「励ましの言葉」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 77 件
「励ましの言葉」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全77件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
明けない夜はない(あけないよるはない)
暗い夜も朝になれば必ず明けるように、今は不遇な状況であっても、やがて良い時期が訪れるということ。 暴君を討とうとする者が、父を殺された若者を励まして口にした科白が広まったもの。
朝の来ない夜はない(あさのこないよるはない)
ものごとは必ずいつか、よい方へ変わるということ。 「夜の明けない朝はない」ともいう。
明日は明日の風が吹く(あしたはあしたのかぜがふく)
先のことをいくら心配してもはじまらないので、なるがままに任せて生きるのがよいということ。 明日は明日で、今日とは違う風が吹くという意味から。
明日はまだ手つかず(あすはまだてつかず)
明日という一日がそっくり空いている以上、いま気をもんでも詮ない。 用が立て込んで焦る相手を、なだめるときに使う。
当たって砕けろ(あたってくだけろ)
うまくいくかどうかわからないが、思い切ってやってみよということ。
危ない橋も一度は渡れ(あぶないはしもいちどはわたれ)
安全な方策ばかりとっていたのでは、成功することはできない。時には危険を冒してやってみるのも必要だということ。
雨垂れ石を穿つ(あまだれいしをうがつ)
小さな努力も根気強く続けていけば、いつかは成功することのたとえ。 わずかな雨垂れでも長い年月、同じ所に落ち続ければ、石に穴をあけることができるとの意から。 「点滴石を穿つ」ともいう。
雨降って地固まる(あめふってじかたまる)
もめごとが解決したあとに、物事が前の状態より良くなること。
蟻の思いも天に届く(ありのおもいもてんにとどく)
弱小な者でも懸命に努力すれば、希望を叶えることができるというたとえ。 蟻のように小さなものでも、一心に努力すれば願いは天に達するとの意から。 「蟻の思いも天に昇る」ともいう。
案ずるより産むが易し(あんずるよりうむがやすし)
あれこれ心配するより、物事は実際にやってみると意外とたやすく出来るということのたとえ。出産の前はいろいろ心配するものだが、終わってみると心配したほどではなかったということから。
石に立つ矢(いしにたつや)
一念を込めて事を行えば、できないことはないというたとえ。漢の李広が石を虎と見誤り、一心に集中して矢を射たところ、矢が石に刺さったという故事から。
意志のある所には道がある(いしのあるところにはみちがある)
やり遂げる気持ちさえ固ければ、道はおのずと見つかる。
石の上にも三年(いしのうえにもさんねん)
辛抱すればいつか必ず成功することのたとえ。 冷たい石の上でも、三年座り続ければ暖まるとの意から。
一度焼けた山は二度は焼けぬ(いちどやけたやまはにどはやけぬ)
一度災いに遭うと二度と同じ災いに遭うことはないと、災難に遭った人を慰めて言うことば。
一念、天に通ず(いちねん、てんにつうず)
成し遂げようとする強い信念があれば、その意志は天に通じ必ず成就するということ。
一の裏は六(いちのうらはろく)
悪いことの後には必ずいいことがあるというたとえ。さいころの一の裏は六であることから。
一輪咲いても花は花(いちりんさいてもはなははな)
たとえ小さく目立たない存在でも、その存在自身には何ら変わりはないということ。
一心岩をも通す(いっしんいわをもとおす)
不可能と思われることでも、心を集中させて専念すれば成し遂げられるというたとえ。
一寸延びれば尋延びる(いっすんのびればひろのびる)
目の前の困難を切り抜ければ、先々楽になるということのたとえ。 「一寸」は約3センチ、「一尋」は約180センチ。 今、一寸延ばすことが出来れば、先々一尋延びるのと同じ結果になるとの意から。 「一寸延びれば尋」「一寸延びれば尺」ともいう。
