「大らかな性格」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 71 件
「大らかな性格」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全71件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
明日は明日の風が吹く(あしたはあしたのかぜがふく)
先のことをいくら心配してもはじまらないので、なるがままに任せて生きるのがよいということ。 明日は明日で、今日とは違う風が吹くという意味から。
明日の事は明日案じよ(あすのことはあすあんじよ)
明日の事は明日のこと。何が起こるかわからないから今日から心配しても仕方ないということ。
仇を恩で報ずる(あだをおんでほうずる)
憎むべき相手を憎まずに、かえってその人に情けをかけること。
あまり円きはまろびやすし(あまりまろきはまろびやすし)
まるく収めてばかりでは、押されたときに踏みとどまれない。どこか尖ったところを残しておくほうが、人としては強い。 「まろぶ」は、ころりと転げること。
過つは人の性、許すは神の心(あやまつはひとのさが、ゆるすはかみのこころ)
人は誰でも過ちを犯すものなので、むやみに人を責めてはいけないということ。 「過ちは人の常、許すは神の業」ともいう。
ある時払いの催促なし(あるときばらいのさいそくなし)
金の都合がついた時に返せばいい、催促は一切しないという寛大な借金の返済条件をいう言葉。
案じるより団子汁(あんじるよりだんごじる)
あれこれ心配しても仕方ないから、団子汁でも食べて気を紛らわしたほうがよいという助言。 「案じる」は「餡汁」の語呂合わせ。 団子汁は餡汁に団子を入れたもの。ただの餡汁よりいいというしゃれでもある。
威あって猛からず(いあってたけからず)
威厳があり、しかも温厚で荒々しくないようす。孔子の人柄を弟子が評したことばで、君子の理想的な人柄をいうことば。
怨みに報ゆるに徳を以てす(うらみにむくゆるにとくをもってす)
投げつけられたものを、そっくり投げ返さない。むごい扱いをした者にこそ厚く遇し、争いの根を残さずにおく。
英雄、閑日月あり(えいゆう、かんじつげつあり)
英雄と呼ばれる者ほど、こまごました用事に追い立てられず、心にゆとりを保っているものだということ。はたから見れば、することもなく日を過ごしているように映る。 「閑日月」は静かでゆったりした月日のこと。転じて、気持ちのくつろぎをいう。
江戸っ子は五月の鯉の吹き流し(えどっこはさつきのこいのふきながし)
江戸っ子は口は悪いが気性はさっぱりとしていて、物事にこだわらないということ。また、口先ばかり威勢がよくて意気地がないということ。「吹き流し」は、鯉のぼりのことで、吹き抜けで腹の中が空洞になっていることから。「口先ばかりで腸なし」と続けてもいう。
大目に見る(おおめにみる)
少しくらいの欠点や過失を厳しくとがめず寛大に扱うこと。
遅牛も淀、早牛も淀(おそうしもよど、はやうしもよど)
早い遅いの差はあっても、結果は同じだからあわてることはないということ。 「淀」は京都市伏見区にある地名で、集荷場として栄えた場所。 荷物を運ぶ牛の歩みに多少の差があっても、結局行き着く所は淀であるとの意から。 「早牛も淀、遅牛も淀」ともいう。
恩を以て怨みに報ず(おんをもってうらみにほうず)
受けた仕打ちを、それを上回る親切で帳消しにする。相手の側に負い目を残す形で決まりをつける。
河海は細流を択ばず(かかいはさいりゅうをえらばず)
度量の広い大人物は、どんな人でも受け入れるというたとえ。「河」は黄河のこと。黄河や大きな川はどんな小さな流れでも差別なく受け入れるという意味から。
風に柳(かぜにやなぎ)
柳が風になびくように、巧みに受け流すこと。 「柳に風」ともいう。
角が取れる(かどがとれる)
年を取ったりして嫌味がなくなり、人柄が穏やかになること。
金離れがいい(かねばなれがいい)
必要な時には惜しまずに金を出すさま。
気が大きい(きがおおきい)
細かいことを気にせず、度量が大きいこと。
気が長い(きがながい)
気持ちがのんびりとしていて、焦ることがない様子。
来る者は拒まず(きたるものはこばまず)
訪ねてくる相手を選り好みせず、来たいという者はそのまま迎え入れること。 素性や思惑を問わないところに、この言い方の懐の深さがある。
君子は交わり絶ゆとも悪声を出さず(くんしはまじわりたゆともあくせいをださず)
