「老」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 28 件
「老」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
生まれながらの長老なし(うまれながらのちょうろうなし)
生まれながらにすぐれた人間などいるはずもなく、みんな長い間の修養や経験をつんで立派な人間になるということ。
海老跳れども川を出でず(えびおどれどもかわをいでず)
跳ねる力がいくらあっても、その身に定まった分を越えたところへは行けない。おのおの持ち場の内で生きるほかない。 蝦は水底で勢いよく身をはねるが、はねた先はやはり同じ川である。
海老で鯛を釣る(えびでたいをつる)
わずかな元手や労力で大きな利益を得るたとえ。 略して「[[海老鯛(えびたい)*https://kokugo.jitenon.jp/word/p56920]]」ともいう。 また、「蝦蛄(しゃこ)で鯛を釣る」「雑魚(ざこ)で鯛を釣る」「飯粒(めしつぶ)で鯛を釣る」「麦飯(むぎめし・むぎいい)で鯉を釣る」「鼻糞で鯛を釣る」などともいう。
老い木に花咲く(おいきにはなさく)
老木に再び花が咲くように、一度衰えたものが再び盛んになることのたとえ。 「枯れ木に花咲く」ともいう。 また単に「老い木に花」や「枯れ木に花」ともいう。
老い木は曲がらぬ(おいきはまがらぬ)
老人の頑固さのたとえ。 また、欠点は若いうちになおさないと年をとってからでは手遅れであるということ。 老木は弾力性に乏しく曲げようとしても曲がらないことから。
老いたる馬は道を忘れず(おいたるうまはみちをわすれず)
経験を積んだ人は方針を誤らないというたとえ。 老馬はいろいろな道を知っており、迷うことがないということから。 中国、斉の桓公が山中で道に迷った時に、老馬の歩みに従って無事に帰り着いたという故事から。 同じ故事から出た漢語の言い方に「老馬の智」がある。
老いては子に従え(おいてはこにしたがえ)
年をとったら出しゃばらずに、何事も子どもに任せて従っていくほうがいいということ。
老いてはますます壮んなるべし(おいてはますますさかんなるべし)
年老いてもますます元気で意気盛んでなければならないということ。
老いの一徹(おいのいってつ)
自分の意見や意向を押し通そうとする、老人の頑固な気質のこと。「一徹」は頑固の意。
老いの学問(おいのがくもん)
年老いてから始める学問や学び。 「老いの手習い」ともいう。
老いの繰言(おいのくりごと)
年寄りが過去の話や愚痴をくどくど繰り返し言うこと。「繰言」は同じ事を繰り返して言うこと。
老いらくの恋(おいらくのこい)
年老いてからの恋愛。「老いらく」は年をとること。
騏驎も老いては駑馬に劣る(きりんもおいてはどばにおとる)
若いころに抜きん出ていた人も、年を重ねて力が落ちれば、これといった取り柄のない者の後ろに回ることになる。一日に千里を駆ける馬も、老いれば足の鈍った馬に先を越される意から。
子供叱るな来た道じゃ、老人笑うな行く道じゃ(こどもしかるなきたみちじゃ、ろうじんわらうなゆくみちじゃ)
子どものいたずらなどは誰しも身に覚えがあるので叱るべきではないし、自分もいずれ年をとるので老人を笑いものにすべきではないということ。
沙弥から長老(しゃみからちょうろう)
下積みの段階をいくつも飛び越して、いきなり高い位に就くこと。 「沙弥」は髪を下ろして間もない見習いの僧、「長老」は寺を束ねる高位の僧。その間に横たわるいくつもの位を、ひととびに越えてしまうことをいう。
沙弥から長老にはなれぬ(しゃみからちょうろうにはなれぬ)
どんなことにも踏むべき段があり、それを飛ばして先へは行けないということ。 入門したばかりの沙弥が、いきなり寺を束ねる長老になれるわけがない、という言い方。一足飛びの出世をいう「沙弥から長老」を、そのまま打ち消した形である。
少年老い易く学成り難し(しょうねんおいやすくがくなりがたし)
年月は油断しているうちに、たちどころに過ぎ、すぐに年をとってしまう。学問を修めるのは難しいので、若いうちから時間を無駄にせず勉学に励めというおしえ。
鱧も一期、海老も一期(はももいちご、えびもいちご)
大きな魚も小さな魚も、授かった生をひととおり生きて終わる。 誰の一生も、長さや軽重で測るものではない。
老化は足から(ろうかはあしから)
老化現象は、足の痛みやもつれなど、足に関する症状から現れるということ。
老驥櫪に伏すとも志千里に在り(ろうきれきにふすともこころざしせんりにあり)
脚の速い馬は歳を重ねて厩の横木につながれても、なお遠くまで駆ける日を思っている。体が衰えたからといって、胸の内の望みまで縮むことはない。
老牛犢を舐るの愛(ろうぎゅうとくをねぶるのあい)
わが子に目がなく、際限なく甘やかす態度。牛が生まれた仔を舌で撫でるさまに寄せた語で、自分の子煩悩を謙遜して口にする場合もある。 子の楊修を曹操に殺された楊彪が、痩せたわけを問われて、老いた牛が仔を舐めるような情がどうにも捨てられないのだと答えた。
老骨に鞭打つ(ろうこつにむちうつ)
歳を重ねて利かなくなった体に、あえて負荷をかけて働くこと。人に言うより、自分の骨折りを控えめに言い表すのに使う。
老妻は紙に画きて棊局を為る(ろうさいはかみにえがきてききょくをつくる)
連れ添った妻が、紙に升目を引いて碁の盤の代わりにする。手元が乏しくとも、あるもので工夫しながら日々を楽しむ暮らしをいう。
老醜を晒す(ろうしゅうをさらす)
年老いて醜くなった姿や頑なな考え方などを人に示して恥をかくこと。 自身を謙遜していう言葉。
老婆心(ろうばしん)
必要をこえて世話を焼いたり、あれこれ気に病んだりすること。多くは、人に忠告するときの前置きに使われ、出過ぎた口であることをことわる言い方になる。 もとは禅の言葉で、年老いた女性が孫を思うように、師が弟子へ念入りに教え説くことをいった。それが転じて、行き届きすぎた親切のほうを指すようになった。「老婆心切」ともいう。
老馬の智(ろうばのち)
年を重ねた者の知恵は、道に迷ったときの頼りになるということ。 「智」は知恵のこと。 斉の桓公が遠征の帰り道を見失ったとき、管仲が「老いた馬の知恵を借りましょう」と進言し、放った老馬のあとを追っていくと、やがて元の道へ出られたという。 同じ故事を和文でいったのが「老いたる馬は道を忘れず」。
老兵は死なず、消え去るのみ(ろうへいはしなず、きえさるのみ)
役目の終わった者は、表舞台から去るということ。敗戦後、占領司令官だったダグラス・マッカーサーが離日の際に言った言葉。
若い時旅をせねば老いての物語がない(わかいときたびをせねばおいてのものがたりがない)
若い時に旅をしておかなければ、年をとってから人に話す話題がないということ。
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