「仲間」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 92 件
「仲間」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全92件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
合言葉にする(あいことばにする)
仲間うちで、自分たちの目標や主張を表した言葉を決めて掲げる。
悪獣もなおその類を思う(あくじゅうもなおそのるいをおもう)
猛獣でさえ仲間を思いやる気持ちを持っている。まして人間ならなおさらその気持ちがあるはず、という意。「悪獣」は猛獣のこと。
欠伸を一緒にすれば三日従兄弟(あくびをいっしょにすればみっかいとこ)
つられて一緒にあくびをした者同士は、何かしらの縁があるということ。 「三日従兄弟」は血のつながりの薄い親類で、縁を軽い血縁関係にたとえた言い方。
麻に連るる蓬(あさにつるるよもぎ)
人はよい環境で育てば、自然と感化されて善人になるということ。 曲がりやすい蓬も、麻の中で育てばまっすぐ伸びることから。 「麻の中の蓬」「麻中の蓬」ともいう。
足並みを揃える(あしなみをそろえる)
多くの人の考え方や意見、方針が一致して、同じ行動をとる。
後棒を担ぐ(あとぼうをかつぐ)
首謀者の手先として、悪事に加担すること。 「後棒」は、駕籠(かご)などの棒の後ろの方を担ぐ人。
意気投合する(いきとうごうする)
互いの気持ちがぴったりと一致すること。
一匹の馬が狂えば千匹の馬も狂う(いっぴきのうまがくるえばせんびきのうまもくるう)
一人の行いが他の大勢を駆り立ててしまうことのたとえ。群集が他人の言動に同調しやすいことのたとえ。 群れの中の一匹の馬が異常な行動をして騒ぎ出せば、群れ全体が巻き込まれて騒ぎ出すとの意から。
犬も朋輩、鷹も朋輩(いぬもほうばい、たかもほうばい)
役目や地位が違っても、同じ職場で働けばみな同僚であることには変わりないので、仲良くすべきであるということ。 鷹狩りにおいて、犬と鷹は役目が違うが、同じ主人に仕える仲間であるとの意から。
意を強くする(いをつよくする)
他人の支持を得て、自信を深めること。他人の賛同を心強く思うこと。
兎死すれば狐これを悲しむ(うさぎしすればきつねこれをかなしむ)
仲間内の一人が倒れると、残った者も自分の先行きが案じられて胸を痛めるということ。 兎が捕らえられるのを見た狐が、次は自分の番かと嘆いたことによる。
牛は牛連れ、馬は馬連れ(うしはうしづれ、うまはうまづれ)
釣り合いの取れた者どうしで組んだほうが、事は滑らかに運ぶ。 連れ立つ相手というのは、自然と身の丈の近いあたりに定まるもの。
馬が合う(うまがあう)
気が合うこと。相性がいいこと。
大木の下に小木育つ(おおきのしたにおぎそだつ)
強大な権力を持つ人物のもとには、その庇護を受けている者がたくさんいることのたとえ。
お先棒を担ぐ(おさきぼうをかつぐ)
人の手先になって軽々しく行動すること。 「お先棒」は二人で棒を使って荷物を担ぐ時、棒の前方を担ぐ人のこと。
同じ穴の貉(おなじあなのむじな)
一見無関係のように見えて、実は同類・仲間であることのたとえ。 多くは悪事をはたらく仲間のことをいう。 「同じ穴」は「一つ穴」とも、「貉」は「狸」「狐」ともいう。
同じ釜の飯を食う(おなじかまのめしをくう)
同じ職場で働いたり苦楽を共にしたりすること。また、そのように過ごす親しい仲間のこと。 「一つ釜の飯を食う」ともいう。
同じ羽の鳥は集まるものだ(おなじはねのとりはあつまるものだ)