遅くとも、しないよりはまし(おそくとも、しないよりはまし)
手遅れに思えても、そこで投げ出さずに取りかかったほうがまだ得るものがあるということ。 出遅れた自分を励ますときにも、しりごみする相手の背を押すときにも使う。
男は裸百貫(おとこははだかひゃっかん)
手元に何も無い男でも、体が利くうちは自分の力で身を起こしていける。 頼るべきは蓄えではなく五体のほうだという励まし。
思う念力、岩をも徹す(おもうねんりき、いわをもとおす)
心を込めて一心に事を行えば、どんなことでも必ず成し遂げられるというたとえ。
親はなくとも子は育つ(おやはなくともこはそだつ)
親がいなくても、子どもはなんとか成長していく。世の中は、そう心配することもないというたとえ。
金は世界の回り物(かねはせかいのまわりもの)
金は人から人へと渡り回っていくものだから、今は貧しくてもそのうちよくなる時も来るということ。
金は天下の回り物(かねはてんかのまわりもの)
金は人から人へと渡り回っていくものだから、いつか自分の所にも回ってくるはずだから、今は貧しくてもくよくよするなということ。
金は湧き物(かねはわきもの)
金は思いがけなく入ってくることもあるから、金がなくてもくよくよするなということ。
彼も人なり、予も人なり(かれもひとなり、われもひとなり)
彼も自分と同じ人間なのだから、彼にできることが自分にできないはずはないということ。 努力を怠らなければ、他人にできることは何でもできるということ。
艱難、汝を玉にす(かんなん、なんじをたまにす)
人間は多くの苦労を経験することによって立派な人物になれるということ。「艱難」は難儀・苦難、「玉にす」は美しくする・立派にするという意。
窮すれば通ず(きゅうすればつうず)
後がないところまで来ると、それまで目に入らなかった手が浮かぶ。余裕のあるうちは思いつかないものが、行き場を失ってはじめて姿を見せる。
今日の襤褸、明日の錦(きょうのつづれ、あすのにしき)
今はぼろを身につけているが、努力を怠らなければ苦労が実って、そのうち美しい衣服を着るほど出世できるだろうということ。「襤褸」はぼろ、「錦」は美しい衣服。
金銀は回り持ち(きんぎんはまわりもち)
金は人から人へと渡り回っていくもので、いつか自分の所にも回ってくるはずなので、今は貧しくてもくよくよするなということ。
苦あれば楽あり(くあればらくあり)
苦しい時期を過ごせば、そのあとに楽な時が巡ってくるということ。 苦ばかりが続きはしないという側から言い、辛抱していればよい時が来ると人を励ますときに使う。 「楽あれば苦あり」のあとに続けてもいう。
口あれば京に上る(くちあればきょうにのぼる)
その気になればなんでもできるというたとえ。 口さえあれば、道を尋ねながら都まででも行くことができるという意味から。
苦は楽の種(くはらくのたね)
今の苦労は将来の幸福につながるということ。
継続は力なり(けいぞくはちからなり)
小さなことでも続けていけば、いつか大きなことが成し遂げられるということ。
ここばかりに日は照らぬ(ここばかりにひはてらぬ)
働き口も住む場所も、ここに限られてはいない。 今の場を離れるにあたって、行く先はいくらでもあると言い置くときにも使う。
志ある者は事竟に成る(こころざしあるものはことついになる)
確固たる志を持っている者は、どんな困難があっても最後には必ず成功するということ。
碁で負けたら将棋で勝て(ごでまけたらしょうぎでかて)
あることで失敗してもくよくよせず、別の事で取り返せということ。
三十九じゃもの花じゃもの(さんじゅうくじゃものはなじゃもの)
三十九歳はまだ三十代、これからが盛りで人生の花を咲かせる時期だということ。「四十四十と人言うけれど三十九だもの花だもの」という俗謡から。
沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり(しずむせあればうかぶせあり)
人生にはいい時も悪い時もある。悪いことばかりが続くわけでないから、くよくよするなということ。
失敗は成功のもと(しっぱいはせいこうのもと)
