「母」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 23 件
「母」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
愛立てないは祖母育ち(あいだてないはばばそだち)
祖母に甘やかされて育った子供は、無遠慮でわがままになりやすい。特に、祖母が孫を過剰に可愛がると、礼儀や節度を身につける機会を失うことを戒める言葉。 「愛立てない」は、「愛立ちなし」が転じたもので、無作法や自分勝手の意。
雨は花の父母(あめははなのふぼ)
花にとって雨は、養い育ててくれる父母のようなものだということ。
お乳母日傘(おうばひがさ)
乳母をつけ、日ざしには傘を差しかけるようにして、子を何不自由なく育てること。 裕福な家の、手をかけすぎるほどの育て方をいう。「乳母日傘(おんばひがさ)」はこれが転じたもの。
恐れ入谷の鬼子母神(おそれいりやのきしもじん)
「恐れ入りました」をしゃれていう言葉。「鬼子母神」は、出産・育児の神で、その鬼子母神を祭る東京都台東区入谷と「恐れ入りやした」の「入りや」をかけていったもの。
勤勉は成功の母(きんべんはせいこうのはは)
勤勉こそ成功を生み出す根本だということ。
水母の風向かい(くらげのかぜむかい)
いくらあがいても無駄なことのたとえ。水母が風上に向かっても進めないことから。
水母の行列(くらげのぎょうれつ)
水母が勝手きままに泳いでいるように、きちんと並んでいないことのたとえ。
水母の骨(くらげのほね)
まず出会うはずのないもの、めったに手に入らないもののたとえ。 水母を探しても骨は出てこない。
経験は知恵の父記憶の母(けいけんはちえのちちきおくのはは)
人間の知恵は、経験とその記憶によって成り立っているということ。
甲由田申は筆者の誤り、十点千字は継母の謀(こうゆでんしんはひっしゃのあやまり、じってんせんじはけいぼのはかりごと)
数を書く場では、一画の違いがそのまま損得を動かす。字画を軽く扱うなという教え。 甲・由・田・申は形が紛らわしく、取り違えても書き手の不注意で片づく。しかし「十」に一画を足して「千」に変えれば金高も約束も大きく狂うので、継子を害そうとする企てになぞらえられる。
失敗は成功の母(しっぱいはせいこうのはは)
失敗は、その原因を反省し改めていくことによって、成功につながるということ。 「もと」は「基」「因」とも書く。 「失敗は成功の母」ともいう。
身体髪膚、これを父母に受く(しんたいはっぷ、これをふぼにうく)
髪の一本、肌の一枚に至るまで、この体は親から渡されたものである。 傷つけずに保つところから、親に報いる道は始まる。 原文は「敢えて毀傷せざるは孝の始めなり」と続く。
鯛なくば狗母魚(たいなくばえそ)
望みどおりのものが手に入らないなら、見劣りするものでその場をしのぐよりほかにないということ。 「狗母魚」はエソのことで、身をすり潰して練り物に仕立てる白身魚。姿のまま膳にのぼる鯛とは、もとより扱いが違う。
父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深し(ちちのおんはやまよりもたかく、ははのおんはうみよりもふかし)
父母から受けた恩は広大で深いということ。 両親の愛情をたとえたもの。 「父母の恩は山よりも高く海よりも深し」ともいう。
軒を貸して母屋を取られる(のきをかしておもやをとられる)
一部を貸したために、ついには全部を奪われてしまうことのたとえ。また、恩を仇で返されることのたとえ。
母方より食い方(ははかたよりくいかた)
親類のことを心配するよりも、自分自身の生計を立てることを考えるほうが大切であるということ。
母の折檻より隣の人の扱いが痛い(はははのせっかんよりとなりのひとのあつかいがいたい)
きつく当たられても身内の手なら平気だが、間に割って入ってきた近所の人のほうがよほど怖い。 止めに立つ側には、身内が持つほどの情は無いからだ。
春の雪と叔母の杖は怖くない(はるのゆきとおばのつえはこわくない)
降っても積もらず、打たれても堪えない。 身構えるには当たらないものを、二つ並べて言った句。
祖母育ちは三百安い(ばばそだちはさんびゃくやすい)
年寄りの手にかかった子は、叱られる機会が少ないぶん、値踏みされると分が悪い。 「三百」は三百文で、値の付き方をそのまま銭で言った。 「祖母育ちは銭が安い」ともいう。
庇を貸して母屋を取られる(ひさしをかしておもやをとられる)
一部を貸したために、あとで全部を奪われてしまうことになるたとえ。また、恩を仇で返されることのたとえ。
必要は発明の母(ひつようははつめいのはは)
発明は必要に迫られるからこそ生まれるということ。
孟母三遷の教え(もうぼさんせんのおしえ)
子どもの教育には良い環境を選ぶことが大切だという教え。 孟子は幼い頃墓地の近くに住んでいたが、孟子が葬式の真似をして遊ぶので母は市場の近くに居を移した。すると孟子は売買の真似をはじめたので、今度は学校のそばに転居した。すると礼儀作法を真似るようになったので教育に最適な場所として安住したという故事から。 「三遷の教え」「孟母の三遷」「孟母の三居」「孟母三遷」などともいう。
孟母断機の戒め(もうぼだんきのいましめ)
物事は途中でやめるべきではないという教え。 孟子が修行の途中で家に帰った時、孟子の母は織りかけの機の糸を断ち切り、修行を中断するのはこのようなものだと戒めたという故事から。 「断機の教え」「孟母断機の戒め」「孟母断機の教え」「断錦」「孟母断機」ともいう。
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