趣味や物の見方が似通った者は、誘い合わせるまでもなく一つところへ寄り集まる。 英語のことわざが訳されて広まった言い方で、羽の色をそろえた鳥が群れをなして飛ぶさまにたとえている。
影の形に随うが如し(かげのかたちにしたがうがごとし)
いつもいっしょにいて離れないこと。 影が必ず物につき随うことから。 「影の形に添うが如し」「影の形に添うように」ともいう。
片手で錐は揉まれぬ(かたてできりはもまれぬ)
物事を成し遂げるためには、力を合わせることが大事だということ。 穴をあけるための錐は片手では揉むことができないとの意から。
片棒を担ぐ(かたぼうをかつぐ)
協力して仕事を行うこと。二人で担ぐ駕籠の一方を担ぐことから。多くは悪いことをする時にいう。
皮引けば身が付く(かわひけばみがつく)
密接な関係にあるものは、一方に何かが生じると他方にも影響が及ぶことのたとえ。 皮を引っ張れば、その下の肉も一緒に付いてくることから。 「皮引けば身が痛い」ともいう。
肝胆相照らす(かんたんあいてらす)
互いに心の底まで打ち解けて親しく付き合うことのたとえ。「肝胆」は、肝臓と胆嚢のことで、転じて心の奥底の意。
管鮑の交わり(かんぽうのまじわり)
お互いを理解して心から信じ合った友人付き合いのこと。中国、春秋時代の管仲と鮑叔という二人は若い時から仲が良く、終生変わらぬ友情を持ち続けたという故事から。
来る者は拒まず(きたるものはこばまず)
訪ねてくる相手を選り好みせず、来たいという者はそのまま迎え入れること。 素性や思惑を問わないところに、この言い方の懐の深さがある。
気脈を通じる(きみゃくをつうじる)
表に現れない細い筋が、相手との間に通っている。おもてでは関わりの無い顔をしながら、裏では互いの動きがその筋を伝って行き来する。
金魚の糞(きんぎょのふん)
一人の人物の後ろを大勢の人がぞろぞろついて回るさま。また力のある人の周りを弱い人が付き従って離れないさま。 金魚の糞が切れずに長くつながっている様子から。 「金魚のうんこ」ともいう。
金石の交わり(きんせきのまじわり)
堅い友情で結ばれた、変わらない交わりのこと。 「金石」は、金と石で、きわめて堅いことのたとえ。
金蘭の契り(きんらんのちぎり)
きわめて親密な交わりのこと。 その交わりの堅さは金をも断つほどであり、その美しさは薫り高い蘭のようであるとの意から。
牛耳を執る(ぎゅうじをとる)
集団の中心となって思うままに主導権を握ること。中国の春秋戦国時代、諸侯が同盟を結ぶ時、中心となる人物が牛の耳を裂いて出した血をすすって結束を誓い合ったという故事から。「牛耳る」という言葉もここから出たもの。
臭い物に蠅がたかる(くさいものにはえがたかる)
うしろ暗いところのある場所には、同じ性根の手合いが自然と顔を出す。人に知られたくない話ほど嗅ぎつけられ、その手の者ばかりで場ができあがる。 京都のいろはがるたに採られた句の一つ。
轡を並べる(くつわをならべる)
多くの者が一斉に、同じ物事へ向かうこと。馬の轡を並べて騎馬を進める意から。
首を突っ込む(くびをつっこむ)
興味や関心のある物事に関わりを持つ。仲間になる。また、深入りする。 「頭を突っ込む」ともいう。
雲は竜に従い風は虎に従う(くもはりゅうにしたがいかぜはとらにしたがう)
気質の通じ合う者は放っておいても寄り合い、手を組んで事に当たるものだということ。すぐれた主のもとには、それに見合う力の持ち主が集まってくる意にも使う。竜が動けば雲が湧き、虎が吼えれば風が起こると考えられたことから。
君子は和して同ぜず、小人は同じて和せず(くんしはわしてどうぜず、しょうじんはどうじてわせず)