徳のある人は人と絶交することがあっても相手の悪口は決して言わないということ。
圭角が取れる(けいかくがとれる)
角が取れて人柄が円満になること。 「圭角」は玉(ぎょく)のとがったところのことで、それが取れることから。
結構は阿呆の唐名(けっこうはあほうのからな)
角を立てまいとして何にでも頷いてしまう者は、結局は間抜けと見られ、つけこまれる。「唐名」は、言い換えた呼び名のこと。
浩然の気(こうぜんのき)
世に満ちわたり、あらゆるものを動かす大本の力。また、小さな事柄にわずらわされない、ゆるぎなく張りのある心持ち。後ろ暗いところのない歩みを重ねてこそ身につくものとされる。
浩然の気を養う(こうぜんのきをやしなう)
胸のうちに大きくのびやかな気を育てること。日々の煩わしさから離れ、山野に身を置いて心を洗うようなふるまいをいう。
子供叱るな来た道だもの年寄り笑うな行く道だもの(こどもしかるなきたみちだものとしよりわらうなゆくみちだもの)
子どものいたずらなどは誰しも身に覚えがあるので叱るべきではないし、自分もいずれ年をとるので老人を笑いものにすべきではないということ。
五月の鯉で口ばかり(さつきのこいでくちばかり)
口では手厳しいことを並べても、それだけで底意はないこと。鯉のぼりの大きな口に引き比べた言い方。
五月の鯉の吹き流し(さつきのこいのふきながし)
胸の内に含むところがなく、思ったままを口にする人柄をいう。五月の空を泳ぐ鯉のぼりが、大きな口から風を通り抜けさせることになぞらえた言い方。
去る者は追わず(さるものはおわず)
自分の所から去る人を引き止めないこと。
去る者は追わず、来る者は拒まず(さるものはおわず、きたるものはこばまず)
こちらを見限って離れていく者は引き止めず、頼って来る者はどのような素性であっても受け入れる。 去るも来るも当人の胸ひとつに委ね、こちらから引きも押しもしない。その構えの大きさをいった言葉。
三寸の見直し(さんずんのみなおし)
物事は、細かいところまで見ると多少の欠点は見つかるということ。また、多少の欠点は見慣れてしまえば気にならなくなるということ。 物の長さも測り方によっては三寸ほどの誤差があるとの意から。
神経が太い(しんけいがふとい)
並大抵のことでは、びくともしない様子。
重箱の隅は杓子で払え(じゅうばこのすみはしゃくしではらえ)
些細な事に必要以上に干渉せずに大目に見るべきということのたとえ。重箱の隅を杓子で払うと隅に残るということから。
清濁併せ呑む(せいだくあわせのむ)
清流も濁流ものみこむ大海のように、善も悪もすべて受け入れる度量の大きさのこと。
世間知らずの高枕(せけんしらずのたかまくら)
世の中がどれほど剣呑かを知らないまま、何ひとつ案じることなく日を送っている人。そののんきさを笑っていう言葉。 「高枕」は枕を高くして眠ること。案じるものを持たない者の寝姿をいう。
粗相も時の一興(そそうもときのいっきょう)
失敗も、時によってはその場を和ませるような笑いを誘う一つの面白みであるということ。
備わらんことを一人に求むるなかれ(そなわらんことをいちにんにもとむるなかれ)
万能な人間などいないのだから、一人の人間に完全無欠を要求してはいけないということ。
大海は芥を択ばず(たいかいはあくたをえらばず)
懐の深い人は、誰が相手でも門戸を閉ざさないというたとえ。 海は流れ込む塵芥さえ厭わないことから。 「芥」は塵やごみを指す。
大行は細謹を顧みず(たいこうはさいきんをかえりみず)
大事業を成し遂げようとする者は、小さな事柄など気にかけないということ。「細謹」は細かいことに気を配る意。
大功を論ずる者は小過を録せず(たいこうをろんずるものはしょうかをろくせず)
手柄の大きさを量ろうという場では、そこにわずかな落ち度がまじっていても、いちいち数え上げて咎めはしないということ。 「録せず」は帳面に書きとめない意で、あえて記録に残さないことをいう。 命令を待たずに兵を動かした将軍が、異民族の王を討ち取りながら罪に問われかけたとき、その功を惜しんだ者が唱えた言葉と伝わる。
泰山は土壌を譲らず(たいざんはどじょうをゆずらず)
人の上に立つ器の者は、取るに足りぬ声にも耳を貸し、そうして己の見方を広げていくというたとえ。 泰山があれほどの高さになったのは、わずかな土くれ一つもはねつけなかったからにほかならない。 「泰山」は山東省にある中国有数の名山。 「泰山」は「太山」とも書く。
大人は大耳(たいじんはおおみみ)
