「苦」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 36 件
「苦」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
あっても苦労、なくても苦労(あってもくろう、なくてもくろう)
金と子どもは、あればあったで苦労するし、なければないで苦労するということ。
浮世の苦楽は壁一重(うきよのくらくはかべひとえ)
苦しい暮らしと安楽な暮らしとを分けているのは、仕切り一枚ほどの薄い境にすぎない。人の境涯はたやすく裏返るのだから、嘆くにも浮かれるにも先走らぬがよい。
生みの苦しみ(うみのくるしみ)
新たに物事を作り出すときの困難や苦労のこと。 出産のときの苦しみの意から。
親苦、子楽、孫乞食(おやく、こらく、まごこじき)
一代目が苦労して蓄えた身代は、二代目が安楽に使い減らし、三代目には何も残らないということ。 築いた者の辛苦を知らない代が続くうちに、家産は細っていくという見方。
苦あれば楽あり(くあればらくあり)
苦しい時期を過ごせば、そのあとに楽な時が巡ってくるということ。 苦ばかりが続きはしないという側から言い、辛抱していればよい時が来ると人を励ますときに使う。 「楽あれば苦あり」のあとに続けてもいう。
苦言は薬なり、甘言は疾なり(くげんはくすりなり、かんげんはやまいなり)
聞いてつらい忠告は、自分を正しい方へ導く薬となるが、耳に心地よいおせじは、知らないうちに身をそこなう病のもとだと説く言葉。 「苦言(くげん)」は、相手のためを思ってあえて言う、耳の痛い言葉。「甘言(かんげん)」は、人に好かれたいがために並べ立てる、口先ばかりの調子のよい言葉のこと。「疾(やまい)」は病気の意味で、表記には「病」も用いられる。 出典は『史記』(中国の歴史書)の商君列伝。秦(しん)の国の政治を大きく改めた商鞅(しょうおう)が、趙良(ちょうりょう)という人物から「罰を受けずに、一日じゅう正論を述べさせてもらえるか」とたずねられたとき、昔から伝わる言葉としてこれを引き、率直な意見こそ自分にとっての薬だと答えた。 同じ場面で趙良が口にした言葉に[[千人の諾諾は一士の諤諤に如かず*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/3519.php]]がある。また、意味の通じる言葉として[[良薬は口に苦し*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1468.php]]・[[薬の灸は身に熱く、毒な酒は甘い*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8480.php]]が挙げられる。
苦言を呈する(くげんをていする)
相手が快く思わないと分かったうえで、直したほうがよい点をはっきり口に出すこと。 角が立つのを引き受けてまで告げるところに、その言葉の重みがある。
苦汁を嘗める(くじゅうをなめる)
敗れたり退けられたりして、後まで尾を引く思いをすること。 「苦汁」は口に残る苦みの強い汁を指す。「苦渋」の字を当てた形も見かけるが、本来のものではない。
苦する良かろう楽する悪かろう(くするよかろうらくするわるかろう)
いま苦労すれば将来はよくなり、あとで楽ができるが、いま楽をして遊んで暮らせば、あとで苦労しなければならないということ。
苦肉の策(くにくのさく)
相手を欺くために、自分の身や味方を苦しめてまで行う策略。
苦にする(くにする)
ある出来事や心配ごとが頭を離れず、ひどく思いなやむこと。 そのことを心の重荷として抱えこみ、くよくよと考え続ける様子をいう。「〜を苦にする」の形をとる。打ち消しの「苦にしない」は、ふつうならつらく思うことでも平気で受け止められる、の意で使う。言いかえに「苦に病む」がある。 心配ごとを深く気にして悩む点で、[[気に病む*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/5913.php]]と通じる。負担に思う物事の側から言う場合は[[苦になる*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/9318.php]]となる。