すぐれた人物は、人と仲良くするが自主性を失わずむやみに同調しない。つまらぬ人間は、すぐに同調し自主性を欠いているということ。
ぐるになる(ぐるになる)
共謀すること。一緒に悪事を働くための仲間になること。
鶏口となるも牛後となるなかれ(けいこうとなるもぎゅうごとなるなかれ)
所帯の大小より、自分の裁量で決められるかどうかを取れ。人の指図どおりに動く末に連なるくらいなら、手狭でも旗を持つ側に回るほうがよい。 戦国時代、秦に屈しようとする韓の王を、蘇秦が思いとどまらせるために説いた言葉。 略して「鶏口牛後(けいこうぎゅうご)」ともいう。
兄弟牆に鬩げども外その務りを禦ぐ(けいていかきにせめげどもそとそのあなどりをふせぐ)
垣根の内側では言い争いの絶えない同士でも、外から手を出されれば背中を合わせて立つ。 身内の不和と、外に向かうときの結束とは、まるきり別の話だ。
膠漆の交わり(こうしつのまじわり)
きわめて親しく堅い交わりのたとえ。 「膠漆」は、にかわとうるし。 にかわとうるしで塗り固めて離れられないような交わりとの意から。
蝙蝠も鳥のうち(こうもりもとりのうち)
その道の者とは言いにくい相手まで、ひとまとめに数えられている。格の合わない顔ぶれが並んでいても、外からは同じ一群として通ってしまう。
股肱の臣(ここうのしん)
もっとも信頼できる部下のこと。「股」はもも、「肱」はひじのことで、どちらも人間のからだにとって重要な部分ということで、「股肱」はもっとも頼りになるものの意。
孤掌鳴らし難し(こしょうならしがたし)
人間は一人きりでは生きられないこと、一人では物事を成し遂げることはできないことのたとえ。 「孤掌」は、片方の手のひら。 片方の手のひらだけでは、手を打ち鳴らすことは出来ないことから。
五指のこもごも弾くは捲手の一挃に若かず(ごしのこもごもはじくはけんしゅのいっちつにしかず)
ばらばらな個々の力は、団結した力には及ばないことのたとえ。 五本の指をばらばらにはじく力は、握りこぶしで叩いた一撃には及ばないとの意から。
酒外れはせぬもの(さかはずれはせぬもの)
酒好きな人たちと一緒のときは、たとえ下戸でもほんの少しでも口をつけるものだということ。
左袒(さたん)
味方すること。「袒」は着物を脱いで肩をあらわにするという意。中国前漢の周勃が呂氏を討とうとした時、呂氏に味方する者は右袒せよ、皇帝の劉氏に味方する者は左袒せよ、と申し渡したところ全軍が左袒したという故事から。
三人行えば必ずわが師あり(さんにんおこなえばかならずわがしあり)
誰と居合わせても、そこから得るものはある。 倣いたい振る舞いはそのまま取り入れ、そうなりたくない振る舞いは我が身を正す材料にすればよい。
三人旅の一人乞食(さんにんたびのひとりこじき)
三人で旅をする時には、その中の一人が仲間はずれになりがちだということ。また、三人で事をすると、貧乏くじをひいて損をすることが多いということ。
三人寄れば文殊の知恵(さんにんよればもんじゅのちえ)
たとえ凡人でも三人集まって相談すれば、すばらしい知恵がでるというたとえ。「文殊」は、知恵をつかさどる菩薩の名前。
雑魚の魚交じり(ざこのととまじり)
小物が大物の仲間入りをしていること、また身分・能力にふさわしくない地位に就くことのたとえ。 雑魚が大きな魚の中に入り混じっていることから。
主従は三世(しゅじゅうはさんぜ)
主従の間柄は、前世・現世・来世の三世にもわたるほど深いということ。
小異を捨てて大同につく(しょういをすててだいどうにつく)
