「虫」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 70 件
「虫」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全70件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
顎で蠅を追う(あごではえをおう)
やせ衰えて元気がないようす。蠅を手で追い払う元気もなく顎を動かして追い払う意から。 「頤(おとがい)で蠅を追う」ともいう。 「頤」は顎のこと。
頭の上の蠅も追われぬ(あたまのうえのはえもおわれぬ)
自分自身のことさえ満足に出来ないことのたとえ。 自分の頭にたかる蠅さえ追い払えないという意味から。
頭の上の蠅を追え(あたまのうえのはえをおえ)
身にふりかかっている厄介ごとを片づけないまま、よそへ口を出している。 手元も収まらぬうちに動く者へ、あきれ半分に投げる言葉。 「頭の上の蠅を追う」ともいう。
当たらぬ蜂には刺されぬ(あたらぬはちにはさされぬ)
自分から関わらなければ、災いや危険に巻き込まれることはないというたとえ。蜂の巣を突くなどして自ら危険に近づかない限り、刺されることはないことから。
虻蜂取らず(あぶはちとらず)
二つのものを同時に得ようとして、結局はどちらも取り逃がしてしまうことのたとえ。欲張りすぎて失敗することのたとえ。 虻と蜂を両方捕ろうとして、結局どちらにも逃げられてしまうことから。
甘い物に蟻がつく(あまいものにありがつく)
甘い物に蟻が集まるように、利益にありつけそうなところには人が群がるということ。
蟻の穴から堤も崩れる(ありのあなからつつみもくずれる)
見て見ぬふりをした小さな綻びが、後で手の付けられない事態を呼ぶ。 始まりは、指の先ほどの穴でしかない。
蟻の甘きにつくが如し(ありのあまきにつくがごとし)
蟻が甘いものに群がるように、利益のある所に人が群がることのたとえ。
蟻の思いも天に届く(ありのおもいもてんにとどく)
弱小な者でも懸命に努力すれば、希望を叶えることができるというたとえ。 蟻のように小さなものでも、一心に努力すれば願いは天に達するとの意から。 「蟻の思いも天に昇る」ともいう。
蟻の熊野参り(ありのくまのまいり)
同じ道筋を、人が切れ目なく連なって進んでいく。 熊野三社へ詣でる人が道を埋め尽くしていた昔の光景を写している。
蟻の這い出る隙もない(ありのはいでるすきもない)
蟻が這い出て逃げ出す隙間もないほど警戒が厳しいようす。
石地蔵に蜂(いしじぞうにはち)
何とも感じないことのたとえ。蜂が石地蔵を刺しても痛くも何ともないことから。
一寸の虫にも五分の魂(いっすんのむしにもごぶのたましい)
どんなに小さくて弱いものにも、それ相応の意地や考えがあるので侮ってはいけないということ。 わずか一寸の虫でもからだ半分の五分の魂があるとの意から。
牛の角を蜂が刺す(うしのつのをはちがさす)
なんとも感じないこと、あるいは効果がないことのたとえ。牛は蜂に角を刺されても、まったく痛くもかゆくも感じないことから。
螻蛄になる(おけらになる)
金がまったくなくなること。無一文になること。 「螻蛄」は昆虫のケラのこと。 ケラが両前足を上げている格好が、お手上げをしている人の姿に似ていることから。
男鰥に蛆が湧き、女寡に花が咲く(おとこやもめにうじがわき、おんなやもめにはながさく)
連れ合いを欠くと、男の側は身のまわりが荒れていく一方で、女の側はかえって手入れが行き届き、人目を引くようになる。 「やもめ」は、対を失って独りでいる者。
蝸牛、角上の争い(かぎゅう、かくじょうのあらそい)
一歩離れれば目にも留まらぬ広さの土地を、当人たちは国を挙げて奪い合っている。 争いの重さは、その渦中にいる者の目にだけ大きく映る。
蚊の食う程にも思わぬ(かのくうほどにもおもわぬ)
影響などをまったく受けないということ。
蚊の鳴くような声(かのなくようなこえ)
蚊の羽音のように、とても小さくて弱々しい声のこと。
蚊の涙(かのなみだ)
きわめて量の少ないことのたとえ。 蚊が流す涙ほどである意。
疳の虫が起こる(かんのむしがおこる)
小児が、急に夜泣きをしたり癇癪や引き付けなどを起こすこと。 「疳」は小児の神経の病気であり、「疳の虫」はその病気の原因と考えられた虫のこと。 小児のからだの中に癇癪を起す虫がいると考えられていたことから。
蜘蛛の子を散らす(くものこをちらす)
その場にいた者たちが、めいめい別の向きへ走り去って見えなくなるさま。蜘蛛の子を包んだ袋が破れると、中の子が方々へ抜け出ていくことから。
蛍雪の功(けいせつのこう)
