「我慢」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 61 件
「我慢」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全61件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
商い三年(あきないさんねん)
商いは始めてから三年くらいたたないと、利益を得るようにはならない。三年は辛抱せよというおしえ。
商いは牛の涎(あきないはうしのよだれ)
商売のこつは牛のよだれのように細く長く切れ目なく、気長に辛抱して続けることだということ。
欠伸を嚙み殺す(あくびをかみころす)
退屈なことを嫌々ながら続けること。我慢をすること。 出かかったあくびを、口を閉じて無理やり我慢することから。 「嚙」は「噛」とも書く。
怒りは敵と思え(いかりはてきとおもえ)
怒りは慎むべきであるという戒めの言葉。 怒りの感情を持てば、相手からの怒りや憎しみを招くことになり、結局自分の身を滅ぼすことになるということ。 徳川家康の遺訓のひとつ。
石に齧りついても(いしにかじりついても)
どんな苦労や困難があっても。何がなんでも。
石の上にも三年(いしのうえにもさんねん)
辛抱すればいつか必ず成功することのたとえ。 冷たい石の上でも、三年座り続ければ暖まるとの意から。
痛いのは辛抱しても痒いのは辛抱できぬ(いたいのはしんぼうしてもかゆいのはしんぼうできぬ)
痛みなら歯を食いしばってこらえられても、痒みだけはこらえきれないということ。掻かずにはいられない、痒みのやりきれなさをいう。
倦まず撓まず(うまずたゆまず)
飽きたり怠けたりせず、根気よく努力を続けること。
恨みを飲む(うらみをのむ)
恨みを胸の内にしまい込み、じっと我慢すること。
おくびにも出さない(おくびにもださない)
考えていることを口に出して言わず素振りにも見せないようす。
己に克ち、礼に復る(おのれにかち、れいにかえる)
理性と意思の力で欲望に打ち勝って、人として守るべき礼に従って行動すること。 「克己復礼」ともいう。
思うこと言わねば腹ふくる(おもうこといわねばはらふくる)
思っていることを我慢して言わずにいると、腹の中の物がつかえているようですっきりしないということ。 「物言わねば腹ふくる」「言わねば腹ふくる」ともいう。
顔で笑って心で泣く(かおでわらってこころでなく)
泣きたいほどつらくても顔では笑ってみせるということ。
渇しても盗泉の水を飲まず(かっしてもとうせんのみずをのまず)
どんなに困っていても、断じて不正には手を出さないというたとえ。「盗泉」は、中国山東省にある泉の名。孔子はのどが渇いていても、その名を嫌って泉の水を飲まなかったという故事から。
金の草鞋で捜す(かねのわらじでさがす)
根気強くあちこち探し回るたとえ。 いくら歩いても擦り減らない金の草鞋で探すという意味から。
韓信の股くぐり(かんしんのまたくぐり)
大望を持つ者は、どんな屈辱にも耐え忍ばなければならないということ。中国漢の韓信という名将が大志を抱いていた若い頃、町でならず者に喧嘩を売られ、耐えてその股をくぐったという故事から。
堪忍五両、思案十両(かんにんごりょう、しあんじゅうりょう)
こらえることに五両、思案をめぐらすことに十両。腹立ちを抑えるだけでも上出来だが、その先まで見通して動けるなら値打ちはその倍になる。 金高に置き換えて、我慢どまりにせず知恵を働かせよと説いたもの。
堪忍五両、負けて三両(かんにんごりょう、まけてさんりょう)
こらえきれれば五両、そこまで及ばずとも争わずに引き下がるだけで三両。突っかからずに身を退くふるまいには、それだけの値が付いている。 損得の勘定に直して、事を荒立てずにすませておくほうがよいと諭した言い方。
堪忍の忍の字が百貫する(かんにんのにんのじがひゃっかんする)
怒りを耐え忍ぶ事は、大きな価値があるということ。 じっと耐え忍ぶ「忍」の字には銭百貫の値打ちがあるとの意から。
堪忍は一生の宝(かんにんはいっしょうのたから)
