座右の銘にしたいことわざ — 69 件
座右の銘は、いつも自分のそばに置いて折にふれて思い出す言葉です。ここでは、短く言い切っていて口に出しやすく、掲げたときに自分の行いを正してくれることわざを集めました。志を貫く言葉、自分を律する言葉、誠実であろうとする言葉、覚悟を決める言葉、驕らず動じないための言葉、学び続けるための言葉、そして時を惜しみ備えるための言葉の順に並べています。
ことわざ一覧
初心忘るべからず(しょしんわするべからず)
ものごとを始めた時の謙虚で真剣な気持ちを忘れてはならないということ。
為せば成る(なせばなる)
手を動かしさえすれば形になる。 実らないのは、そもそも手をつけていないからだ、と背中を押す言い方。 上杉鷹山が家臣に与えた「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」の歌に拠るとされ、武田信玄の詠が下敷きになっているともいわれる。
継続は力なり(けいぞくはちからなり)
小さなことでも続けていけば、いつか大きなことが成し遂げられるということ。
人事を尽くして天命を待つ(じんじをつくしててんめいをまつ)
出来る限りのことをして、あとは天命に任せるということ。「人事」は人間の力で出来る事柄、「天命」は天の命令の意。
天は自ら助くる者を助く(てんはみずからたすくるものをたすく)
天は、人に頼らず自ら努力する者に力を貸し、幸福を与えるということ。 「神は自ら助くる者を助く」ともいう。
石の上にも三年(いしのうえにもさんねん)
辛抱すればいつか必ず成功することのたとえ。 冷たい石の上でも、三年座り続ければ暖まるとの意から。
失敗は成功のもと(しっぱいはせいこうのもと)
失敗は、その原因を反省し改めていくことによって、成功につながるということ。 「もと」は「基」「因」とも書く。 「失敗は成功の母」ともいう。
精神一到、何事か成らざらん(せいしんいっとう、なにごとかならざらん)
精神を集中して取り組めば、どんな難しいことでもできないことはないということ。
一念、天に通ず(いちねん、てんにつうず)
成し遂げようとする強い信念があれば、その意志は天に通じ必ず成就するということ。
志ある者は事竟に成る(こころざしあるものはことついになる)
確固たる志を持っている者は、どんな困難があっても最後には必ず成功するということ。
千万人と雖も吾往かん(せんまんにんといえどもわれゆかん)
胸に問うてやましいところが無いと分かれば、向こうがいくら大勢でも足は止まらない。 数では決まらないものがあると腹をくくった言葉。 原文はこの前に「自ら反みて縮くんば」と置いている。
歳寒の松柏(さいかんのしょうはく)
逆境で苦しい状況でも、信念や志を貫くことのたとえ。 「歳寒」は季節の冬。または逆境や苦難という意味。 松や柏などの常緑樹は寒い季節でも緑の葉をつけていることから。 「松柏の操」ともいう。
断じて行えば鬼神も之を避く(だんじておこなえばきしんもこれをさく)
思い切って踏み出しさえすれば、どんな難事でも道は開けるというたとえ。 迷いを捨てて事にあたる者の気迫の前には、鬼神ですら身をよけて道をゆずるという。
斃れて後、已む(たおれてのち、やむ)
命がある限り精一杯努力し続けること。 死んではじめてやめるとの意から。
自彊息まず(じきょうやまず)
自らすすんで努力し、励んで怠らないことのたとえ。「彊」はつとめること、「息まず」は休まない意。
倦まず撓まず(うまずたゆまず)
飽きたり怠けたりせず、根気よく努力を続けること。
百尺竿頭一歩を進む(ひゃくしゃくかんとういっぽをすすむ)
目標を達成しても、さらに向上しようと努力すること。また、十分に説明をした上に、さらに一歩進めて説明すること。 百尺の竿の先端に達しても、さらに一歩進もうとするとの意から。 「百尺」は「ひゃくせき」ともいう。
