「風習」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 50 件
「風習」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全50件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
暑さ寒さも彼岸まで(あつささむさもひがんまで)
夏の残暑も秋の彼岸頃には衰えて涼しくなり、余寒も春の彼岸頃にはやわらいで暖かくなるという言い伝え。
阿波に吹く風は讃岐にも吹く(あわにふくかぜはさぬきにもふく)
ある土地の風習は、他の土地にも移る。上の人の行いは、下の者も真似るようになるということ。また、どこの土地でも人情は変わらないということ。「阿波」は現在の徳島県、「讃岐」は香川県。
江戸べらぼうに京どすえ(えどべらぼうにきょうどすえ)
言葉は使われる土地の気風を表していて、江戸では威勢がよく乱暴な「べらぼう」、京都ではやさしい「どすえ」がよく使われているということ。「べらぼう」は甚だしい、馬鹿などの意。「どすえ」は、「・・・ですよ」の意。
縁起を担ぐ(えんぎをかつぐ)
身のまわりの出来事に吉凶の前ぶれを読み取って、それにこだわること。 「縁起」はここでは物事の前ぶれをいう。 神事の幣束をかつぐ「御幣を担ぐ」の言い方にならった形といわれる。 同じ意味の言い方に「験を担ぐ」がある。
大家と言えば親も同然、店子と言えば子も同然(おおやといえばおやもどうぜん、たなこといえばこもどうぜん)
家を貸す側と借りる側は、ただの貸し借りの間柄ではなく親子も同然の付き合いをするものだということ。 「店子」は借家を借りて住む人。江戸の裏長屋では、大家が店子の身元を引き受け、諍いの仲裁から縁組の世話まで引き受けた。その結びつきの深さを言ったもの。
駆けつけ三杯(かけつけさんばい)
酒の席に遅れて来た人に、罰として続けざまに三杯の酒を飲ませること。
華燭の典(かしょくのてん)
婚礼。結婚式。「華燭」は華やかなともしび、「典」は儀式のこと。
火事と喧嘩は江戸の花(かじとけんかはえどのはな)
江戸は人家が密集していたため大火事が多く、火消しの働きぶりが華やかであった。また、江戸っ子は気が短いため喧嘩も威勢がよく派手であった。この二つが江戸の名物だったということ。
形の如く(かたのごとく)
ものごとが決まった法則の通りに行われるさま。
門松は冥土の旅の一里塚(かどまつはめいどのたびのいちりづか)
正月ごとに立てるあの飾りは、行き着く先までの道のりを一区切りずつ数える標でもある。 一休の狂歌とされ、「めでたくもありめでたくもなし」と続けていう。 「冥土」はあの世、「一里塚」は、どこまで来たかを知らせる道しるべとして街道に築かれた塚。
還暦(かんれき)
数え年六十一歳のこと。六十年で再び生まれた年の干支に還ることから。 「本卦還り」ともいう。
旧套を脱する(きゅうとうをだっする)
古くからのやり方を廃止して、新しい方式や方向を目指すこと。 「旧套」は、古くからの形式や慣習のことで、それから脱却するとの意から。
京の着倒れ(きょうのきだおれ)
京の人は身なりにいくらでも注ぎ込み、着るものだけで身代を細らせる。 「大阪の食い倒れ」と対にして言う。
京の着倒れ、大坂の食い倒れ(きょうのきだおれ、おおさかのくいだおれ)
身にまとうものに注ぐか、口に入れるものに注ぐか。 二つの町の散財の癖を、着る側と食う側で言い分けた句。
京へ筑紫に坂東さ(きょうへつくしにばんどうさ)
方向を示す助詞を京都では「へ」、九州では「に」、関東では「さ」を用いるように、地方によって方言に特徴があるということ。
曲水の宴(きょくすいのえん)