怒りを抑えたり痛みや苦しみをこらえたりすることができると、一生の宝を持っているように安らかで幸福に生きていくことができるので、生涯心がけていくべきであるということ。 「堪忍は身の宝」ともいう。
堪忍袋の緒が切れる(かんにんぶくろのおがきれる)
もうこれ以上我慢できなくなり、怒りを爆発させることのたとえ。 「堪忍袋」は、辛抱できる心の広さを袋にたとえた言葉。 「堪忍袋の緒を切らす」「堪忍袋の口を開ける」ともいう。
気が長い(きがながい)
気持ちがのんびりとしていて、焦ることがない様子。
気を確かに持つ(きをたしかにもつ)
気持ちを抑えてしっかりと意識を保つこと。
唇を嚙む(くちびるをかむ)
くやしさや怒りを表に出さないよう、じっと耐えるようす。
賢者ひだるし、伊達寒し(けんじゃひだるし、だてさむし)
人並みのことをしない者はつらい目に遭うということ。 「ひだるし」は、ひもじいの意。 賢者は富を求めず質素な生活をするのでひもじい思いをし、伊達者は見栄を張って薄着でいるので寒い思いをするとの意から。
糊口を凌ぐ(ここうをしのぐ)
どうにか暮らしを立てていくこと。 「糊」は、粥のこと。 粥をすするようにして、なんとか生きていくとの意から。
心の駒に手綱許すな(こころのこまにたづなゆるすな)
過ちを犯さないように、常に心を引き締めよということ。 「駒」は馬のこと。心を馬にたとえて、放っておくと悪い方へ走りがちなので、手綱を引き締めて制御せよとの意から。
心の師とはなれ心を師とせざれ(こころのしとはなれこころをしとせざれ)
自分の心は自ら律するべきであり、心のままに感情に流されてはいけないということ。
御意見五両、堪忍十両(ごいけんごりょう、かんにんじゅうりょう)
他人の意見をよく聞いて何事にも耐えることが大事だというたとえ。 人の忠告は五両の値打ちがあり、辛いことや怒りを耐え忍ぶことは十両の値打ちがあるということ。
山中の賊を破るは易く心中の賊を破るは難し(さんちゅうのぞくをやぶるはやすくしんちゅうのぞくをやぶるはかたし)
山中にいる賊を討伐するのは簡単だが、心の中の邪念に打ち勝つのは難しいというたとえ。
辛酸を嘗める(しんさんをなめる)
辛く苦しい目に遭うこと。「辛酸」は、辛い目や苦しい思いのこと。
心頭滅却すれば火もまた涼し(しんとうめっきゃくすればひもまたすずし)
思いを空にしてしまえば、燃えさかる火のなかでさえ熱さを覚えない。いかなる責め苦も、心の置きどころ一つで受け流せる。 「心頭」は胸のうち、「滅却」は拭い去ること。 もとは、身を置く場所を選ばず禅は修められるという意だったが、日本では生き方全般を説く句へと広がった。 天正十年(一五八二)、織田勢の焼き打ちを受けた恵林寺で、僧快川がこの句を唱えたと伝えられる。
辛抱する木に金がなる(しんぼうするきにかねがなる)
辛抱強くこつこつ努めれば、いつか成功して財産もできるというたとえ。「木」は「気」にかけて言ったもの。
すまじきものは宮仕え(すまじきものはみやづかえ)
他人に仕えることは気苦労が絶えないから、できればやらないほうがいいということ。「宮仕え」は本来、宮中や貴人の邸宅に仕えること。現代では、会社や組織などに勤めることをいう。
生は難く、死は易し(せいはかたく、しはやすし)
苦しみに耐えて生きるのは難しいが、苦しみに耐えられず死を選ぶのは容易であるということ。
尺蠖の屈するは伸びんがため(せっかくのくっするはのびんがため)
大きく伸びるためには、いったん身を低くしてやり過ごす期間も要るというたとえ。尺蠖とは尺取り虫のことで、ひとたび体を丸めるのは、そのあと遠くへ身を送るための構えであることから。
鯛なくば狗母魚(たいなくばえそ)
望みどおりのものが手に入らないなら、見劣りするものでその場をしのぐよりほかにないということ。 「狗母魚」はエソのことで、身をすり潰して練り物に仕立てる白身魚。姿のまま膳にのぼる鯛とは、もとより扱いが違う。
鷹は飢えても穂を摘まず(たかはうえてもほをつまず)
高潔な人は、どんなに困っても不正なことは決してしないというたとえ。鷹はどんなに飢えても穀物はついばまないということから。
たとえ火の中水の底(たとえひのなかみずのそこ)
どんなに大変な目に遭ってもかまわないということ。 「たとえ火の中水の中」ともいう。
他人の飯には骨がある(たにんのめしにはほねがある)
