「衰える」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 58 件
「衰える」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全58件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
秋の入り日と年寄りはだんだん落ち目が早くなる(あきのいりひととしよりはだんだんおちめがはやくなる)
年々衰える年寄りの健康状態を、急速に暮れていく秋の夕日にたとえたことば。
足が途絶える(あしがとだえる)
これまであった人や客の往来が急になくなり、その場所が寂れること。
家を傾ける(いえをかたむける)
一家の財産をなくすこと。身代を持ち崩す。
色が褪せる(いろがあせる)
以前のような新鮮さが感じられなくなること。 古くなって色が薄くなるとの意から。 「色褪せる」ともいう。
売家と唐様で書く三代目(うりいえとからようでかくさんだいめ)
初代が苦労して残した財産も、三代目にもなると没落し、家を売りに出すような羽目になるが、その「売家」と書いた札の文字は唐様(中国風)でしゃれている。仕事をしないで道楽三昧をする人を皮肉ったもの。
驕る平家は久しからず(おごるへいけはひさしからず)
驕り高ぶって滅亡した平家のように、贅沢を尽くし勝手気ままにふるまう者は、長く栄えることなく早く滅びてしまうというたとえ。
尾羽打ち枯らす(おはうちからす)
落ちぶれて、みすぼらしい姿になることのたとえ。 鷹の尾と羽が傷ついてぼろぼろになるとの意から。
影を潜める(かげをひそめる)
今まで表だっていた人や物が姿を消すこと。 「影」は姿のこと。
黴が生える(かびがはえる)
古くなり、使い物にならなくなること。また、時代おくれであること。
がたが来る(がたがくる)
長い間使ってきた機械や道具の調子が悪くなること。 また、ひとが年をとって体の調子が悪くなること。
桐一葉(きりひとは)
桐の葉が一枚落ちるのを見て、秋の訪れを知ること。転じて、小さなできごとから衰亡の兆しを感じ取ることのたとえ。
騏驎も老いては駑馬に劣る(きりんもおいてはどばにおとる)
若いころに抜きん出ていた人も、年を重ねて力が落ちれば、これといった取り柄のない者の後ろに回ることになる。一日に千里を駆ける馬も、老いれば足の鈍った馬に先を越される意から。
槿花一日の栄(きんかいちじつのえい)
栄華が長続きしないことのたとえ。 「槿花」は、むくげの花。 朝に咲いて夕方にはしぼんでしまうむくげの花のように、はかない栄華との意から。 「槿花一朝の夢」ともいう。
腐っても鯛(くさってもたい)
もとが良いものは、傷んで見栄えを落としてからも、そこらの品と一緒にはならない。鯛は腐りかけてもなお鯛で、安魚とは値の付き方からして違う。
芸が身を助けるほどの不仕合わせ(げいがみをたすけるほどのふしあわせ)
暮らし向きのよい時分に覚えた芸で、どうにか口を糊するありさまに落ちぶれること。 「芸は身を助ける」を裏返して、零落の身の上を皮肉った句。
外法の下り坂(げほうのくだりざか)
まじないの効き目が切れたとたん、それに支えられていたものは足元から抜ける。筋の通らぬ手立てで得た富や地位は、一つつまずけば止めどなく転がり落ち、押し返す手だてがない。
亢竜、悔いあり(こうりょう、くいあり)
富貴栄華を極めた者は必ず衰えるというたとえ。「亢竜」は、天高く昇りつめた竜。転じて、富貴栄華を極めた者の意。
苔が生える(こけがはえる)
長い年月を経て古びる様子。役に立たなくなる様子。
四十肩に五十腕(しじゅうかたにごじゅううで)
四十歳、五十歳頃になると、身体のあちこちが痛んで動きが悪くなることをいう言葉。
四十がったり(しじゅうがったり)