平安時代、陰暦の三月三日の節句に宮中で行われた行事の一つ。庭園の曲水に臨んで座し、上流から流される杯が自分の前を通り過ぎないうちに詩歌を詠み、その杯を取って酒を飲むという遊び。「ごくすいのえん」とも読む。
験を担ぐ(げんをかつぐ)
身のまわりの出来事に吉凶の前ぶれを読み取って、それにこだわること。 「験」は修行や祈祷のききめをいう語で、転じて吉凶のきざしの意でも使う。 「縁起を担ぐ」から出た言い方といわれる。一説に「縁起」を逆さにした「ぎえん」が縮まって「げん」になったともいう。 同じ意味の言い方に「縁起を担ぐ」がある。
告朔の餼羊(こくさくのきよう)
古くからのしきたりは、むやみに廃止すべきではないということ。また、形式ばかりで実質がないしきたりのこと。 「告朔」は、古代中国で、諸侯が天子から受け取った新しい年の暦をいったん祖先の廟に納め、毎月一日に祭事を行い、その月の暦を国内に施行した儀式のこと。 「餼羊」は、その祭事に供えるいけにえの羊。 告朔の意義が廃れて羊を供える儀式だけが残った時、いけにえを廃止しようとしたが、孔子が告朔の儀式が全て廃れてしまうのを惜しんだという故事から。
乞食にも門出(こじきにもかどで)
どのような者であっても門出の時には幸運を祈ってお祝いをするということ。また、何事にもそれ相応の儀式や方法があるということ。 乞食でも門出の時にはお祝いをするとの意から。
言葉は国の手形(ことばはくにのてがた)
言葉のなまりは通行手形のように、その人の生まれ育った場所を示すということ。 「訛りは国の手形」「方言は国の手形」ともいう。
郷に入っては郷に従え(ごうにいってはごうにしたがえ)
場所によって風俗や習慣が違うので、住む土地の習慣や慣習に従うのがよいということ。「郷」は地方・田舎の意。
御幣を担ぐ(ごへいをかつぐ)
縁起をひどく気にし、迷信をむやみに信じる。「御幣」は神事に使う幣束の敬称で、それを担いで災いを遠ざける意から。
三従(さんじゅう)
昔、女性が守るべきとされていた三つの道のこと。生家では父に従い、嫁いでは夫に従い、夫の死後は子に従うということ。
自然に帰れ(しぜんにかえれ)
文明の積み重ねた因習に人が損なわれていると見て、生まれながらの姿へ立ち返れと呼びかける言葉。 学問や芸術の進歩がかえって人の徳を傷つけたと説いた十八世紀の思想を一言に縮めたもので、その思想家自身がこの形で書き残したわけではない。
地獄の釜の蓋も開く(じごくのかまのふたもあく)
正月の16日と盆の16日は、みな仕事をやめて休もうということ。この両日は、地獄の鬼も仕事を休み、罪人を煮る釜の蓋も開けて使わないということから。
十三日の金曜日(じゅうさんにちのきんようび)
欧米では凶事を呼ぶ日として嫌われ、この日を避ける習わしがある。 最後の晩餐の席に着いたのが十三人であったこと、キリストが十字架にかけられたのが金曜であったこととを結び付けた説がよく知られるが、言い伝えは一つに定まっていない。
雪駄の裏に灸(せったのうらにきゅう)
長居をする客を早く帰らせるためのおまじない。 「草履に灸」ともいう。
葬礼九つ酒七つ(そうれいここのつさけななつ)
葬儀は昼の十二時頃、酒宴は午後四時頃に行うのが習わしだということ。
その国に入ればその俗に従う(そのくににいればそのぞくにしたがう)
新しく身を置いた土地には、昔からのならわしが根付いている。暮らすからには、それを重んじて身を処せよという教え。
男子厨房に入らず(だんしちゅうぼうにはいらず)
男が台所に立って料理をしたり片づけたりするべきではないということ。 「君子は庖厨を遠ざく(君子は憐れみ深いので、動物が捌かれる姿が見えたり動物の悲鳴が聞こえたりする厨房に近づくことは忍び難い)」が由来とされる。 この言葉が日本に伝わった後に、本来の意味である「憐れみ」が「台所に立つべきではない」に変わったものといわれる。 ただし諸説ある。
男女七歳にして席を同じゅうせず(だんじょしちさいにしてせきをおなじゅうせず)
