「光」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 29 件
「光」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
阿弥陀も銭で光る(あみだもぜにでひかる)
金の力は絶大だというたとえ。 阿弥陀仏の御利益も供える金の多少に影響されるということから。 「阿弥陀の光も銭次第」「阿弥陀も銭で光る」ともいう。
一寸の光陰軽んずべからず(いっすんのこういんかろんずべからず)
ほんのわずかな時間でも無駄にしてはいけないということ。「光陰」は月日、時間の意。
牛に引かれて善光寺参り(うしにひかれてぜんこうじまいり)
人に連れられてある場所へ出かけて行くこと。また、自分の意思ではなく他人の誘いによって、よい方向に導かれることのたとえ。 善光寺の近くに住んでいた不信心な老婆が布をさらしていると、その布を牛が角にひっかけて逃げてしまった。老婆は牛を追いかけて善光寺に着き、その縁によって信仰するようになったという故事から。
親の光は七光り(おやのひかりはななひかり)
当人の力量とは関わりなく、親の名前のほうが先に通る。世間の扱いもそこに引きずられて、実際より厚くなる。
金の光は阿弥陀ほど(かねのひかりはあみだほど)
金の力が絶大であることのたとえ。 金銭は阿弥陀如来の威光にも匹敵するという意味から。
金の光は七光(かねのひかりはななひかり)
金持ちの威光が広く及ぶようす。「七光り」は親などの威光で利益を受けること。
眼光、紙背に徹す(がんこう、しはいにてっす)
書物の表面上の意味だけでなく、背後にある真意も読み取ること。読解力が鋭いことのたとえ。 紙の裏まで見通すとの意から。 「眼光紙背に徹る」ともいう。
脚光を浴びる(きゃっこうをあびる)
世間から広く注目されること。 「脚光」は舞台で役者の足もとを照らす光(フットライト)のこと。 「スポットライトを浴びる」ともいう。
光陰、矢の如し(こういん、やのごとし)
月日が経つのが早いことのたとえ。 「光」は日、「陰」は月のこと。 月日は、矢が飛ぶようにあっという間に過ぎ去るという意味から。
光陰に関守なし(こういんにせきもりなし)
月日がとどまることなく、過ぎていくことのたとえ。 「光」は日、「陰」は月、「関守」は関所の番人。 月日の流れをとめる番人などいないということ。
光陰人を待たず(こういんひとをまたず)
時は人の都合などおかまいなしに刻々と過ぎ去っていくので、時間を無駄にせず大事に過ごすべきであるということ。 「光陰人を待たず」「時は人を待たず」ともいう。
光彩を放つ(こうさいをはなつ)
他よりも優れていて、ひときわ目立つさま。 「光彩」はうつくしい輝き。
後光より台座が高くつく(ごこうよりだいざがたかくつく)
ものごとは、目立たない基礎の部分に案外お金がかかるということ。 仏像は人目につく光背より、目立たない台座のほうが費用がかかるとの意から。
曙光を見出す(しょこうをみいだす)
苦しい状況の中でわずかな希望を見つけること。 「曙光」は夜明けの日の光。
玉磨かざれば光なし(たまみがかざればひかりなし)
生まれ持ったものは、そのままでは表に出ない。年月をかけて己を練り上げたぶんだけ、人の目に留まるようになる。 「玉磨かざれば器を成さず」「玉琢かざれば器を成さず」ともいう。
使っている鍬は光る(つかっているくわはひかる)
いつも努力を忘れない人は、生き生きとして見えるというたとえ。いつも使っている鍬は錆びずに光っていることから。
天地は万物の逆旅、光陰は百代の過客(てんちはばんぶつのげきりょ、こういんはひゃくだいのかかく)
この世のすべてのものは、うつろいやすくはかないということのたとえ。 「逆旅」は宿屋のことで、天地はあらゆる生物が生まれてから死ぬまでのわずかな間に泊まる宿屋に過ぎないとの意から。
灯滅せんとして光を増す(とうめっせんとしてひかりをます)
病人が死ぬ間際に一時的に回復したり、物事が滅びる前に一時勢いを盛り返すことのたとえ。灯火が消える直前に明るく輝くことから。
七光り(ななひかり)
君主や親の権威のおかげで得をすること。
日光を見ずして結構と言うな(にっこうをみずしてけっこうというな)
日光東照宮のすばらしさを称えた言葉。日光東照宮を見ないうちは「結構」という褒め言葉を使うなということ。「日光」と「結構」を語呂合わせした言葉。
光あるものは光あるものを友とす(ひかりあるものはひかりあるものをともとす)
見識の高い者は、やはり見識の高い者を選んで交わるということ。 転じて、性質の近いものは、こちらが仕向けなくとも互いを求め合うたとえ。
光を和らげ塵に同ず(ひかりをやわらげちりにどうず)
持っているものをことさら見せず、世の人と同じ高さに身を置いて付き合う。 救う側が形を落としてこの世に現れるという仏の説き方から出た言葉で、今は人の身の処し方にもいう。 「塵に同ず」とも。
光るほど鳴らぬ(ひかるほどならぬ)
口うるさい人は案外怖くないということ。また、口で偉そうに言うものにかぎって意外に弱いということ。稲光がすごいわりには雷鳴が小さいとの意から。
蛍の光窓の雪(ほたるのひかりまどのゆき)
苦労を重ねて勉学に励んだ成果のこと。「蛍雪」は苦労して勉学に励むことで、中国晋の車胤と孫康はともに貧しく、車胤は蛍の光で、孫康は窓の外の雪明りで読書し勉学に励んだという故事から。
仏の光より金の光(ほとけのひかりよりかねのひかり)
人の心は、仏のありがたさよりも金の力にひかれやすいというたとえ。
目が光る(めがひかる)
監視が厳しいこと。
目を光らせる(めをひからせる)
怠りや不正が起きないよう、絶えず注意を配って見張ること。
瑠璃の光も磨きから(るりのひかりもみがきから)
青い玉があの色を見せるのは、手をかけて表を整えたからである。人とても変わりはなく、持ち合わせを抱えたまま座っていては、そのどれ一つ外へ出てこない。
瑠璃も玻璃も照らせば光る(るりもはりもてらせばひかる)
値打ちのある玉は、雑多な石に紛れていても、明かりを向けられればそれと分かる輝きを返す。人も同じで、埋もれているうちは見分けがつかなくとも、光の届く場に置かれれば地の良さが表に出る。 「瑠璃」は濃い青の玉、「玻璃」は透きとおる玉で、いずれも仏典が宝として並べるもの。
- /
- 1ページ