四十歳になったとたんに体力が衰え始めるということ。
四十くらがり(しじゅうくらがり)
四十を過ぎたあたりから、手元の細かい字が滲んで読み取りにくくなる。灯りを近づけたくらいでは間に合わなくなる時期をいう。
沈丁花は枯れても香し(じんちょうげはかれてもかんばし)
もともと良いものは、たとえ盛りが過ぎても値打ちがあるというたとえ。沈丁花は枯れてもなおよい香りがすることから。
末大なれば必ず折る(すえだいなればかならずおる)
下の者の勢力が強くなると、上の者は必ず倒されてしまうということ。 枝葉が茂り重くなると、強い幹も折れてしまうとの意から。
大廈の倒れんとするは一木の支うる所に非ず(たいかのたおれんとするはいちぼくのささうるところにあらず)
屋台骨ごと傾きはじめた組織は、誰か一人が踏ん張ったところで持ち直さない。 崩れは全体に回っており、そこへ差し出せる手は小さすぎる。 「大廈」は高く構えた建物をいう。 「倒れんとする」は「顚れんとする」とも書く。 「一木大廈の崩るるを支うる能わず」「一木いずくんぞ能く大廈を支えん」ともいう。
棚から落ちた達磨(たなからおちただるま)
威張っていた人が、落ち目になって格好のつかないぶざまな姿になることのたとえ。
地に落ちる(ちにおちる)
盛んであった権威や名声などが衰え失われる。
長者に二代なし(ちょうじゃににだいなし)
ぜいたくに慣れた金持ちの子は、財産を守ったり増やしたりすることが出来ず、たいてい二代目でその家はつぶれてしまうということ。
月満つれば則ち虧く(つきみつればすなわちかく)
何事も頂点に達したあとは、必ず衰え始めるというたとえ。 月は満月のあと徐々に欠けていくことから。 「満つれば虧く」ともいう。
出日拝む者はあっても、入り日拝む者なし(でひおがむものはあっても、いりひおがむものなし)
羽振りのよい相手のもとには人が群がるが、坂を下り始めた者のそばには誰も残らない。 日の出には手を合わせる人が並ぶのに、日の入りへ足を向ける者はない。
薹が立つ(とうがたつ)
人の盛りの時期が過ぎること。蕗など野菜の花軸が伸びて堅くなること。
灯滅せんとして光を増す(とうめっせんとしてひかりをます)
病人が死ぬ間際に一時的に回復したり、物事が滅びる前に一時勢いを盛り返すことのたとえ。灯火が消える直前に明るく輝くことから。
年には勝てない(としにはかてない)
気力があっても、年をとれば体力や健康が思うようにならないということ。
年は争えない(としはあらそえない)
年老いると、気持ちは若いつもりでも体力の衰えは隠せないということ。
年寄れば愚に帰る(としよればぐにかえる)
年を取れば、子どものように愚かになってしまうということ。
名主の跡は芋畑(なぬしのあとはいもばたけ)
名家のほとんどは、何代も続くことなくつぶれてしまうというたとえ。 名主の家が没落して、その跡が芋畑になっているとの意から。 名主という立場は多忙で、自分の家の仕事まで手が回らなくなったり、その立場ゆえの出費が多くなったりすることから言われた言葉。
成れの果て(なれのはて)
かつては勢いの盛んだった者が、落ちぶれてみじめな姿や状態になること。
南風競わず(なんぷうきそわず)
南部の国々の勢いが振るわないこと。 日本では、南北朝時代、南朝の勢力の不振をいった。 「南風」は、南方の風習をうたった歌謡の音調のことで、それが北方の歌謡に負けているとの意から。
根浅ければ則ち末短く、本傷るれば則ち枝枯る(ねあさければすなわちすえみじかく、もとやぶるればすなわちえだかる)
基礎がしっかりしていない物事は発展せず、いずれ衰えるということのたとえ。 「末」は枝や葉、「本」は幹のこと。 根が十分張っていなければ枝葉も成長しない、幹がいためばいずれ枝も枯れることから。
刃金が棟へ回る(はがねがむねへまわる)
