「に」から始まる故事・ことわざ・慣用句
「に」から始まる故事・ことわざ・慣用句 — 113 件
鰾膠もない(にべもない)
まるで愛想がないこと。 「鰾膠」はニベ科の海魚などの浮き袋から作る強い粘着力のある膠(にかわ)のことで、その粘着力がないことから。
二枚舌を使う(にまいじたをつかう)
矛盾したことを言うこと。また、嘘をつくこと。
乳臭(にゅうしゅう)
幼稚で未熟なこと。
入木道(にゅうぼくどう)
書道のこと。 中国晋の書家王羲之(おうぎし)が書いた文字は筆勢が強く、書かれた板の三分の深さにまで墨が入り込んでいたという故事から。 「にゅうぼくどう」ともいう。
女房、鉄砲、仏法(にょうぼう、てっぽう、ぶっぽう)
女性は雰囲気を和らげ、鉄砲の力で治安を保ち、仏法で人の心を正しく導く。この三つの力で世の中がうまく治まっているということ。
女房と畳は新しいほうがよい(にょうぼうとたたみはあたらしいほうがよい)
妻と畳は新しいほうが、新鮮な気分がしてよい。何でも新しいほうが気持ちがよいということ。
女房と味噌は古いほどよい(にょうぼうとみそはふるいほどよい)
何でも古いほど味わいが出て良いということ。味噌も古くなると熟成されて味がよくなり、妻も長年連れ添うと円満さも増していくということから。
女房に惚れてお家繁盛(にょうぼうにほれておいえはんじょう)
亭主が女房に惚れ込んでいると、外で浮気や道楽もせず家庭円満になるということ。
女房の妬くほど亭主もてもせず(にょうぼうのやくほどていしゅもてもせず)
妻が気をもむほど、夫はよその女性にもててはいないということ。
女房の悪いは六十年の不作(にょうぼうのわるいはろくじゅうねんのふさく)
悪い妻は夫を一生不幸にしてしまうということ。 悪い妻をもらうと六十年の不作に匹敵するとの意から。
女房は貸すとも擂り粉木は貸すな(にょうぼうはかすともすりこぎはかすな)
すりこぎのように使うと減るものは、他人に貸してはいけないということ。
女房は灰小屋から貰え(にょうぼうははいごやからもらえ)
妻を迎えるなら、自分より格下の家からもらうのがよいということ。 身分の高い家から妻をもらうと、親戚付き合いに苦労したり夫の権威が下がったりする恐れがあるとの意から。 「女房は台所から貰え」「女房は掃き溜めから拾え」「女房は庭から取れ」などともいう。
女房は半身上(にょうぼうははんしんしょう)
その家が繁盛するかどうかは、女房の力にかかっているということ。「身上」は財産の意で、女房は財産の半分の価値があるということから。
女房は山の神百国の位(にょうぼうはやまのかみひゃっこくのくらい)
女房はきわめて大切なものであるというたとえ。
女房百日、馬二十日(にょうぼうひゃくにち、うまはつか)
どんなものも、はじめのうちは珍しがられるが、すぐに飽きられてしまうというたとえ。 妻は百日、馬は二十日もすれば飽きてしまうとの意から。
睨みが利く(にらみがきく)
他者を威圧し、押さえつけるだけの力量があること。
睨みを利かせる(にらみをきかせる)
相手を威圧しておさえつけること。
似るを友(にるをとも)
境遇や性質の似た者同士が親友となること。 「似たるを友」ともいう。
俄雨と女の腕捲り(にわかあめとおんなのうでまくり)
朝の雨はすぐにやむため、女が腕まくりをして強がるのと同様、恐れるに足りないということ。 「俄雨(にわかあめ)と女の腕捲り」ともいう。
鶏を割くに焉んぞ牛刀を用いん(にわとりをさくにいずくんぞぎゅうとうをもちいん)
小さな事柄を処理するのに、大がかりな手段は必要ないということ。 「焉んぞ」は、どうしての意。 「牛刀」は、牛を料理するときに使う大きな包丁。 鶏をさばくのに、どうして牛刀を使う必要があるだろうかという意味から。
荷を下ろす(にをおろす)
義務や責任を果たし、負担から解放されて気が楽になること。 「荷を下ろす」ともいう。
任重くして道遠し(にんおもくしてみちとおし)
任務はきわめて重大で、遂行する道程は遠く、容易ではないということ。
人間至る処、青山あり(にんげんいたるところ、せいざんあり)
どこで死んでも世の中には自分の骨を埋めるぐらいの場所はあるということ。だから、故郷にこだわらず広い世間に出ておおいに活動すべきだというたとえ。「人間」は、「じんかん」とも読み世の中の意。「青山」は、樹木が青々と茂った山で埋骨にふさわしい土地の意。幕末の僧、月性(げっしょう)の詩から。
人間一生二万日(にんげんいっしょうにまんにち)
人間の平均寿命はかつては五十年とされ、日数にすると約二万日ということになり、一生は長いようにも短いようにも思われるということ。
人間は考える葦である(にんげんはかんがえるあしである)
人間は自然の中ではか弱い存在であるが、思考する存在としては偉大であるということ。フランスの哲学者パスカルの「人間は自然のうちで最も弱い一本の葦にすぎない。しかしそれは考える葦である」という言葉から。
人間は万物の尺度である(にんげんはばんぶつのしゃくどである)
この世のすべての物事は、個々の人間の感覚を基準として測られるものであるということ。 ギリシャの哲学者プロタゴラスの言葉から。 「人は万物の尺度なり」ともいう。
人間万事金の世の中(にんげんばんじかねのよのなか)
世の中は金の力がものをいい、金がすべてのものを支配しているということ。
人間万事塞翁が馬(にんげんばんじさいおうがうま)
人生における幸・不幸は予測が出来ないということ。 幸運から不幸に、不幸から幸運にいつ転じるかわからないので、一喜一憂する必要はないということ。 昔、中国北方の塞(とりで)付近に住んでいた老人が馬に逃げられたが、その馬が立派な馬を連れて帰って来た。老人の息子がその馬から落馬して足の骨を折ったが、そのおかげで兵役を免れたという故事から。 「人間万事塞翁が馬」ともいう。
人間僅か五十年(にんげんわずかごじゅうねん)
人の一生は短くはかないものだということ。 人の寿命はたかだか五十年との意から。 「人生僅か五十年」「人間五十年」ともいう。
人参飲んで首縊る(にんじんのんでくびくくる)
身分不相応なことや無計画なことをして、災いを招くことのたとえ。高価な高麗人参を飲んで病気は治ったが、その代金が払えずに首をくくるということから。
人相見の我が身知らず(にんそうみのわがみしらず)
他人の運命についてあれこれ占う人相見も、自分の事は正しい判断がつかないということ。「人相見」は、人相を見て運命を判断することを職業とする人のこと。
忍の一字は衆妙の門(にんのいちじはしゅうみょうのもん)
忍耐を身につければ、どんなことでも出来るというたとえ。「衆妙の門」は、万物の深遠な道理の入り口のこと。
人を見て法を説け(にんをみてほうをとけ)
相手をよく見きわめて、それにふさわしい方法を取れということ。 相手の人柄や能力を見て、その人に適した仏法を説けとの意から。 「人」は「にん」ともいう。
