地蔵と閻魔は一
ことわざ「地蔵と閻魔は一」の意味・読み方を解説します。
地蔵と閻魔は一
じぞうとえんまはいつ
| 言葉 | 地蔵と閻魔は一 |
|---|---|
| 読み方 | じぞうとえんまはいつ |
| 意味 | 人をいつくしむ穏やかな顔の地蔵菩薩と、激しく怒った顔の閻魔王は、まるで反対の存在に見えるが、どちらも阿弥陀仏が姿を分けて現れたもので、根は一つの同じ仏だということ。
「地蔵」は、苦しむ人々を救うとされる地蔵菩薩のこと。「閻魔」は地獄の王で、死んだ人がこの世でしてきた行いを調べ、罪を裁くとされる。「阿弥陀仏」は、極楽にいて人々を救うとされる仏。「一」は一つで同じということ。読みは「いち」でなく「いつ」。閻魔王の本当の姿は地蔵菩薩だとする言い伝えも、古くからある。 地蔵と閻魔は、やさしい顔と怖い顔を代表するものとしてよく対にされ、「借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔」のような、人の態度の変わりようをたとえることわざにも出てくる。 |
| 例文 | 寺の地獄絵の前で、祖母は「地蔵と閻魔は一といってね、怖い閻魔様もやさしいお地蔵様も、もとは同じ阿弥陀様なんだよ」と教えてくれた。 |
| 場面 | 正反対 / 仏 |
| 使用漢字 | 地 / 蔵 / 閻 / 魔 / 一 |
「地」を含むことわざ
- 足が地に着かない(あしがちにつかない)
- 足が地に着く(あしがちにつく)
- 有って地獄、無くて極楽(あってじごく、なくてごくらく)
- 雨降って地固まる(あめふってじかたまる)
- 生きた心地もしない(いきたここちもしない)
- 意気地がない(いくじがない)
- 石地蔵に蜂(いしじぞうにはち)
- 意地が汚い(いじがきたない)
- 意地でも(いじでも)
- 意地になる(いじになる)
「蔵」を含むことわざ
- 石地蔵に蜂(いしじぞうにはち)
- 内弁慶の外地蔵(うちべんけいのそとじぞう)
- お蔵になる(おくらになる)
- お蔵に火がつく(おくらにひがつく)
- 借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔(かりるときのじぞうがお、かえすときのえんまがお)
- 下戸の建てたる蔵もなし(げこのたてたるくらもなし)
- 地蔵の顔も三度(じぞうのかおもさんど)
- 地蔵は言わぬが我言うな(じぞうはいわぬがわれいうな)
- 千の蔵より子は宝(せんのくらよりこはたから)
- 損と元値で蔵を建て(そんともとねでくらをたて)
「閻」を含むことわざ
- 嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる(うそをつくとえんまさまにしたをぬかれる)
- 内閻魔の外恵比須(うちえんまのそとえびす)
- 閻魔の色事(えんまのいろごと)
- 借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔(かりるときのじぞうがお、かえすときのえんまがお)
- 地蔵と閻魔は一(じぞうとえんまはいつ)
- 用ある時の地蔵顔、用なき時の閻魔顔(ようあるときのじぞうがお、ようなきときのえんまがお)
「魔」を含むことわざ
- 嘘をつくと閻魔様に舌を抜かれる(うそをつくとえんまさまにしたをぬかれる)
- 内閻魔の外恵比須(うちえんまのそとえびす)
- 閻魔の色事(えんまのいろごと)
- 借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔(かりるときのじぞうがお、かえすときのえんまがお)
- 好事、魔多し(こうじ、まおおし)
- 詩魔(しま)
- 邪魔が入る(じゃまがはいる)
- 断末魔(だんまつま)
- 魔が差す(まがさす)
- 用ある時の地蔵顔、用なき時の閻魔顔(ようあるときのじぞうがお、ようなきときのえんまがお)