苦労を重ねて勉学に励んだ成果のこと。「蛍雪」は苦労して勉学に励むことで、中国晋の車胤と孫康はともに貧しく、車胤は蛍の光で、孫康は窓の外の雪明りで読書し勉学に励んだという故事から。
螻蛄才(けらざい)
多芸多才でありながら、特に上手なものがないことのたとえ。 「螻蛄」は、土の中にいる虫で、飛ぶ、登る、潜る、掘る、走るの五つの能力があるが、どれも特別上手ではないことから。 「螻蛄芸」ともいう。
螻蛄の水渡り(けらのみずわたり)
初めは熱心で、途中でやめてしまうことのたとえ。また、努力しても成し遂げられないことのたとえ。土の中にいる螻蛄は水中に入ると泳ぎだすが、大きな川などは泳ぎきることができないことから。
胡蝶の夢(こちょうのゆめ)
夢と現実の世界との区別がつかなくなるたとえ。また、人生が夢のようにはかないことのたとえ。 「胡蝶」は蝶の美称。 昔、荘子が蝶になった夢を見たが、目が覚めるともとのままの自分で、自分が夢の中で蝶になったのか、それとも夢の中の蝶が自分になったのか、わからなくなったという故事から。
鹿の角を蜂が刺す(しかのつのをはちがさす)
なんとも感じないことのたとえ。鹿の角を蜂が刺しても、まったく痛くもかゆくもないことから。
獅子、身中の虫(しし、しんちゅうのむし)
組織などの内部にいながら害を与える者や、恩を仇で返す者のたとえ。獅子の体内に寄生して、恩恵を受けていながらついには獅子に害を加えて死に至らせる虫の意から。
小の虫を殺して大の虫を助ける(しょうのむしをころしてだいのむしをたすける)
小さなものを犠牲にして大きなものを守ること。 また、全体を生かすために一部分を犠牲にすることのたとえ。 「大の虫を生かして小の虫を殺す」ともいう。
虱つぶし(しらみつぶし)
漏れが出ないよう、当てはまるものすべてを順ぐりに当たっていくやり方。 手間はかかっても取りこぼしを許さない進め方をいう。
尺蚓堤を穿てば能く一邑を漂わす(せきいんつつみをうがてばよくいちゆうをただよわす)
みみず一匹が通した穴から堤が抜け、向こう側の村がまるごと水に浸かる。取るに足らぬ綻びを捨て置くと、害はひと所では済まず、人の住まいごと押し流すところまで届く。 「尺蚓」はごく短いみみず、「邑」は人里をいう。
尺蠖の屈するは伸びんがため(せっかくのくっするはのびんがため)
大きく伸びるためには、いったん身を低くしてやり過ごす期間も要るというたとえ。尺蠖とは尺取り虫のことで、ひとたび体を丸めるのは、そのあと遠くへ身を送るための構えであることから。
千丈の堤も螻蟻の穴を以て潰いゆ(せんじょうのつつみもろうぎのあなをもってついゆ)
どれほど堅固に積み上げたものでも、内側に空いた小さな穴からもろく崩れる。 大きさは、そのまま強さにはならない。
仙人の千年、蜉蝣の一時(せんにんのせんねん、かげろうのいっとき)
途方もなく長い生も、またたく間に尽きる生も、当人にとっては同じく一つの生涯である。 裏返して、その隔たりの大きさを言うのにも使う。
千里の堤も蟻の穴から(せんりのつつみもありのあなから)
守りの長さは、いちばん弱いところ一点で決まる。 どれだけ手を掛けた造りでも、放っておいた小穴から失われる。
蓼食う虫も好き好き(たでくうむしもすきずき)
人の好みはさまざまであるというたとえ。 辛い蓼の葉を好んで食べる虫もいるように、人の好みはいろいろあるとの意から。
蓼の虫は蓼で死ぬ(たでのむしはたででしぬ)
習い覚えた仕事を一生続け、他の仕事に移らないことのたとえ。辛い蓼の葉を好んで食べる虫は、辛くない他の草に移ろうとはせず、一生蓼を食べ続けるということから。
蝶よ花よ(ちょうよはなよ)
親が自分の娘をかわいがり大事にするたとえ。「蝶よ花よと育てられる」の形で使われることが多い。
蟷螂が斧を以て隆車に向かう(とうろうがおのをもってりゅうしゃにむかう)
かなうはずのない相手に、身の丈も測らずに立ちはだかること。 意気だけは十分でも、届く見込みは初めから無い。 「蟷螂」はかまきり、「斧」はその前足のこと。 「隆車」は大きな車のこと。 単に「蟷螂の斧」ともいう。
飛んで火に入る夏の虫(とんでひにいるなつのむし)
自分から進んで危険や災難の中に飛び込んでいくことのたとえ。 灯火の明るさに引き寄せられて飛んできた夏の虫が、火に飛び込んで焼け死んでしまうとの意から。
泣きっ面に蜂(なきっつらにはち)
悪い事が重なって起こることのたとえ。 泣いている顔を、さらに蜂が刺すということから。 「泣き面に蜂」「泣きっ面を蜂が刺す」ともいう。
鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす(なくせみよりもなかぬほたるがみをこがす)
