであっても、食べることだけはやめられないということ。
無くて七癖、有って四十八癖(なくてななくせ、あってしじゅうはっくせ)
人は誰でも、多少の癖があるということ。 癖がないように見える人でも七つ、癖の多そうな人には四十八もあるとの意から。 単に「無くて七癖」、また「難無くして七癖」ともいう。
泣く泣くも良い方を取る形見分け(なくなくもよいほうをとるかたみわけ)
どんな時でも、人間は欲だけは忘れないということ。親などが死んで悲しんでいる時でも、形見分けで良い物を選ぶということから。
習い、性と成る(ならい、せいとなる)
習慣も続けていると、しまいにはその人の生まれつきの性質のようになるということ。
成らぬうちが頼み(ならぬうちがたのみ)
物事は、出来上がる前は期待して楽しみにするが、出来上がると気が抜けてしまうということ。また、出来上がるまでは人を頼りにするが、出来上がると頼った相手に知らん顔をするのが世の常だということ。
盗人の寝言(ぬすびとのねごと)
盗人が正体を隠そうとしてみても、寝言ではつい本音が出てどうしようもないということ。
盗人も戸締り(ぬすびともとじまり)
盗人も自分の物は盗まれないように戸締りをするということ。
猫を被る(ねこをかぶる)
本性を隠しておとなしそうにみせること。 「被る」はそのようにふるまうということ。 おとなしい猫のようなふりをするという意味から。 「猫被り」ともいう。
測り難きは人心(はかりがたきはひとごころ)
人の心ほど理解しがたいものはないということ。また、人の心が変わりやすく頼りにならないことにもいう。
腹が黒い(はらがくろい)
表向きは善人そうだが、密かに悪いことを考える性格であること。
腸が腐る(はらわたがくさる)
精神が堕落して正しい心を失うこと。
化けの皮が剝がれる(ばけのかわがはがれる)
包み隠していた本性が現れることのたとえ。「化けの皮」は、素性などを隠すための外見の意。
人、木石に非ず(ひと、ぼくせきにあらず)
感情を持たない木や石とは違い、人は喜怒哀楽をさまざまな形で表す感情豊かな動物であるということ。 「人は岩木に非ず」ともいう。
人が悪い(ひとがわるい)
人が困ることをして喜ぶような性格。意地の悪い性格。
一癖も二癖もある(ひとくせもふたくせもある)
性格などが普通とは違っていて、油断ならない雰囲気を感じさせる様子。
人肥えたるが故に貴からず(ひとこえたるがゆえにたっとからず)
人間の価値は、外見ではなく内面で決まるということ。見かけより実質が重要であるということのたとえ。
人に一癖(ひとにひとくせ)
どんな人間でも、必ず一つぐらいは癖があるということ。
人の心は面の如し(ひとのこころはおもてのごとし)
人の顔がひとりひとり違うように、人の心もそれぞれ異なるということ。 「人心の同じからざるは其の面の如し」ともいう。
人は知れぬもの(ひとはしれぬもの)
その人の中身は、表からながめただけでは測れないということ。 先々どうなっていくのかも、まわりには見通せない。
人は見目よりただ心(ひとはみめよりただこころ)
人は外見の美しさよりも、心の美しいことのほうが大切だということ。 「見目」は見た様子、顔立ちのこと。 単に「見目より心」ともいう。
人は悪かれ我善かれ(ひとはわるかれわれよかれ)
他人がどんなひどい目に遭っても、自分さえよければいいということ。人間は利己的なものだということ。また、そういう人間をあざける言葉としても使う。
貧の盗みに恋の歌(ひんのぬすみにこいのうた)
人は必要に迫られれば、なんでもするというたとえ。 貧乏すれば盗みも働くし、恋をすれば歌を詠むとの意から。
文は人なり(ぶんはひとなり)
文章には、筆者の人柄がそのまま表れ、読めば筆者の人となりが推察出来るということ。
仏千人、神千人(ほとけせんにん、かみせんにん)
世の中には悪い人間もいるが、仏や神のようなよい人間もたくさんいるということ。
真綿に針を包む(まわたにはりをつつむ)
物腰も言葉つきも申し分ないのに、その裏でこちらを傷つける算段が進んでいる。 当たりがやわらかいことそのものが仕掛けになっている。
三つ子の魂百まで(みつごのたましいひゃくまで)
幼い時の性格は、年をとっても変わらないということ。
身に勝る宝なし(みにまさるたからなし)
どれだけ財を積んだところで、それと引き換えに差し出せはしない。いざとなれば人は、自分の体ひとつを先に庇う。
身ほど可愛いものはない(みほどかわいいものはない)
人は自分の身が何よりも大事であるということ。
身を捨てる藪はない(みをすてるやぶはない)
切羽詰まっても、最後まで自分の身だけは棄てることができないということ。
鍍金が剝げる(めっきがはげる)
表面を飾っていたものが取れ、隠されていた本当の姿や欠点があらわになる。 見せかけの良さが維持できなくなり、実態が明らかになることをいう。
目は心の鏡(めはこころのかがみ)
目を見れば、その人の心の正邪がわかるということ。 目はその人の心を映し出す鏡との意から。
持ち物は主に似る(もちものはぬしににる)
身のまわりに置くものは、選んだ本人の気立てや趣味を映してしまう。何を手元に置いているかから、その人がどういう人間かはおおよそ知れる。
