子どもに教えたいことわざ — 66 件
親から子へ、先生から生徒へ、昔から言い伝えられてきたことわざを集めました。努力の続け方、うそをつかないこと、人への思いやり、あいさつや後片づけまで、子どもに向かって言葉で伝えられるものだけを選んでいます。
ことわざ一覧
石の上にも三年(いしのうえにもさんねん)
辛抱すればいつか必ず成功することのたとえ。 冷たい石の上でも、三年座り続ければ暖まるとの意から。
継続は力なり(けいぞくはちからなり)
小さなことでも続けていけば、いつか大きなことが成し遂げられるということ。
千里の道も一歩から(せんりのみちもいっぽから)
大きな目標・目的を達成するためには、身近なことからこつこつと努力を積み重ねていくことが大切であるということ。 千里の道のりも踏み出した一歩から始まるとの意から。 「千里の行も足下より始まる」ともいう。
塵も積もれば山となる(ちりもつもればやまとなる)
一粒ずつでは数にも入らないものが、こぼさず貯めていけば見上げる高さになる。 日々の小さな積み立てや、逆に小さな浪費についても言う。
失敗は成功のもと(しっぱいはせいこうのもと)
失敗は、その原因を反省し改めていくことによって、成功につながるということ。 「もと」は「基」「因」とも書く。 「失敗は成功の母」ともいう。
七転び八起き(ななころびやおき)
何度失敗しても諦めずに立ち直ること。また、人生の浮き沈みが激しいことのたとえ。 七度転んで八度起き上がるとの意から。 「七転八起(しちてんはっき)」ともいう。
急がば回れ(いそがばまわれ)
急を要することは時間や手間がかかっても安全確実にやる方が得策だということ。急ぐ時に危険な近道を通るより遠回りでも安全な道を行く方が結局早く着く意から。
転ばぬ先の杖(ころばぬさきのつえ)
失敗しないように、前もって準備しておくことのたとえ。 転ぶ前に、あらかじめ杖を用意しておくべきとの意から。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥(きくはいっときのはじ、きかぬはいっしょうのはじ)
知らないことを聞くのはほんの一時の恥で済むが、聞かずに知らないまま過ごすのは一生恥ずかしいということ。
正直は一生の宝(しょうじきはいっしょうのたから)
正直者は人から信頼され、それによって成功や幸福を手にすることができる。正直こそ一生を通じて大切に守るべき宝だというたとえ。
嘘つきは泥棒の始まり(うそつきはどろぼうのはじまり)
平気で嘘をつくようになると、泥棒をするのも平気になるということ。
口は災いの元(くちはわざわいのもと)
何気なく漏らした一言が、あとを引く揉め事の火種になる。 言わずもがなの一言を呑み込めるか否かが、身の安泰の分かれ目になる。
情けは人の為ならず(なさけはひとのためならず)
他人に親切にすれば、巡り巡って自分に返ってくるということ。
人のふり見て我がふり直せ(ひとのふりみてわがふりなおせ)
よそでみっともないと感じた振る舞いは、たいてい自分にも同じ形で出ている。人は、こちらを映して見せてくれる鏡だと思っておくのがよい。
親しき仲にも礼儀あり(したしきなかにもれいぎあり)
気心が知れた相手ほど、言葉も振る舞いも省かれていく。省いた分だけ間柄はすり減るので、形は形として絶やさないでおく。
猿も木から落ちる(さるもきからおちる)
その道の達人でも、たまには失敗することもあるということ。 木登りが得意な猿でも、ときには誤って落ちることもあるとの意から。
二兎を追う者は一兎をも得ず(にとをおうものはいっとをもえず)
一度に二つのものを手に入れようと欲張ると、結局どちらも手に入れられなくなることのたとえ。 一度に二匹のうさぎを捕えようとすると、結局一匹も捕らえられないことから。
井の中の蛙大海を知らず(いのなかのかわずたいかいをしらず)
外の広い世界や多様な考えを知らず、狭い見識にとらわれていることのたとえ。 狭い井戸の底で暮らす蛙は、外にある広大な海の存在を知るよしもないという意から。 「井蛙大海を知らず」「大海知らぬ井の蛙」「埳(坎)井の蛙」「井底の蛙」「井蛙」などともいう。
好きこそ物の上手なれ(すきこそもののじょうずなれ)
好きであることは、上手になるための大切な条件であるということ。
習うより慣れよ(ならうよりなれよ)
物事は人に教えられるよりも実際に経験を積んだほうが身につくということ。
百聞は一見に如かず(ひゃくぶんはいっけんにしかず)
人から繰り返し聞くよりも、一度でも自分の目で見たほうがよくわかるということ。 人の話を百回聞いたところで、実際に一回見ることには及ばないとの意から。
初心忘るべからず(しょしんわするべからず)
ものごとを始めた時の謙虚で真剣な気持ちを忘れてはならないということ。
為せば成る(なせばなる)
手を動かしさえすれば形になる。 実らないのは、そもそも手をつけていないからだ、と背中を押す言い方。 上杉鷹山が家臣に与えた「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」の歌に拠るとされ、武田信玄の詠が下敷きになっているともいわれる。
案ずるより産むが易し(あんずるよりうむがやすし)