態度に出す者よりも態度に出さない者のほうが、心の中に切実な思いを秘めているというたとえ。 激しく鳴く蝉よりも、鳴くことのない蛍のほうが強い思いを秘めていて、その思いから身を焦がすように光っているとの意から。 単に「鳴かぬ蛍が身を焦がす」ともいう。
鳴く虫は捕らえられる(なくむしはとらえられる)
芸があるために、身を誤ることのたとえ。鳴く虫は、その鳴き声のために捕まえられるということから。
夏の虫、氷を笑う(なつのむし、こおりをわらう)
見識が狭い者が偉そうにすることのたとえ。 夏の間だけ生きている虫は、氷が何なのかを知らないくせに氷を笑うとの意から。 「夏の虫、氷を知らず」ともいう。
蛞蝓に塩(なめくじにしお)
相性の悪い相手に出くわしたとたん、勢いがどこかへ失せて縮こまってしまう。 得意にしていた者ほど、その一人にだけは形無しになる。
苦虫を嚙み潰したよう(にがむしをかみつぶしたよう)
ひどく苦々しい表情のたとえ。「苦虫」は、噛めばさぞかし苦いだろうと想像される虫のこと。 「嚙」は「噛」とも書く。
蚤の息も天に上がる(のみのいきもてんにあがる)
誰でも一心に努力すれば望みを叶えられるということ。 一心に事を行えば、蚤のような小さなものの吐息も天に届かせることができるとの意から。
蚤の頭を斧で割る(のみのかしらをよきでわる)
わずかなことに、必要以上に大げさで不釣り合いな手段を用いることのたとえ。 小事に対して道具や方法が過度で適当でないこと。 「頭」は「あたま」とも読む。
蚤の皮を剝ぐ(のみのかわをはぐ)
取るに足りないほどの些細なことに、必要以上の労力や注意を注ぐことのたとえ。
蚤の小便、蚊の涙(のみのしょうべん、かのなみだ)
極めてわずかなことのたとえ。
蚤の心臓(のみのしんぞう)
わずかなことにもすぐおびえるほど、気が小さいことのたとえ。
蚤の夫婦(のみのふうふ)
夫より妻が大きい夫婦のこと。
蚤の眼に蚊の睫(のみのまなこにかのまつげ)
きわめて小さいもののたとえ。
蠅が飛べば虻も飛ぶ(はえがとべばあぶもとぶ)
似た者同士が互いに真似をしたり、他人の行動にむやみに同調したりすることのたとえ。 一匹の蠅が飛び立つのを見て、それにつられて虻まで飛び立つ様子に由来する。
蜂の巣をつついたよう(はちのすをつついたよう)
その場にいた者が一斉に立ち騒いで、誰の手にも負えない有様になること。静かだったところへ一撃が加わり、中身が四方へ噴き出したような騒ぎをいう。
腹の虫が治まらない(はらのむしがおさまらない)
怒りが抑えきれず、どうにも気持ちが鎮まらないこと。腹立たしさがこみ上げて、我慢がきかないさま。 「治まらない」は「納まらない」とも書く。 また、単に「虫が治(納)まらない」や「腹の虫が承知しない」などともいう。
人の蠅を追うより己の蠅を追え(ひとのはえをおうよりおのれのはえをおえ)
よその欠点に伸ばしたその手で、まず自分の欠点をひとつ直せばよい。 人を直す資格は、そのあとについてくる。 単に「己の頭の蠅を追え」とも、「我が頭の蠅を追え」ともいう。
塞ぎの虫(ふさぎのむし)
気分が落ち込んでいてやる気が出ない状態。 気分が塞ぐ原因を体内の虫のせいにしていう言葉。
蜉蝣の一期(ふゆうのいちご)
人の一生がはかないことのたとえ。「蜉蝣」はカゲロウのことで、朝生まれて夕べには死ぬということから。
虫がいい(むしがいい)
物事を何でも自分にとって都合のいいように考えるさま。 自己中心的で身勝手であるさま。 「虫のいい」ともいう。
虫が知らせる(むしがしらせる)
なんとなく感じるたとえ。予感がすること。
虫が好かない(むしがすかない)
なんとなく気にくわないこと。
虫が付く(むしがつく)
未婚の女性に好ましくない恋人ができること。
虫酸が走る(むしずがはしる)
顔を見るのも声を聞くのも我慢ならず、みぞおちからせり上がってくるものがある。 「虫酸」は、胃から口へ逆に上ってくる酸っぱい汁。
虫でも向かってくるものである(むしでもむかってくるものである)
小さく弱いものでもそれ相応の意地があるから、場合によっては強敵に立ち向かうこともある。どんな相手でもあなどってはいけないということ。
虫の息(むしのいき)
呼吸が弱弱しくて今にも止まりそうなようす。
虫の居所が悪い(むしのいどころがわるい)
機嫌が悪くて怒りやすくなっていることのたとえ。
虫の知らせ(むしのしらせ)
なんとなく悪い予感がすること。
虫も殺さぬ(むしもころさぬ)
殺生などできず、やさしくておとなしい人柄であるようす。
飯の上の蠅(めしのうえのはえ)
払っても払っても寄ってきて、きりがなく煩わしいもののたとえ。
