「仕事」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 93 件
「仕事」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全93件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
商いは草の種(あきないはくさのたね)
食べていく手立ては、選り好みさえしなければそこらじゅうにある。 一つの道が閉じても、次の道は足元から見つかる。
朝起き千両、夜起き百両(あさおきせんりょう、よおきひゃくりょう)
朝早く起きて仕事をするほうが、夜働くより能率が上がり得だということ。 「朝起き千両」ともいう。
朝の一時は晩の二時に当たる(あさのひとときはばんのふたときにあたる)
朝は仕事がはかどるので、なるべく早く起きて働けということ。 「一時」は昔の時刻の数え方で、約二時間。「二時」はその倍の約四時間。 朝の仕事は夜の仕事の二倍に相当するという意味から。
汗水流す(あせみずながす)
一生懸命に働くさま。 水のように汗が流れるほど働くことから。
脂が乗る(あぶらがのる)
魚などに脂肪がついておいしくなること。また、仕事などがおもしろくなり、調子が出ること。
油を売る(あぶらをうる)
無駄話などをして仕事を怠けること。江戸時代の髪油売りが、客相手に世間話をしながら商売をすることが多かったことから。
板子一枚下は地獄(いたごいちまいしたはじごく)
船乗りという仕事の危険なことのたとえ。「板子」は和船の底に敷く板。その板の下は、落ちれば死につながる恐ろしい海だということから。
板に付く(いたにつく)
経験を積んで、動作や態度などが職業や地位にふさわしくなること。 「板」は芝居の舞台のこと。 役者の芸が舞台にぴったり合うとの意から。
一翼を担う(いちよくをになう)
全体の中で、一つの大事な役割を受け持つ。
犬も朋輩、鷹も朋輩(いぬもほうばい、たかもほうばい)
役目や地位が違っても、同じ職場で働けばみな同僚であることには変わりないので、仲良くすべきであるということ。 鷹狩りにおいて、犬と鷹は役目が違うが、同じ主人に仕える仲間であるとの意から。
祈るより稼げ(いのるよりかせげ)
困難に直面した時は、神仏に祈るより、自力で働いて解決しろということ。
印綬を解く(いんじゅをとく)
官職を辞めること。 「印綬」は昔、中国で天子から官吏を任命された時、その印として与えられた官印とそれを身につけるための紐のことで、その印綬を身体からはずすことから。 反対に官職に就くことを「印綬を帯びる」という。
江戸中の白壁は皆旦那(えどじゅうのしらかべはみなだんな)
奉公先などいくらでもあるということ。江戸には白壁の蔵を構えた家がそこら中にあるのだから、という理屈。 「白壁」は土蔵造りの壁で、そういう蔵を持てる商家、つまり金のある主人を指す。「旦那」は奉公人から見た主人。 いまの主家に不服を鳴らすときの捨てぜりふ。
起きて働く果報者(おきてはたらくかほうもの)
健康で働けることは、何よりも幸せだということ。「果報者」は幸運な人の意。
お座敷が掛かる(おざしきがかかる)
芸者や芸人などが客に呼ばれること。 また、会合や宴席などに招待されること。
お茶を挽く(おちゃをひく)
暇を持て余すこと。特に、芸者などが客がつかずに暇でいること。 茶臼で葉茶をひくのは、暇な遊女の仕事とされていたことから。
同じ釜の飯を食う(おなじかまのめしをくう)
同じ職場で働いたり苦楽を共にしたりすること。また、そのように過ごす親しい仲間のこと。 「一つ釜の飯を食う」ともいう。
お払い箱になる(おはらいばこになる)
使用人が辞めさせられること。 また、要らなくなったものが捨てられること。 伊勢神宮にある「お祓(はら)い箱」は、中の札が毎年取り換えられて古い札は捨てられることから。 「祓い」を「払い」に掛けて言ったもの。
親方日の丸(おやかたひのまる)
国家が後ろ盾になっている官庁や公営企業などは、倒産の心配もなく利益を図る必要もないだろうと、公務員の気楽さを皮肉っていうことば。
お椀を持たぬ乞食はない(おわんをもたぬこじきはない)
どのような稼業でも、それを支える道具だけは欠かさず手元に置いておくものだということ。 物乞いをして歩く者ですら、施しを受ける椀ひとつは肌身離さず持っている。それより上の仕事なら言うまでもない、という言い方。