失敗は、その原因を反省し改めていくことによって、成功につながるということ。 「もと」は「基」「因」とも書く。 「失敗は成功の母」ともいう。
死ぬ者貧乏(しぬものびんぼう)
生きてさえいれば、どんな幸運にめぐり合うかもしれないのに、死んでしまってはどうにもならない。死んだ者が一番損だということ。
死ねば死に損、生くれば生き得(しねばしにぞん、いくればいきどく)
生きていればいつか幸運にめぐり合うかもしれないから生き得と言えるが、死ねばそれで終りだから死に損である。人は生きていなければどうにもならないということ。
舜も人なり吾もまた人なり(しゅんもひとなりわれもまたひとなり)
仰ぎ見る相手も、もとは自分と変わらぬ体ひとつで始めている。 隔たりを作ったのは生まれではなく、そこまでの積み重ねのほうである。 「舜」は、古代中国で理想の君主とされた伝説上の帝。 「舜も人なり我もまた人なり」ともいう。
少年よ、大志を抱け(しょうねんよ、たいしをいだけ)
「若者たちよ、大きな志を持って世の中に飛躍せよ」と、前途洋々たる若者たちを励ます言葉。 札幌農学校教頭だったアメリカ人クラーク博士が帰国の際、学生たちに残した言葉「Boys, be ambitious」から。
勝負は時の運(しょうぶはときのうん)
同じ顔ぶれでやっても、勝ち負けは日によって入れ替わる。 負けた者を立ち上がらせるときに口にする。 「勝負は時のはずみ」「勝つも負けるも時の運」「勝つも負けるも運次第」「負けるも勝つも時の運」「負けるも勝つも運次第」などともいう。
死んで花実が咲くものか(しんではなみがさくものか)
人間死んでしまえば万事おしまいである。どんな状況にあっても、生きていればこそいいこともあるということ。死んだ木に花が咲いたり実がなったりしないことから。
地獄にも知る人(じごくにもしるひと)
地獄のようなひどい所でも知り合いはできるものだということ。また、遠くの知らない土地に行っても知人に巡りあえるものだということ。 「冥土にも知る人」ともいう。
捨てる神あれば拾う神あり(すてるかみあればひろうかみあり)
人から見捨てられることもあれば、親切に助けてくれる人もいる。たとえ不運なことがあっても、くよくよするなということ。 「捨てる神あれば助ける神あり」ともいう。
精神一到、何事か成らざらん(せいしんいっとう、なにごとかならざらん)
精神を集中して取り組めば、どんな難しいことでもできないことはないということ。
生命ある所希望あり(せいめいあるところきぼうあり)
人は希望と忍耐をもって生きるべきであるという戒め。 生きていれば希望は必ずあるということから。
千里の道も一歩から(せんりのみちもいっぽから)
大きな目標・目的を達成するためには、身近なことからこつこつと努力を積み重ねていくことが大切であるということ。 千里の道のりも踏み出した一歩から始まるとの意から。 「千里の行も足下より始まる」ともいう。
叩けよ、さらば開かれん(たたけよ、さらばひらかれん)
積極的に努力すれば、必ず成功への道は開けてくるということ。 ただ待っているだけでは神の国の門は開かれないが、ひたすら神に祈り、救いを求めれば門は開かれるだろうという意味。新約聖書に由来する言葉。
塵も積もれば山となる(ちりもつもればやまとなる)
一粒ずつでは数にも入らないものが、こぼさず貯めていけば見上げる高さになる。 日々の小さな積み立てや、逆に小さな浪費についても言う。
天道様と米の飯はどこへも付いて回る(てんとうさまとこめのめしはどこへもついてまわる)
身の置きどころが変わっても、日を浴びることと米を食うことだけは離れずについてくる。 先の当てがなくても食い扶持は絶えない、という励ましのことば。
天道、人を殺さず(てんどう、ひとをころさず)
天は人を見捨てるような無慈悲なことはしないということ。
天は自ら助くる者を助く(てんはみずからたすくるものをたすく)
天は、人に頼らず自ら努力する者に力を貸し、幸福を与えるということ。 「神は自ら助くる者を助く」ともいう。
為せば成る(なせばなる)