あれこれ心配するより、物事は実際にやってみると意外とたやすく出来るということのたとえ。出産の前はいろいろ心配するものだが、終わってみると心配したほどではなかったということから。
善は急げ(ぜんはいそげ)
良いことだと思ったら、ためらわずすぐに実行せよということ。 「善は急げ悪は延べよ」と後半を添える言い方もある。悪い企てのほうは逆に先送りにせよ、という戒めが加わる。
思い立ったが吉日(おもいたったがきちじつ)
何かをしようと思ったら、その日が吉日としてすぐに始めるのがよいということ。「吉日」は暦で縁起がいい日。
時は金なり(ときはかねなり)
時間は金銭と同じように貴重なものだから無駄にしてはいけないということ。
早起きは三文の徳(はやおきはさんもんのとく)
人より先に起き出した者には、その分だけ拾えるものがある。 一度きりでは知れた額でも、積もれば侮れない。 「三文」は、数えるに足らない小銭のこと。 「朝起きは三文の徳」「早起きは三文の得」「朝起きは七つの徳」ともいう。
早寝早起き、病知らず(はやねはやおき、やまいしらず)
早寝早起きの習慣をつければ、健康に恵まれて病気もしないということ。
食ってすぐ寝ると牛になる(くってすぐねるとうしになる)
食べてすぐ横になる行儀の悪さを戒めることば。
逢うた時に笠を脱げ(おうたときにかさをぬげ)
知り合いに会った時は、まず挨拶をしなさいということ。 礼儀の大切さを説いた教え。
立つより返事(たつよりへんじ)
人に呼ばれた時には、立つより先にまず返事をせよということ。
立つ鳥、跡を濁さず(たつとり、あとをにごさず)
立ち去る者は、後始末をきちんとしなければならないということ。また、引き際が潔いことのたとえ。水鳥は飛び立ったあとの水を濁さずに飛び去ることから。 「飛ぶ鳥、跡を濁さず」「鳥は立てども跡を濁さず」ともいう。
一寸の虫にも五分の魂(いっすんのむしにもごぶのたましい)
どんなに小さくて弱いものにも、それ相応の意地や考えがあるので侮ってはいけないということ。 わずか一寸の虫でもからだ半分の五分の魂があるとの意から。
短気は損気(たんきはそんき)
短気を起こすと、結局は失敗して自分の損になるということ。「短気」と「損気」の語呂合わせでできた言葉。
負けるが勝ち(まけるがかち)
相手に勝ちを譲っておくほうが、結局は得策だということ。
三人寄れば文殊の知恵(さんにんよればもんじゅのちえ)
たとえ凡人でも三人集まって相談すれば、すばらしい知恵がでるというたとえ。「文殊」は、知恵をつかさどる菩薩の名前。
郷に入っては郷に従え(ごうにいってはごうにしたがえ)
場所によって風俗や習慣が違うので、住む土地の習慣や慣習に従うのがよいということ。「郷」は地方・田舎の意。
朱に交われば赤くなる(しゅにまじわればあかくなる)
人は交際する相手によって善にも悪にもなるというたとえ。 赤いものに触れると赤くなるように、人も周りの影響を受けるということ。
良薬は口に苦し(りょうやくはくちににがし)
体に効く薬ほど喉を通りにくい。人からの言葉も同じで、当人のためを思ったものほど、その場では受け取りにくい。
石橋を叩いて渡る(いしばしをたたいてわたる)
用心の上にも用心を重ねて事を行うことのたとえ。 丈夫な石橋ですら安全を確かめてから渡るとの意から。
備えあれば憂いなし(そなえあればうれいなし)
普段から非常時の準備をしておけば、緊急の事態が起こっても心配する必要がないということ。
後悔、先に立たず(こうかい、さきにたたず)
事が済んでしまったあとで後悔しても取り返しがつかない。だから、物事を行う前に十分考えることが大切だということ。
身から出た錆(みからでたさび)
自分が犯した悪行の結果として、自分自身が苦しむこと。
悪事千里を走る(あくじせんりをはしる)
悪い行いは、たちまち世間に広まるというたとえ。 「悪事千里を行く」ともいう。
壁に耳あり障子に目あり(かべにみみありしょうじにめあり)
どこで誰が見たり聞いたりしているかわからないので、話す内容には十分気をつけなくてはいけないという戒めの言葉。 密かに話しているつもりでも、壁に耳を当てて聞いたり、障子に穴をあけてのぞいたりしている者がいるかもしれないとの意から。 「壁に耳障子に目」「壁に耳」「壁に耳あり」「障子に目」などともいう。
桃栗三年柿八年(ももくりさんねんかきはちねん)
芽が出てから実が成るまでに、桃と栗は三年、柿は八年かかるということ。また、何事も相応の年数がかかることのたとえ。このあとに「枇杷(びわ)は九年でなりかねる」「柚は九年になりかかる」「梅は酸いとて十三年」などと続けてもいう。
雨垂れ石を穿つ(あまだれいしをうがつ)
小さな努力も根気強く続けていけば、いつかは成功することのたとえ。 わずかな雨垂れでも長い年月、同じ所に落ち続ければ、石に穴をあけることができるとの意から。 「点滴石を穿つ」ともいう。
ローマは一日にしてならず(ろーまはいちにちにしてならず)
仕上がった姿だけを見て同じものを一息に建てようとしても、土台のほうが追いつかない。大きなものほど、目に見えない年数を下に抱えている。 もとは英語の Rome was not built in a day.