こまかな隔たりには目をつむって、大枠でまとまれるほうへ身を寄せる。 銘々のこだわりを少しずつ引っ込め、一つの塊になることを選ぶ。
尻馬に乗る(しりうまにのる)
よく確かめもしないまま、人の言い出したことにそのまま付いていく。 自分で考えたわけではなく、場の勢いに引かれて一緒に騒ぎ立てる。
心腹の友(しんぷくのとも)
何ひとつ隠しごとのない間柄の相手。 繕いも遠慮も置かずに付き合える一人をいう。
地獄へも連れ(じごくへもつれ)
どんな所に行く時も同伴者がいたほうがいいということ。 たとえ地獄に行くにしても、同伴者がいたほうがいいとの意から。
爾汝の交わり(じじょのまじわり)
きわめて親密な交わりのたとえ。「爾汝」は、お前・貴様の意。相手をお前・貴様と遠慮なく呼び合うような親しい交際の意から。
蛇の道は蛇(じゃのみちはへび)
同類のことは同類が一番よくわかるというたとえ。 蛇の通る道は、他の蛇がよく知っているとの意から。
船頭多くして、船、山へ登る(せんどうおおくして、ふね、やまへのぼる)
上に立つ者が並ぶと、進む先はかえって定まらない。 号令の数だけ、話は本筋から外れていく。 「船頭」は船をあやつる責任者のこと。
袖を連ねる(そでをつらねる)
大勢の人が連れ立っていく。 また、大勢の人が行動を共にする。
鯛の尾より鰯の頭(たいのおよりいわしのかしら)
立派な集まりの末席に連なるより、小さな集まりでもかしらとして立つほうがよいということ。 鯛は高値でも尾は切れ端、鰯は安くとも頭は先頭という、二つの魚の取り合わせでいったもの。
鯛も一人は旨からず(たいもひとりはうまからず)
どんなにおいしいものでも、一人で食べるのではおいしくない。大勢で食べる食事のほうがおいしいということ。 「一人」は「独り」とも書く。
蛸の共食い(たこのともぐい)
同類のものが害し合うことのたとえ。
田作りも魚の内(たづくりもうおのうち)
見くびられがちな者でも、数に入れれば立派な戦力になる。端の一人として当てにして差し支えない。 「田作り」は小魚を干して作る正月の祝い肴。ごまめともいう。
旅は道連れ、世は情け(たびはみちづれ、よはなさけ)
旅をする時は同行者がいれば心強く、同様に世の中を渡るにはお互い助け合っていくのが大切だということ。
袂を連ねる(たもとをつらねる)
仲間となる。行動を共にする。
単糸、線を成さず(たんし、せんをなさず)
一人の力だけでは事は運ばず、幾人かが力を合わせてはじめて形になるということ。 「単糸」は一本だけの糸のこと。糸は何本もより合わせてこそ丈夫な一本の線になり、一本のままでは頼りにならないことから。
断金の交わり(だんきんのまじわり)
深い友情で結ばれた親しい交わりのこと。金を断ち切るほどに堅い交際の意から。 「断金の契り」ともいう。
竹林の七賢(ちくりんのしちけん)
中国晋代に、俗世間を避けて竹林に集まり、清談を行った七人の隠者のこと。阮籍・嵆康・山濤・向秀・劉伶・阮咸・王戎の七人。
つうと言えばかあ(つうといえばかあ)
お互いの気持ちが理解できていて、ちょっと言うだけで相手の意図がわかる様子。 「つうかあ」ともいう。
敵に味方あり味方に敵あり(てきにみかたありみかたにてきあり)
敵の中にも、こちらの理解者はいるし、反対に味方の中にも気を許してはいけない相手もいるということ。
手蔓を求める(てづるをもとめる)
ある目的を果たそうとするとき、その手掛かりや手助けとなるような人との繋がりを求めること。
手に手を取る(てにてをとる)
互いの手を取って仲良く行動する様子。 特に互いに愛し合っている男女が一緒に行動する様子をいう。
手を組む(てをくむ)
目的を果たすために互いに協力すること。
手を結ぶ(てをむすぶ)