人は七歳にもなれば、男女の別を明らかにしてみだりに慣れ親しんではならないということ。男女は七歳になったら同じ敷物に座るべきではないという儒教の道徳から。
手水を使う(ちょうずをつかう)
社殿や堂に上がる前、水で身の穢れを落とす所作をする。 また、厠へ立つことを遠回しに言う形でも使う。
貞女は両夫に見えず(ていじょはりょうふにまみえず)
連れ合いを失ったのちも、その人ひとりを心に置きつづけ、ほかの男に添うことをしない女性のありよう。「忠臣は二君に事えず」と並べて使われる。 斉の王蠋が、攻め入った燕からの招きに、忠臣は二人の君に仕えず貞女は二人の夫にまみえぬと答えて拒み、みずから命を絶った。
所変われば品変わる(ところかわればしなかわる)
境を一つ越えると、同じものが別の名で呼ばれ、使い道まで入れ替わる。 隣り合っていても、そこで当たり前とされることは互いに食い違う。
所変われば水変わる(ところかわればみずかわる)
井戸が変われば口に入るものの味も変わるので、よその土地では体を壊さぬよう用心せよ。 その先で行われている習わしや物言いも、境の向こうでは別のかたちを取る。
所の法には矢は立たぬ(ところのほうにはやはたたぬ)
その土地の定めは、たとえ不合理と思っても、そこにいるかぎりは従うしかないということ。
難波の葦は伊勢の浜荻(なにわのあしはいせのはまおぎ)
物の呼び名、風俗、習慣などは、地方によって異なるというたとえ。 難波では「葦(あし)」と呼んでいる植物を、伊勢では「浜荻(はまおぎ)」と呼ぶとの意から。
西の海へさらり(にしのうみへさらり)
厄払いを行う際、末尾につける文句のこと。
猫を殺せば七代祟る(ねこをころせばしちだいたたる)
猫は執念深いので、殺せば子孫七代まで祟りがあるという俗説。
根を生やす(ねをはやす)
ある場所に長くとどまり、居続けること。また、ある考え方や風習、習慣などが人々の間に定着すること。
根を張る(ねをはる)
植物が根を深くのばして地中に行きわたらせること。転じて、考え方や風習、習慣などが、ある場所や社会の中に深く定着すること。
東は東、西は西(ひがしはひがし、にしはにし)
東洋と西洋とは成り立ちからして違い、たがいに相手を分かりきることはないということ。 東と西が出会うことはないと歌い出す詩の一節。続けて、力量の釣り合った者どうしが向かい合うときには東も西もないとうたわれている。
箒を逆さに立てる(ほうきをさかさにたてる)
長居する客を早く帰らせるためのおまじない。また、地域によっては安産のおまじないともされる。
身は習わし(みはならわし)
人は環境や習慣次第でどのようにも変化するものだということ。
物は祝いがら(ものはいわいがら)
縁起が悪いとされていることでも、やり方や言い方を変えれば、めでたく祝えるようになるということ。
柳を折る(やなぎをおる)
旅に出発する人を見送ること。 昔、中国で柳の枝を折って旅に出発する人を見送ったことから。
世の習い(よのならい)
世間のならわし。世間では普通のこと。
礼は宜しきに随うべし、令は俗に従うべし(れいはよろしきにしたがうべし、れいはぞくにしたがうべし)
決まった形式がある礼儀も、時に応じて変えてもよい。また、法令はその土地の風俗に合うように定めるのがよいということ。
ローマにいる時はローマの人がするとおりにせよ(ろーまにいるときはろーまのひとがするとおりにせよ)
移り住んだ先には、その土地なりの決まりごとがある。よそのやり方を通そうとせず、まわりに合わせて暮らせという教え。 英語の When in Rome do as the Romans do. をそのまま日本語に置き換えた言い方。
我より古を作す(われよりいにしえをなす)
先例や古いしきたりにとらわれず、自分が独自の新しいことを始めるということ。