徳の高いすぐれた人は、些細なことを問いただしたり非難したりしないということ。
太平楽(たいへいらく)
場の張りつめた空気にも構わず、思いつくままを口にしては悠長に構えていること。 もとは即位の礼などで舞われた四人舞の曲の名で、天下の泰平を寿ぐそのめでたさが、緊張を欠いた物言いのほうへ移った。
竹を割ったよう(たけをわったよう)
さっぱりしていて、わだかまりのない気性のたとえ。竹が一直線に割れることから。
足る事を知る(たることをしる)
いま手にしているもので事は間に合っていると見て取る。 その先を追わずにいられれば、暮らしはそれだけで静かになる。 漢語では「知足」という。
足るを知る者は富む(たるをしるものはとむ)
満ち足りるとはどういうことかを知っている者こそ、本当に豊かなのだ。手元が乏しくても、欲に追われない心はいつも満たされている。
大徳は小怨を滅ぼす(だいとくはしょうえんをほろぼす)
受けた恩が大きければ、少しの怨みや不満は気にならなくなるということ。 「大徳」は「たいとく」とも読む。 「大徳は小怨を滅す」ともいう。
罪を憎んで人を憎まず(つみをにくんでひとをにくまず)
向かうべき先は為された行いのほうであって、それを為した当人までひとくくりにしない。 なぜそこへ至ったかの事情に目を配れ、と孔子が刑を扱う側の心得に挙げた。
徳を以て怨みに報ゆ(とくをもってうらみにむくゆ)
敵意を向けてくる者にも、こちらは相手の益になる振る舞いで応じる。打ち返す手を出さずに受け止め、いがみ合いをそこで終わらせる。
どこで暮らすも一生(どこでくらすもいっしょう)
どんな所で暮らしても人の一生に変わりがないから、どうせなら楽しく暮らせる所に住みたいということ。
泣いて暮らすも一生、笑って暮らすも一生(ないてくらすもいっしょう、わらってくらすもいっしょう)
泣いて暮らすのも笑って暮らすのも、同じ一生に変わりがないのなら、なるべく楽しく暮らすほうがよいということ。
長い目で見る(ながいめでみる)
現状だけで判断せず、気長に将来を見守ること。
肌触りがいい(はだざわりがいい)
布や器の表面が手にやわらかく当たること。 人についても言い、話していて気を張らずにいられる、当たりの柔らかな相手を指す。
話が分かる(はなしがわかる)
相手の気持ちや立場などをよく理解できること。
花盗人は風流のうち(はなぬすびとはふうりゅうのうち)
美しい花を、つい一枝折ってしまうのは風流というもので、とがめるほどのことではないということ。
腹が大きい(はらがおおきい)
細かいことに拘らず、広く受け入れることができること。度量が大きいこと。
腹が太い(はらがふとい)
こまごましたことにびくともせず、ゆったりと構えていられる度量があること。
人の初言は咎めぬもの(ひとのういごとはとがめぬもの)
初恋に悩む人間の言葉は、たとえ誤りがあっても、咎めたりしないものだということ。「初言」は初めて言う言葉。転じて、初めて恋人に語りかける言葉。
貧にして楽しむ(ひんにしてたのしむ)
貧しくても、それなりに楽しみを持って生活していくということ。
懐が深い(ふところがふかい)
度量が広いこと。包容力があること。 または、相撲で、胸が広くてまわしが掴みにくいこと。
不問に付す(ふもんにふす)
責めを負わせられる事柄でありながら、あえて表沙汰にせずに片づける。
丸くとも一角あれや人心(まるくともひとかどあれやひとごころ)
性格が温厚で柔和なのはよいことだが、時には自分の意地を通すような強い一面もあったほうがよいということ。「一角」は、性格が少し角立っていること。「あまりまろきは転び易きぞ」と続けてもいう。
丸くなる(まるくなる)
かどが取れて、穏やかな人柄になること。
水に流す(みずにながす)
過去のいざこざを、すべてなかったことにして和解することのたとえ。
目を塞ぐ(めをふさぐ)
非難したり責めたりせず、見て見ぬふりをすること。
物が分かる(ものがわかる)
物事の道理や世の中の人情をよくわきまえていること。
門戸を開く(もんこをひらく)
制限せずに、すべての人や物の出入りを自由にすること。
悠揚迫らず(ゆうようせまらず)
困難な状況や切迫した事態にも、普段と変わらずゆったりと落ち着いているさま。
世の中は九分が十分(よのなかはくぶがじゅうぶ)
世の中はすべてが自分の思い通りにいくとはかぎらないから、望んだことの九分が叶ったら満足すべきだということ。
夜道に日は暮れぬ(よみちにひはくれぬ)
夜の帰り道には日が暮れる心配はないから、あわてずにのんびりやろうということ。