玉磨かざれば光なし(たまみがかざればひかりなし)
生まれ持ったものは、そのままでは表に出ない。年月をかけて己を練り上げたぶんだけ、人の目に留まるようになる。 「玉磨かざれば器を成さず」「玉琢かざれば器を成さず」ともいう。
過ちては改むるに憚ること勿れ(あやまちてはあらたむるにはばかることなかれ)
過ちを犯したことに気がついたら、体面や体裁などにとらわれず、すぐに改めるべきだという戒め。
己に克ち、礼に復る(おのれにかち、れいにかえる)
理性と意思の力で欲望に打ち勝って、人として守るべき礼に従って行動すること。 「克己復礼」ともいう。
君子は独りを慎む(くんしはひとりをつつしむ)
誰にも見られていない時ほど、その人の地は出る。徳を積んだ者は、そこでの振る舞いこそを最も厳しく検める。
仰いで天に愧じず(あおいでてんにはじず)
天を仰ぎ見ても恥ずかしくないほど、心も行いも何らやましいことがないこと。
思い邪なし(おもいよこしまなし)
胸のうちに曲がったところがひとつもない。取り繕いも下心もなく、そのまま外へ出せる。 孔子が『詩経』の三百篇をこの一語で言い切った。
心の師とはなれ心を師とせざれ(こころのしとはなれこころをしとせざれ)
自分の心は自ら律するべきであり、心のままに感情に流されてはいけないということ。
心の駒に手綱許すな(こころのこまにたづなゆるすな)
過ちを犯さないように、常に心を引き締めよということ。 「駒」は馬のこと。心を馬にたとえて、放っておくと悪い方へ走りがちなので、手綱を引き締めて制御せよとの意から。
常が大事(つねがだいじ)
人が見ているのはとっさのふるまいではなく、ふだんの身の処し方である。 日ごろの暮らしが整ってさえいれば、何かが起きたときにあらぬ言いがかりを受けずにすむ。
和して同ぜず(わしてどうぜず)
まわりと打ち解けて付き合いながらも、自分の見方まで相手に合わせてしまうことはしない。 調子を揃えるだけの交わりとは、そこが分かれる。
怒りは敵と思え(いかりはてきとおもえ)
怒りは慎むべきであるという戒めの言葉。 怒りの感情を持てば、相手からの怒りや憎しみを招くことになり、結局自分の身を滅ぼすことになるということ。 徳川家康の遺訓のひとつ。
堪忍は一生の宝(かんにんはいっしょうのたから)
怒りを抑えたり痛みや苦しみをこらえたりすることができると、一生の宝を持っているように安らかで幸福に生きていくことができるので、生涯心がけていくべきであるということ。 「堪忍は身の宝」ともいう。
己を責めて人を責めるな(おのれをせめてひとをせめるな)
自分の責任でさせたことを、人のせいにするなということ。徳川家康の遺訓から。
口は災いの元(くちはわざわいのもと)
何気なく漏らした一言が、あとを引く揉め事の火種になる。 言わずもがなの一言を呑み込めるか否かが、身の安泰の分かれ目になる。
正直は一生の宝(しょうじきはいっしょうのたから)
正直者は人から信頼され、それによって成功や幸福を手にすることができる。正直こそ一生を通じて大切に守るべき宝だというたとえ。
正直の頭に神宿る(しょうじきのこうべにかみやどる)
正直な人には必ず神の助けがあるということ。
渇しても盗泉の水を飲まず(かっしてもとうせんのみずをのまず)
どんなに困っていても、断じて不正には手を出さないというたとえ。「盗泉」は、中国山東省にある泉の名。孔子はのどが渇いていても、その名を嫌って泉の水を飲まなかったという故事から。
巧詐は拙誠に如かず(こうさはせっせいにしかず)
巧みに偽りごまかすことは、たとえ拙くても誠意があるものには及ばないということ。
剛毅木訥、仁に近し(ごうきぼくとつ、じんにちかし)
強固な意志を持ち、素朴で口数が少ない人物こそ、最高の徳である仁に最も近い人であるということ。