他人の家に世話になって生活することは、どこか窮屈で何かと気を遣うことが多いということ。また、他人の親切には底意があり、頼りきっているとひどい目に遭うこともあるということ。 他人の家で食べる飯は、まるで骨でもあるかのようにのどを通りにくいとの意から。 「他人の飯には棘がある」「他人の飯は強い」ともいう。
伊達の薄着(だてのうすぎ)
着膨れを嫌がり、寒くてもやせ我慢して薄着をすること。
伊達の素足もないから起こる、あれば天鵞絨の足袋も履く(だてのすあしもないからおこる、あればびろうどのたびもはく)
どうしようもなくて我慢することのたとえ。 粋だと言われている伊達の素足も、実は足袋を買う金がないからだとの意から。 「伊達の素足も貧から起こる」ともいう。
角を折る(つのをおる)
自分の主張を無理に通すのをやめて、他人の意見に従うこと。譲歩すること。
手鍋提げても(てなべさげても)
好きな男と夫婦になれるなら、どんな苦労もいとわないということ。
所の法には矢は立たぬ(ところのほうにはやはたたぬ)
その土地の定めは、たとえ不合理と思っても、そこにいるかぎりは従うしかないということ。
ない時の辛抱、ある時の倹約(ないときのしんぼう、あるときのけんやく)
金がない時はじっと辛抱し、金のある時は倹約を心がけよということ。
鳴くまで待とう時鳥(なくまでまとうほととぎす)
好機が来るまで、あせらずに辛抱強く待つということ。徳川家康が「鳴かぬなら」という言葉に続けて詠んだとされ、家康の辛抱強い性格を表した句。織田信長は「鳴かぬなら殺してしまえ時鳥」、豊臣秀吉は「鳴かぬなら鳴かしてみせよう時鳥」と詠んだとされている。
涙を呑む(なみだをのむ)
泣きたいほどの悔しさや無念さを我慢すること。
ならぬ堪忍、するが堪忍(ならぬかんにん、するがかんにん)
腹に据えかねる相手をやり過ごせて、はじめて一人前とされる。抑えの利く程度のことを抑えても、数のうちには入らない。 「成る堪忍は誰もする」と言い添えることがある。
忍の一字は衆妙の門(にんのいちじはしゅうみょうのもん)
忍耐を身につければ、どんなことでも出来るというたとえ。「衆妙の門」は、万物の深遠な道理の入り口のこと。
眠い煙い寒い(ねむいけむいさむい)
人間が我慢しにくいことを調子よく並べたことば。
腹が立つなら親を思い出せ(はらがたつならおやをおもいだせ)
腹が立って怒りそうになったときには親のことを思い浮かべると、問題を起こして心配をかけたくないという気持ちになって、怒りをしずめることができるということ。 「腹が立つなら親を思い出すが薬」ともいう。
腹立てるより義理立てよ(はらたてるよりぎりたてよ)
腹の立つことがあっても、我慢して義理を大切にしたほうが自分のためになるということ。
腹の立つ事は明日言え(はらのたつことはあすいえ)
頭に血が上っている最中の言葉は、たいてい後で悔やむ形をしている。一晩おけば熱は引き、同じ用件でも言い回しが変わる。
人に勝たんと欲する者は必ず先ず自ら勝つ(ひとにかたんとほっするものはかならずまずみずからかつ)
人に勝とうと思うなら、まず自分自身の色々な欲望に打ち勝つ必要があるということ。
人の一生は重荷を負うて遠き道を行くが如し(ひとのいっしょうはおもにをおうてとおきみちをゆくがごとし)
人生は長く苦しいものだから、辛抱強く努力を重ねて着実に進んでいかなければならないという教え。徳川家康の遺訓から。
風雪に耐える(ふうせつにたえる)
困難なことや辛いことなどに耐えて、それを乗り越えること。
冬来りなば春遠からじ(ふゆきたりなばはるとおからじ)
寒さの底に来ているなら、暖かい季節はもう遠くない。落ち込んでいる相手に、先を見せて力づけるときの言葉。
胸三寸に納める(むねさんずんにおさめる)
聞いたことも思ったことも、外へは一切こぼさず内側だけで抱えておく。出せないのではなく、初めから出す気がない。
目頭を押さえる(めがしらをおさえる)
指やハンカチなどで目頭を優しく押さえて、涙が落ちてこないようにすること。
痩せ我慢は貧から起こる(やせがまんはひんからおこる)
不自由を我慢するのも、貧乏でどうしようもないからで、好き好んで我慢する者はいないということ。