駕籠舁き駕籠に乗らず(かごかきかごにのらず)
日頃から仕事で使用しているものは、自分のためには使用しないということ。 また、他人の面倒を見るばかりで、自分のことには手が回らないこと。 「駕籠舁き」は、駕籠に人を乗せて運ぶことを職業にしている人。 駕籠舁きは、自分の駕籠には乗らないとの意から。
笠の台が飛ぶ(かさのだいがとぶ)
首を斬られること。転じて、解雇されること。 「笠の台」は、人間の頭を、笠を乗せる台に見立てていった言葉。
稼ぐに追い付く貧乏無し(かせぐにおいつくびんぼうなし)
一生懸命働けば、貧乏に苦しむことはないというたとえ。 「稼ぐに貧乏追い付かず」「辛抱に追い付く貧乏なし」「稼げば身立つ」ともいう。
肩に掛かる(かたにかかる)
ある人が責任や任務などの負担を負わなければならなくなること。
肩を叩く(かたをたたく)
相手の肩を軽くたたきながら頼みごとをすること。 特に、上役が部下に退職を勧めるときに用いられる。
紙漉きの手鼻(かみすきのてばな)
品をこしらえる当人が、その品には縁のないままでいること。 紙を漉く職人が、鼻をかむのに紙を当てず手で済ませるところから。
缶詰になる(かんづめになる)
一定の場所に閉じ込められること。また、その状態で仕事をさせられること。
官途に就く(かんとにつく)
学業や修業を終えた者が公の職を得て、役所に勤める身になること。 「官途」は役人としての勤めとその地位で、その道に入ることをこう言い表す。
骸骨を乞う(がいこつをこう)
主君に辞職を願い出ること。 主君に身を捧げて仕えてきたが、せめて骸骨同然となった身体だけでも返して頂きたいと辞職を願い出たという故事から。 なお、君主から辞職が許されることを「骸骨を賜う」という。
口が動けば手が止む(くちがうごけばてがやむ)
話に夢中になると、仕事をする手先がおろそかになるということ。
口が掛かる(くちがかかる)
芸人などが、客から呼ばれたり仕事の依頼を受けたりすること。
口自慢の仕事下手(くちじまんのしごとべた)
口は達者だが、仕事はさっぱりできないこと。
口叩きの手足らず(くちたたきのてたらず)
おしゃべりは達者だが、仕事はさっぱりできないこと。
首が危ない(くびがあぶない)
解雇されそうな状態のこと。
首が繋がる(くびがつながる)
職を追われる寸前で踏みとどまれること。
首が飛ぶ(くびがとぶ)
解雇されること。
首を切る(くびをきる)
一方的に解雇すること。
鍬を担げた乞食は来ない(くわをかたげたこじきはこない)
働く者は貧乏になることはないことのたとえ。 鍬を持ってしっかり働く人は乞食にはならないので、鍬をかついだ乞食などは来るはずがないとの意から。
怪我と弁当は自分持ち(けがとべんとうはじぶんもち)
自分で負った怪我は自分の責任だ、という職人の間で言われている言葉。
紺屋の明後日(こうやのあさって)
約束の期限があてにならないことのたとえ。「紺屋」は染物屋のことで、もとは「こんや」ともいった。染物屋の仕事は天気に左右されるので、出来上がりが遅れがちでいつも「明後日」と言い訳していたことから。
紺屋の白袴(こうやのしろばかま)
他人の事に忙しくて、自分のことをする暇がないこと。 「紺屋」は染物屋の総称。もとは、藍染め屋のこと。 染物屋が、自分の袴は染めずにいつも白袴をはいていることから。 一説には、あえて白い袴を身につけることで、染料を扱う技術力の高さ、また少しも袴を汚さないという職人気質を表したともいわれる。 紺屋は「こんや」、白袴は「しらばかま」ともいう。
乞食も場所(こじきもばしょ)
何事をするにも、場所を選ぶことが大事だというたとえ。 乞食も座る場所によって稼ぎが違うとの意から。
細工は流流、仕上げを御覧じろ(さいくはりゅうりゅう、しあげをごろうじろ)
工程の見ばえで判じられては困る。最後に据わったものを見てから言ってくれと、腕に覚えのある側が押し返す。
仕上げが肝心(しあげがかんじん)
どれほど手を尽くしてきても、出来ばえを決めるのは終わりぎわの一手だということ。 「仕上げ」はもともと、普請や縫い物で最後に形を整える工程をいう。そこを粗末にすれば、それまでの手間がまるごと台無しになる。
塩を売れば手が鹹くなる(しおをうればてがからくなる)