技量や判断力、働きなどが衰えることのたとえ。 刀の背である棟(むね)の方向へ刃先がまくれ上がり、切れ味が鈍くなることから。
早く咲かば早く散る(はやくさかばはやくちる)
早熟な者や若くして成功した者は、人生の下り坂にさしかかるのも早いというたとえ。
麦秀の嘆(ばくしゅうのたん)
故国の滅亡を嘆くこと。「麦秀」は麦の穂が伸びること。殷王朝滅亡後、殷一族の箕子が、母国の旧都の跡に生い茂った麦の穂を見て、亡国を嘆き詩を作ったという故事から。
左前(ひだりまえ)
商売などが不振で経済的に苦しくなること。また、左の衽(おくみ)を内側にして和服を着ること。
百足の虫は死して倒れず(ひゃくそくのむしはししてたおれず)
後ろ盾を数多く抱えた家や組織は、傾いてもそのまま崩れ落ちはしないということ。 百足は脚をいくつも備えているので、息絶えてなお横倒しにならないことから。
火を吹く力もない(ひをふくちからもない)
食うや食わずまで落ちぶれて、身を起こす気力すら残らないさま。 竈の火をおこすのに竹筒を吹く、そのひと息さえ出せないほど参っているのだという。
尾大掉わず(びだいふるわず)
上に立つ者より下の者の勢いが強く、制御しにくいことのたとえ。 尾があまりに大きいと、自由に動かせないとの意から。
ぺんぺん草が生える(ぺんぺんぐさがはえる)
建物や土地などが手入れされずに荒れ果てている様子。 「ぺんぺん草」はアブラナ科の植物のナズナの別称。 雑草であるナズナが生えたままになっている様子からいう言葉。
満は損を招く(まんはそんをまねく)
器がいっぱいに満ちたところから先は、増えることはなく減るしかない。 おごって満ち足りた気でいる者は、そのぶんだけ取りこぼすということ。「謙は益を受く」と対にして説かれる。
見る影もない(みるかげもない)
栄えていたころの姿がどこにも見て取れないほど衰えきっていること。「影」は目に映る姿かたちを指す。
身を落とす(みをおとす)
おちぶれて、不幸な境遇に身をおくこと。
身を持ち崩す(みをもちくずす)
品行が悪化し、生活がだらしなくなること。
昔千里も今一里(むかしせんりもいまいちり)
すぐれた人も、年をとれば凡人に劣ってしまうということ。 昔は千里を行くことができた駿馬も、今では一里しか行くことができないとの意から。
昔の剣、今の菜刀(むかしのつるぎ、いまのながたな)
昔は有能であった人も、年をとると役に立たなくなるというたとえ。また、いくら良いものでも今の役にたたないものより、つまらないものでも今の役にたつもののほうがいいということ。
昔は肩で風を切り、今は歩くに息を切る(むかしはかたでかぜをきり、いまはあるくにいきをきる)
昔は威勢のよかった者が、今は衰えてしまったことのたとえ。若いころは肩で風を切ってさっそうと歩いていた者も、年をとって歩くだけで息切れするということから。
物盛んなれば即ち衰う(ものさかんなればすなわちおとろう)
何事も盛りに達したら必ず衰え始める。いつまでも盛んな時は続かないということ。
門前雀羅を張る(もんぜんじゃくらをはる)
客足が絶えて、門のあたりに人の気配がまったく無くなること。羽振りのよかった家が力を失い、出入りしていた者まで寄りつかなくなったさまをいう。 漢の翟公が裁きの長官であったころは門前に客があふれたが、職を退いたとたん人足が絶え、門の前で雀を捕る網が張れるほどになった。
焼きが回る(やきがまわる)
年を取ったりして頭の働きや腕前が鈍ることのたとえ。 「焼き」は熱した金属を急激に水で冷やして堅くする焼入れのことで、火が回りすぎて焼きが強すぎると切れ味が悪くなることから。
屋台が傾く(やたいがかたむく)
財産を使い尽くし、その家を支えることが出来なくなること。
寄る年波には勝てぬ(よるとしなみにはかてぬ)
いつまでも若いつもりでも、加齢による体力や気力の衰えには逆らえないということ。