協力して物事に取り組むこと。
天の時は地の利に如かず、地の利は人の和に如かず(てんのときはちのりにしかず、ちのりはひとのわにしかず)
戦いにおいて、いかに天候や気候の条件が良くても、地理的条件の有利さには及ばない。 その地理的な有利さも団結した人々の力には及ばないということ。
徳は孤ならず必ず隣あり(とくはこならずかならずとなりあり)
行いの正しい者が独りぼっちで終わることはない。同じ方を向く者がそばに立ち、頼まずとも手を貸してくれる。
徒党を組む(ととうをくむ)
悪事を働くために仲間が集まること。
同気相求む(どうきあいもとむ)
気の合う者同士は、自然と寄り集まるということ。 「同気」は同じ気質のこと。
同病相憐れむ(どうびょうあいあわれむ)
同じ苦しみを負う者どうしは、言わずとも通じ合い、慰め合うということ。 同じ病に臥せる者は、その辛さを身をもって知っているところからいう。
同類相求む(どうるいあいもとむ)
同じたぐいの者同士は、自然に求め合って寄り集まるということ。
光あるものは光あるものを友とす(ひかりあるものはひかりあるものをともとす)
見識の高い者は、やはり見識の高い者を選んで交わるということ。 転じて、性質の近いものは、こちらが仕向けなくとも互いを求め合うたとえ。
火が火を喚ぶ(ひがひをよぶ)
気質の通じ合うもの同士は、おのずと一つ所に落ち合うということ。 また、いきおいづいたものが、いよいよ盛んになっていくさまにもいう。 火が近くの火を招き寄せて燃えひろがるところから。
人の踊る時は踊れ(ひとのおどるときはおどれ)
みんなが何かする時は自分も一緒にやるほうがよいということ。
味方見苦し(みかたみぐるし)
味方の肩を持つのは人の情だが、それが行き過ぎて是非の見境まで失えば、はたの目には見苦しく映るということ。
皆で渡れば怖くない(みんなでわたればこわくない)
間違っていることも、集団になれば平気でできるということ。 1980年頃、漫才コンビ「ツービート」が言った「赤信号皆で渡れば怖くない」から。
目高も魚のうち(めだかもととのうち)
とるに足りないようなものでも仲間には違いがないというたとえ。目高のように小さな魚でも、魚の仲間に違いはないということから。
目の寄る所へは玉も寄る(めのよるところへはたまもよる)
同類が自然に寄り集まることのたとえ。 目が一方へ動けば、それにつれて瞳も動くとの意から。
藪の中の荊(やぶのなかのうばら)
周りに押されて、伸びたい向きへ伸びられない。育つ場所を誤ると、もとの素質まで歪んでしまう。 「荊」は、とげのある低木の総称。
類は友を呼ぶ(るいはともをよぶ)
好みや考え方の近い人間は、示し合わせもせぬうちから同じ場所に顔を並べている。一人が居着けばそこへ二人目三人目が寄ってくる、そういう引き合う力が働いている。
類を以て集まる(るいをもってあつまる)
同じたちの者は、放っておいても一つ所へ寄ってゆく。この寄り方はよい側にも悪い側にも等しく働き、律儀な者の隣には律儀な者が座り、性根の曲がった者の隣もまた同じたぐいで埋まる。
列に入る(れつにはいる)
地位や資格などを得て、同じ立場として仲間に加わること。
和して同ぜず(わしてどうぜず)
まわりと打ち解けて付き合いながらも、自分の見方まで相手に合わせてしまうことはしない。 調子を揃えるだけの交わりとは、そこが分かれる。
和を以て貴しとなす(わをもってとうとしとなす)
めいめいの言い分を押し通すことよりも、場がひとつにまとまっていることを上に置く。聖徳太子が役人に示した心得の筆頭に据えられた句で、争いを起こさないことを政の土台とみる。