仕事の癖や習慣は、いつの間にか身について、生まれつきのようになっているというたとえ。毎日塩を売っていれば、自然と手が鹹くなっているということから。
四角な座敷を丸く掃く(しかくなざしきをまるくはく)
人目につく真ん中だけを整えて、端のほうは手つかずのまま残しておく。行き届かせる手間を惜しんだ仕事ぶりをいう。
四月の中の十日に心なしに雇われるな(しがつのなかのとおかにこころなしにやとわれるな)
四月の中旬頃は日が長いので、思いやりのない人に雇われるといつまでも働かされるので気をつけよということ。また、その頃の日中の時間が長いことをいう。
背負って立つ(しょってたつ)
組織や団体などの主要な立場になり、全ての責任を負うこと。
仕を致す(しをいたす)
役所に仕える身分を上へ返して、務めから退くこと。 追われるのではなく、自分の側から職を返す形をいう。
薪水の労(しんすいのろう)
炊事にまつわる骨折り。転じて、他人のために身を粉にして働くこと。 まきを拾い集め、水をくんで運ぶという、暮らしを支える手仕事の辛苦をいったもの。
述懐奉公身を持たず(じゅっかいぼうこうみをもたず)
不平、不満を持ちながら働いていても、身が持たないということ。
すまじきものは宮仕え(すまじきものはみやづかえ)
他人に仕えることは気苦労が絶えないから、できればやらないほうがいいということ。「宮仕え」は本来、宮中や貴人の邸宅に仕えること。現代では、会社や組織などに勤めることをいう。
擂り粉木棒の年寄り(すりこぎぼうのとしより)
気づかぬうちに減っていく擂り粉木のように、働いても働いても楽にならず、いつの間にか貧乏をすることのたとえ。
舌耕(ぜっこう)
話す力ひとつで暮らしを立てること。人前で語り、教え、演じて得たものが実入りになるさまを、田を耕すのに見立てていう。
創業は易く守成は難し(そうぎょうはやすくしゅせいはかたし)
事業を新しく起こすよりも、成果を守り続けていくほうが難しいということ。 「創業」は事業を新しく興すこと。 「守成」は成果を守ること。 唐の太宗が「創業と守成のどちらが難しいか」と尋ねたときに、魏徴が「守成」と答えたという故事から。
双肩に担う(そうけんにになう)
責任をもって重要な任務を受け持つこと。 「双肩」は左右の肩のことで、左右の肩で担ぐという意味から。
大行は細謹を顧みず(たいこうはさいきんをかえりみず)
大事業を成し遂げようとする者は、小さな事柄など気にかけないということ。「細謹」は細かいことに気を配る意。
大功を成す者は衆に謀らず(たいこうをなすものはしゅうにはからず)
並外れた仕事をやってのける者は、あちこちに諮って意見をまとめようとはせず、自分の見立てひとつで踏み切るものだということ。 北方の遊牧の民にならって、裾の短い衣と馬上の弓とを軍に取り入れようとした王が、こぞって反対する家臣たちを退けたときに述べた言葉とされる。
蓼の虫は蓼で死ぬ(たでのむしはたででしぬ)
習い覚えた仕事を一生続け、他の仕事に移らないことのたとえ。辛い蓼の葉を好んで食べる虫は、辛くない他の草に移ろうとはせず、一生蓼を食べ続けるということから。
大工の掘っ立て(だいくのほったて)
よそからの頼みには腕をふるうのに、こと自分の身の回りとなると、得意なはずの仕事さえ後回しにしてしまうこと。 「掘っ立て」は柱を地面に埋めただけの粗末な建物。家づくりを生業とする者が、よりによってその小屋で寝起きしているという図である。
使う者は使われる(つかうものはつかわれる)
上に立つ側の一日は、下の者の都合に合わせて動く時間で埋まっていく。 指図する立場のはずが、気づけば指図される側と変わらなくなる。
壷の中では火は燃えぬ(つぼのなかではひはもえぬ)
壷の中では火が燃えないように、人は狭い窮屈な場所では十分な働きができない。仕事をするには、それなりの環境が必要だというたとえ。
亭主は達者で留守が良い(ていしゅはたっしゃでるすがよい)
亭主は元気で、外で働いてくれたほうが、女房は家でのんびりできるということ。
手が空けば口が開く(てがあけばくちがあく)
仕事がなくなり手が空けば、食べる物もなくなり口も開いてしまう。また、暇になればつい無駄話をしがちだということ。
渡世は八百八品(とせいははっぴゃくやしな)
「八百八」はありあまるほどの意。世の中で身を養う道は数え切れないほどあり、どれを選んで生きてもよいということ。
鳥疲れて枝を選ばず(とりつかれてえだをえらばず)