苦になる(くになる)
物事が気がかりで、それが心にのしかかる重荷となり、つらく思われること。 「〜が苦になる」の形で、つらいと感じる物事のほうを主語にして使う。否定して「〜が苦にならない」と言うと、ふつうなら大変なことや我慢の要ることでも、さほどつらく感じずにいられることを表す。 人が主語になって思い悩むようすを言う[[苦にする*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/9317.php]]と対になる表現である。気がかりが心を重くする点では、[[気に病む*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/5913.php]]とも近い。
苦杯を嘗める(くはいをなめる)
つらく苦しい経験をすることのたとえ。 「苦杯」は、にがい酒を入れた杯。
苦は楽の種(くはらくのたね)
今の苦労は将来の幸福につながるということ。
苦もなく(くもなく)
苦労をすることなく。かんたんに。
苦楽は生涯の道連れ(くらくはしょうがいのみちづれ)
つらいことと楽しいこととは、死ぬまで代わる代わる連れ添ってくるということ。
苦しい時には親を出せ(くるしいときにはおやをだせ)
言い訳に困った時には、親を口実に使うのがいいということ。
苦しい時の神頼み(くるしいときのかみだのみ)
日ごろ神仏を気にかけない者が、困ったときだけ手を合わせてすがろうとすること。
苦しい時は鼻をも削ぐ(くるしいときははなをもそぐ)
急を要する場合には、どんな手段でも取った方がよいというたとえ。 緊急の場合には、自分の鼻を削ぎ落とすような非常手段を取るのもやむを得ないとの意から。 「苦しい時は鼻をも削ぐ」ともいう。
苦しゅうない(くるしゅうない)
「差し支えはない」「遠慮はいらない」を、昔ふうの口調で言うときの言葉。 昔、殿様のように身分の高い人が、そばに控える家来などに向かって、かしこまらなくてよいと許しを与えるときに口にした。 今では時代劇のせりふとしてよく知られ、ふだんの会話では、偉い人の口ぶりをまねて「気楽にしてかまわないよ」とおどけて言うことがある。 「苦しゅう」は「苦しく」の音が変化した形なので、もとは「苦しくない」と同じ。
志士苦心多し(ししくしんおおし)
節を曲げようとしない人ほど、世の成り行きとかみ合わず、胸を痛めどおしになる。
四百四病より貧の苦しみ(しひゃくしびょうよりひんのくるしみ)
人間のかかるあらゆる病気より貧乏のほうがつらいということ。
拗者の苦笑い(すねもののにがわらい)
世の中に背を向けて、何につけてもすねた見方をする人でも、自分よりいっそうひねくれた相手に出会うと、かなわずに苦笑いを浮かべるほかない。変わり者の中にも、さらに上を行く者がいるたとえ。 「拗者」は、素直でなく、世間とうまく付き合おうとしない人のこと。
塗炭の苦しみ(とたんのくるしみ)
ひどい苦痛のたとえ。「塗炭」は、泥にまみれ火に焼かれること。
苦虫を嚙み潰したよう(にがむしをかみつぶしたよう)
ひどく苦々しい表情のたとえ。「苦虫」は、噛めばさぞかし苦いだろうと想像される虫のこと。 「嚙」は「噛」とも書く。
人の苦楽は壁一重(ひとのくらくはかべひとえ)
壁一枚へだてた隣家の暮らしぶりさえ分からないように、よその人の喜びや悩みは、自分にとっては縁の遠いものだということ。
人は足るを知らざるを苦しむ(ひとはたるをしらざるをくるしむ)
人間の欲望には際限がなく、そのために苦しむということ。
人を使うは苦を使う(ひとをつかうはくをつかう)
上に立つ側の一日は、下の者の都合に合わせて動く時間で埋まっていく。 指図する立場のはずが、気づけば指図される側と変わらなくなる。
味方見苦し(みかたみぐるし)
味方の肩を持つのは人の情だが、それが行き過ぎて是非の見境まで失えば、はたの目には見苦しく映るということ。
貰い物に苦情(もらいものにくじょう)
勝手で貪欲なさまのたとえ。人から貰った物にまで苦情をいうことから。