苦あれば楽あり(くあればらくあり)
苦しい時期を過ごせば、そのあとに楽な時が巡ってくるということ。 苦ばかりが続きはしないという側から言い、辛抱していればよい時が来ると人を励ますときに使う。 「楽あれば苦あり」のあとに続けてもいう。
若い時の苦労は買うてもせよ(わかいときのくろうはこうてもせよ)
若い時の苦労は将来役に立つ貴重な経験となるから、自分から進んで苦労するほうがよいということ。
勝って兜の緒を締めよ(かってかぶとのおをしめよ)
戦いに勝っても油断しないで心を引き締めよという戒めの言葉。 戦いに勝って兜を脱いだ時に、敵に襲われたらひとたまりもないので、勝っても兜の緒を締めなおして気を抜くなとの意から。
命あっての物種(いのちあってのものだね)
何事も命があるからこそできる。だから命に関わるような危険なことはなるべく避けたほうがいいということ。 「物種」は物の根源の意。
君子、危うきに近寄らず(くんし、あやうきにちかよらず)
徳のある人は自分を大事にするので、危険なことには決して近づかないということ。
言うは易く行うは難し(いうはやすくおこなうはかたし)
口で唱えるだけならいくらでもできるが、そのとおりに身を動かすとなると容易ではない。 立派なことを言う者が必ずしも徳のある者とは限らないのはそのためだ、と説かれた言葉。
過ちては改むるに憚ること勿れ(あやまちてはあらたむるにはばかることなかれ)
過ちを犯したことに気がついたら、体面や体裁などにとらわれず、すぐに改めるべきだという戒め。
義を見てせざるは勇なきなり(ぎをみてせざるはゆうなきなり)
筋を通すべき場面だと分かっていながら身体が動かないなら、それは腹が据わっていない証しである。損得や体面を先に量る者は、ここぞの一歩を踏み出せない。
己の欲せざる所は人に施すこと勿れ(おのれのほっせざるところはひとにほどこすことなかれ)
自分が他人からされたくないと思うことは、決して他人にしてはならないということ。
我が身を抓って人の痛さを知れ(わがみをつねってひとのいたさをしれ)
自分の身に引き比べて、人の苦しみや痛みを思いやることが大切だということ。
七度尋ねて人を疑え(ななたびたずねてひとをうたがえ)
見当たらないと思ったら、まず自分の手落ちのほうを探す。 人に目を向けるのは、隅から隅まで当たり尽くしてからでよい。
天は自ら助くる者を助く(てんはみずからたすくるものをたすく)
天は、人に頼らず自ら努力する者に力を貸し、幸福を与えるということ。 「神は自ら助くる者を助く」ともいう。
今日できることを明日まで延ばすな(きょうできることをあすまでのばすな)
やればすぐできることを、明日やろうと一日延ばしにしないで思いついたらすぐにやれという戒めの言葉。
一年の計は元旦にあり(いちねんのけいはがんたんにあり)
一年の計画は元旦に立てるべきであるということ。何事も最初が肝心であるというたとえ。
少年老い易く学成り難し(しょうねんおいやすくがくなりがたし)
年月は油断しているうちに、たちどころに過ぎ、すぐに年をとってしまう。学問を修めるのは難しいので、若いうちから時間を無駄にせず勉学に励めというおしえ。
よく学べよく遊べ(よくまなべよくあそべ)
立派な人間になるためには、勉強するときはしっかり勉強し、遊ぶときは思いきり遊ぶべきだということ。
親の意見と茄子の花は千に一つも無駄はない(おやのいけんとなすびのはなはせんにひとつもむだはない)
咲いた花がひとつ残らず実を結ぶ作物と同じで、親が子に向ける言葉には外れがない。 空振りに終わる一言は出てこない。