生活のためには職業を選んではいられないということ。疲れた鳥は枝を選ばずに、どこにでもとまるということから。
二十五菩薩もそれぞれの役(にじゅうごぼさつもそれぞれのやく)
二十五菩薩にもそれぞれの役目があるように、人間にも各自の役目があるということ。「二十五菩薩」とは、往生を願う信者が臨終の時に、阿弥陀仏とともに迎えに来るといわれる二十五体の菩薩のこと。
二足の草鞋を履く(にそくのわらじをはく)
両立しないような二つの職業を一人で同時に兼ねることのたとえ。 単に「二足の草鞋」ともいう。
二八月は船頭のあぐみ時(にはちがつはせんどうのあぐみどき)
二月と八月は、海が荒れて舟が出せない日が多いので、船頭も困るということ。
任重くして道遠し(にんおもくしてみちとおし)
任務はきわめて重大で、遂行する道程は遠く、容易ではないということ。
能事畢る(のうじおわる)
しなければならないことは残らずやり終えたということ。やり遂げた時に充実感を覚えて言ったり、あとは運を天に任せるしかないという気持ちで言ったりすることば。
畑が違う(はたけがちがう)
自分が長く手をかけてきた筋とは種類が違い、同じ職の中にいても要領が呑み込めない。 訊かれても答えようがないと辞退する場面や、人の受け持ちに口を挟むまいとする場面で言う。
早いのが一の芸(はやいのがいちのげい)
物事を手早く処理するのも芸のうちということ。また、仕事は手早いことが大切で、技巧は二の次ということ。
腹が減っては戦ができぬ(はらがへってはいくさができぬ)
腹が鳴っている間は、頭も体も本来の動きをしない。何を始めるにも、まず食わせておくのが順序である。
売文の徒(ばいぶんのと)
小説家や評論家、ルポライターなど、文章を書いて報酬を得ることで生計を立てている人のこと。 相手を軽蔑する場合や、自分自身のことを自嘲気味に言う場合に用いられる。
馬鹿と鋏は使いよう(ばかとはさみはつかいよう)
人を使うときは、使い方次第で役に立たせることができるということ。 鋏(はさみ)も使い方次第で切れたり切れなかったりするように、愚かな人間も上手に使えば役に立つということ。
バトンを渡す(ばとんをわたす)
仕事や地位などを次の人に引き継ぐこと。
額に汗する(ひたいにあせする)
頑張って仕事に取り組むこと。
暇を出す(ひまをだす)
使用人に休みを与えること。 または、解雇すること。 また、離縁すること。
暇を取る(ひまをとる)
使用人などが主人に申し出て休暇を取ること。 また、仕事を辞めること。 また、離縁すること。
貧乏は達者の基(びんぼうはたっしゃのもと)
貧しければ夜更かしもできず、体を動かして働くよりほかにないから、かえって丈夫に過ごせるということ。
貧乏暇なし(びんぼうひまなし)
貧乏すると、生活に追われて少しも時間の余裕がないということ。
不足奉公は双方の損(ふそくぼうこうはそうほうのそん)
仕事に不満を持ちながら働くのは奉公人にとって損であるし、主人側にとっても奉公人の仕事がはかどらないのは損だということ。 「不足奉公は両方の損」ともいう。
星を戴いて出で、星を戴いて帰る(ほしをいただいていで、ほしをいただいてかえる)
朝早くから夜遅くまで仕事に励むことのたとえ。まだ星の見える早朝に家を出て、夜空に星がきらめく頃に帰るということから。
星を戴く(ほしをいただく)
まだ夜の明けきらぬころから、とっぷり暮れたのちまで、表に出て精を出すこと。 「戴く」は頭の上に載せる意で、星が頭上にある時分を指していう。
神輿を上げる(みこしをあげる)
座り込んでいた人が立ち上がるたとえ。また行動をおこして仕事にとりかかること。「輿」と「腰」を掛けたことば。
身を固める(みをかためる)
結婚して家庭を持つこと。定まった職業に就くこと。 また、身支度をしっかりと整えること。
身を粉にする(みをこにする)
労力を惜しまず、一生懸命に働くようす。
身を立てる(みをたてる)
その仕事の稼ぎで暮らしをまかなうこと。世に出て相応の地位に上ることもいう。
飯の種(めしのたね)
日々の暮らしを支える収入のもと。生計のよりどころとなる仕事。
飯を食う(めしをくう)
食事をとること。また、働いて身を養うこと。
夜討ち朝駆け(ようちあさがけ)
記者などが、早朝や深夜に取材先を突然訪問すること。
禄を食む(ろくをはむ)
給料をもらって生計を立てること。