手を動かしさえすれば形になる。 実らないのは、そもそも手をつけていないからだ、と背中を押す言い方。 上杉鷹山が家臣に与えた「為せば成る、為さねば成らぬ何事も、成らぬは人の為さぬなりけり」の歌に拠るとされ、武田信玄の詠が下敷きになっているともいわれる。
何事も三度(なにごともさんど)
一度や二度の失敗であきらめず、せめて三度はやってみよということ。
何するものぞ(なにするものぞ)
一体なにができようか。たいしたことはない。 はげましたり奮起させたりするときに使う言葉。
念力岩をも徹す(ねんりきいわをもとおす)
思いを込めて一心に事を行えば、どんなことでも必ずやり遂げられるというたとえ。 「徹す」は「通す」とも書く。また、「念力岩を徹(通)す」ともいう。
蚤の息も天に上がる(のみのいきもてんにあがる)
誰でも一心に努力すれば望みを叶えられるということ。 一心に事を行えば、蚤のような小さなものの吐息も天に届かせることができるとの意から。
裸百貫(はだかひゃっかん)
持ち物が何ひとつ無くとも、男の先行きには値が付けられない。 いま手元に何があるかではなく、この先どれほどのことをしでかすか知れないところに目を置いた言い方。
馬鹿の一念(ばかのいちねん)
愚か者も一心に事をおこなえば、すばらしい大事業を成し遂げられるということ。
蟇の息さえ天に昇る(ひきのいきさえてんにのぼる)
誰でも一心に事を行えば望みを遂げられるということ。 「蟇」は、ヒキガエルの別名。 一心に努力すればヒキガエルのような弱い生き物の吐息も、天まで届かせることができるとの意から。
人の噂も七十五日(ひとのうわさもしちじゅうごにち)
世間の噂は長く続かず、やがて忘れられるということ。 噂話も75日もすれば治まり、忘れられてしまうとの意から。
貧乏難儀は時の回り(びんぼうなんぎはときのまわり)
金に困り苦労が重なるのも、当人の至らなさというより時のめぐり合わせであって、嘆いてばかりいることはないということ。
冬来りなば春遠からじ(ふゆきたりなばはるとおからじ)
寒さの底に来ているなら、暖かい季節はもう遠くない。落ち込んでいる相手に、先を見せて力づけるときの言葉。
仏も昔は凡夫なり(ほとけもむかしはぼんぷなり)
どんな人間でも努力すれば、仏のように立派になれるということ。 釈迦も元は凡夫だったが、修行の末に悟りを開くことができたとの意から。 「仏も本は凡夫なり」ともいう。
学ぶのに年を取り過ぎたということはない(まなぶのにとしをとりすぎたということはない)
何かを学び始めるのに遅すぎるということはない。年を重ねてからでも、新しいことは十分に身につく。 今さら遅いと尻込みしている人に向けて言う。もとは英語で言い習わされていたことわざ。
求めよ、さらば与えられん(もとめよ、さらばあたえられん)
与えられるのを待つのではなく、自ら進んで努力すれば必ずよい結果を得ることが出来るということ。
止まない雨はない(やまないあめはない)
降り続く雨がいつか必ず上がるように、つらいことや苦しい状況も永遠には続かず、いずれ終わりが来て事態は好転するというたとえ。
夜明け前が一番暗い(よあけまえがいちばんくらい)
どん底の後には必ずいいことがあるというたとえ。日が昇る直前に一番暗い時間があるということから。
艪櫂の立たぬ海もなし(ろかいのたたぬうみもなし)
舟を進める道具がまるで通じない海など、どこにもない。 手詰まりに見えるところにも抜け道は残っていると、相手の肩を叩くときの言い方。
我が物と思えば軽し笠の雪(わがものとおもえばかるしかさのゆき)
つらいことも苦しいことも、自分のためだと思えば苦にならないものだというたとえ。 笠に降り積もる重い雪も自分のものだと思えば軽く感じられるということ。 江戸時代の俳人、宝井其角の句「我が雪と思へば軽し笠の上」から。
禍も三年経てば用に立つ(わざわいもさんねんたてばようにたつ)
時が経てば、災いが幸いに転じることもある。どんなものでも、役に立たないものはないというたとえ。
渡る世間に鬼はない(わたるせけんにおにはない)
よそはみな冷たいと決めてかかるには及ばない。行き詰まったところで思いがけない手が伸びてくるのが、この世の常でもある。
