「子孫」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 14 件
「子孫」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全14件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
売家と唐様で書く三代目(うりいえとからようでかくさんだいめ)
初代が苦労して残した財産も、三代目にもなると没落し、家を売りに出すような羽目になるが、その「売家」と書いた札の文字は唐様(中国風)でしゃれている。仕事をしないで道楽三昧をする人を皮肉ったもの。
外法成就の者は子孫に伝わらず(げほうじょうじゅのものはしそんにつたわらず)
まっとうでない術に頼って身代を築いた者は、それを次の代へ渡せない。道を外れた力で寄せ集めたものは、当人が去れば跡形もなくなる。「外法」は、仏の教えの外にある術、まじないや呪いのたぐいをいう。
三代続けば末代続く(さんだいつづけばまつだいつづく)
家は三代続けて栄えれば、基礎も固まって長く続くということ。
財は一代の宝(ざいはいちだいのたから)
財産はその人一代限りのものであり、その後はどうなるかわからないということ。
児孫自ずから児孫の計あり(じそんおのずからじそんのけいあり)
あとに続く世代には、その世代なりの暮らしの立て方があるということ。 行く末まで敷いてやろうとするのは余計な世話だという戒め。
児孫のために美田を買わず(じそんのためにびでんをかわず)
子や孫のために財産を残してやれば、それを当てにして自ら励まなくなる。だからあえて残さないのだという教え。 「美田」はよく実る田地。度重なる苦難を経てこそ志は固まるとうたった漢詩の結びの句で、我が家に遺す教えはこれだけだと言い切っている。
積悪の家には必ず余殃あり(せきあくのいえにはかならずよおうあり)
重ねた悪は当人一人の始末では収まらず、後の代の者が背負うことになる。 「余殃」は、悪の勘定が本人の代で片づかずに繰り越されたものをいう。 「積善の家には必ず余慶あり」と並べて説かれる。
析薪を負う(せきしんをおう)
親が斧を入れて割った木を、子が肩に載せて運び出す。先の代が興した仕事を、次の代が重みごと引き取り、絶やさずにおく。 もとは「其の父薪を析き、其の子負荷する克わず」と、担えぬ子のほうを嘆いた句で、この言い方はそれを裏返した形にあたる。
積善の家には必ず余慶あり(せきぜんのいえにはかならずよけいあり)
よい行いは、それを積んだ当人の代で終わらない。家に残した分が、次の代、その次の代へと福の形で回っていく。 「余慶」は、積んだ善が使いきれずにあふれ出た分をいう。
先祖に討ち死にさせて高枕(せんぞにうちじにさせてたかまくら)
先祖が戦いで手柄を立てて討ち死にし、財産を残してくれたおかげで、子孫が安楽に暮らしているということ。家代々の資産で安逸な生活をおくっている者をあざけっていう言葉。「高枕」は、安心しきっていることのたとえ。
大家後なし(たいかのちなし)
一つの道を極めた人の跡から、同じ高さの者は出てこない。 持って生まれたものと、注いだ時間の量は、子に引き継げない。
長者に二代なし(ちょうじゃににだいなし)
ぜいたくに慣れた金持ちの子は、財産を守ったり増やしたりすることが出来ず、たいてい二代目でその家はつぶれてしまうということ。
名主の跡は芋畑(なぬしのあとはいもばたけ)
名家のほとんどは、何代も続くことなくつぶれてしまうというたとえ。 名主の家が没落して、その跡が芋畑になっているとの意から。 名主という立場は多忙で、自分の家の仕事まで手が回らなくなったり、その立場ゆえの出費が多くなったりすることから言われた言葉。
猫を殺せば七代祟る(ねこをころせばしちだいたたる)
猫は執念深いので、殺せば子孫七代まで祟りがあるという俗説。