泥中の蓮(でいちゅうのはす)
汚れた環境の中でも、それに染まらず清らかに生きていることのたとえ。汚い泥の中でも蓮は清らかな花を咲かせることから。
襤褸を着ても心は錦(ぼろをきてもこころはにしき)
たとえぼろぼろの衣服を着ていても心の中は錦を着ているように美しい。外見よりも内面が大事だということ。
然諾を重んずる(ぜんだくをおもんずる)
いったん引き受けた以上は、約束を守って必ず実行するということ。「然諾」は、よしと承諾すること。
義を見てせざるは勇なきなり(ぎをみてせざるはゆうなきなり)
筋を通すべき場面だと分かっていながら身体が動かないなら、それは腹が据わっていない証しである。損得や体面を先に量る者は、ここぞの一歩を踏み出せない。
己の欲せざる所は人に施すこと勿れ(おのれのほっせざるところはひとにほどこすことなかれ)
自分が他人からされたくないと思うことは、決して他人にしてはならないということ。
徳は孤ならず必ず隣あり(とくはこならずかならずとなりあり)
行いの正しい者が独りぼっちで終わることはない。同じ方を向く者がそばに立ち、頼まずとも手を貸してくれる。
立つ鳥、跡を濁さず(たつとり、あとをにごさず)
立ち去る者は、後始末をきちんとしなければならないということ。また、引き際が潔いことのたとえ。水鳥は飛び立ったあとの水を濁さずに飛び去ることから。 「飛ぶ鳥、跡を濁さず」「鳥は立てども跡を濁さず」ともいう。
虎穴に入らずんば虎子を得ず(こけつにいらずんばこじをえず)
危険なことも避けていては、大きな成功は得られないということ。 虎の住む穴に入らなければ、虎の子をつかまえることは出来ないとの意から。
身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ(みをすててこそうかぶせもあれ)
しがみついたまま離すまいとするうちは、逃げ場は開かない。惜しむものを手放して踏み込んだとき、はじめて浅瀬に足が着く。
当たって砕けろ(あたってくだけろ)
うまくいくかどうかわからないが、思い切ってやってみよということ。
狭き門より入れ(せまきもんよりいれ)
楽な道を選ぶより、困難な道を選ぶほうが人間を高めるという教え。「狭き門」は、キリスト教の教えで、天国に至る道が困難であることをたとえた語。神の救いを得るためには、努力が必要であり、楽な道を選んではいけないということから。
善は急げ(ぜんはいそげ)
良いことだと思ったら、ためらわずすぐに実行せよということ。 「善は急げ悪は延べよ」と後半を添える言い方もある。悪い企てのほうは逆に先送りにせよ、という戒めが加わる。
彼も人なり、予も人なり(かれもひとなり、われもひとなり)
彼も自分と同じ人間なのだから、彼にできることが自分にできないはずはないということ。 努力を怠らなければ、他人にできることは何でもできるということ。
心頭滅却すれば火もまた涼し(しんとうめっきゃくすればひもまたすずし)
思いを空にしてしまえば、燃えさかる火のなかでさえ熱さを覚えない。いかなる責め苦も、心の置きどころ一つで受け流せる。 「心頭」は胸のうち、「滅却」は拭い去ること。 もとは、身を置く場所を選ばず禅は修められるという意だったが、日本では生き方全般を説く句へと広がった。 天正十年(一五八二)、織田勢の焼き打ちを受けた恵林寺で、僧快川がこの句を唱えたと伝えられる。
風は吹けども山は動ぜず(かぜはふけどもやまはどうぜず)
周囲の騒ぎの中で、少しも動じないで悠然としていることのたとえ。 激しい風が吹き荒れても山はびくともしないとの意から。
深い川は静かに流れる(ふかいかわはしずかにながれる)
思慮深い人は決して騒ぎ立てず、冷静に行動するというたとえ。
実るほど頭の下がる稲穂かな(みのるほどあたまのさがるいなほかな)
人は学問や徳が深まると、かえって謙虚になることのたとえ。 稲穂は実が入ると重くなり頭を下げることから。 「実るほど頭を垂れる稲穂かな」「実る稲田は頭垂る」ともいう。
泰山は土壌を譲らず(たいざんはどじょうをゆずらず)
人の上に立つ器の者は、取るに足りぬ声にも耳を貸し、そうして己の見方を広げていくというたとえ。 泰山があれほどの高さになったのは、わずかな土くれ一つもはねつけなかったからにほかならない。 「泰山」は山東省にある中国有数の名山。 「泰山」は「太山」とも書く。
自慢は知恵の行き止まり(じまんはちえのいきどまり)
手柄を並べ立てはじめたら、その人の知恵はもう先へ伸びない。 できたと思ったところに学ぶものはなく、伸びしろは自慢と引き換えに失われる。
下問を恥じず(かもんをはじず)
身分や年齢の低い者に物事を尋ねることを、恥ずかしいとか体裁が悪いと思わず、素直に聞くという姿勢が大切だということ。
他山の石(たざんのいし)
他人の誤った言行を、自分の修養のために役立てること。 よその山から取れたつまらない石でも、自分の宝石を磨くのに使えるとの意から。
足るを知る者は富む(たるをしるものはとむ)
満ち足りるとはどういうことかを知っている者こそ、本当に豊かなのだ。手元が乏しくても、欲に追われない心はいつも満たされている。
過ぎたるは猶及ばざるが如し(すぎたるはなおおよばざるがごとし)
行きすぎたものは、届かなかったものと出来ばえが並ぶ。どちらへ振れても狙った形にはならず、中ほどで踏みとどまるのがよい。
丸くとも一角あれや人心(まるくともひとかどあれやひとごころ)
性格が温厚で柔和なのはよいことだが、時には自分の意地を通すような強い一面もあったほうがよいということ。「一角」は、性格が少し角立っていること。「あまりまろきは転び易きぞ」と続けてもいう。
故きを温ねて新しきを知る(ふるきをたずねてあたらしきをしる)
昔のことを研究し、そこから新しい知識や道理を発見すること。 「温故知新(おんこちしん)」ともいう。
汝自身を知れ(なんじじしんをしれ)
自分が無知であることを自覚せよということ。ギリシャのアポロン神殿に刻まれていた言葉。「自分の分をわきまえよ」という意で解釈されていたが、ソクラテスが「自分自身をよく知ることが基本だ」と解釈したといわれる。
習うは一生(ならうはいっしょう)
人間には学ぶべきことがたくさんあるため、いくつになっても常に学び続ける必要があるという戒め。
知識は力なり(ちしきはちからなり)
物事の道理を知り抜いた者だけが、自然を思うままに働かせ、事を成し遂げることができる。 先入観を捨てて事実を積み重ね、そこから理を導けと説いた近世の学問観から出た言葉。 「知は力なり」と訳されることもある。
彼を知り己を知れば百戦殆うからず(かれをしりおのれをしればひゃくせんあやうからず)
敵と味方の情勢をしっかり把握して戦えば、何度戦っても負けることはないということ。 「殆うからず」は、危うくないという意味。
盾の両面を見よ(たてのりょうめんをみよ)
物事は、表と裏の両面を観察してから正しく判断せよということ。
歳月、人を待たず(さいげつ、ひとをまたず)
時は人の都合などおかまいなしに刻々と過ぎ去っていくので、時間を無駄にせず大事に過ごすべきであるということ。 「光陰人を待たず」「時は人を待たず」ともいう。
備えあれば憂いなし(そなえあればうれいなし)
普段から非常時の準備をしておけば、緊急の事態が起こっても心配する必要がないということ。
勝って兜の緒を締めよ(かってかぶとのおをしめよ)
戦いに勝っても油断しないで心を引き締めよという戒めの言葉。 戦いに勝って兜を脱いだ時に、敵に襲われたらひとたまりもないので、勝っても兜の緒を締めなおして気を抜くなとの意から。
