「善」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 29 件
「善」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
悪に強きは善にも強し(あくにつよきはぜんにもつよし)
大きな悪事を犯すような悪人ほど、ひとたび悔い改めれば人一倍立派な善人になるということ。 「悪に強ければ善にも強し」ともいう。
悪人あればこそ善人も顕れる(あくにんあればこそぜんにんもあらわれる)
悪人がいればこそ善人が目立つということ。
悪人の友を捨てて善人の敵を招け(あくにんのともをすててぜんにんのかたきをまねけ)
たとえ友人でも悪人ならば自分に害を及ぼすので縁を切り、たとえ敵でも善人ならば味方として迎え入れるべきだという教え。 「敵」は「てき」とも読む。
悪人は善人の仇(あくにんはぜんにんのかたき)
善人は本来だれも敵としないが、悪人だけは敵として許さないこと。 「仇」は「あだ」とも読む。
悪の裏は善(あくのうらはぜん)
つらい目のあとには、きっとよい巡り合わせが回ってくる。 いまが底なら、あとは上向くよりほかない。「善の裏は悪」を裏返した言い方で、こちらは沈んでいる人を励ますほうに使う。
牛に引かれて善光寺参り(うしにひかれてぜんこうじまいり)
人に連れられてある場所へ出かけて行くこと。また、自分の意思ではなく他人の誘いによって、よい方向に導かれることのたとえ。 善光寺の近くに住んでいた不信心な老婆が布をさらしていると、その布を牛が角にひっかけて逃げてしまった。老婆は牛を追いかけて善光寺に着き、その縁によって信仰するようになったという故事から。
現世安穏、後生善処(げんぜあんのん、ごしょうぜんしょ)
法華経を信じる人は、この世では安穏に生活でき、あの世ではよい世界に生まれるということ。
正直は最善の策(しょうじきはさいぜんのさく)
正直であることが目的を果たすためには最も良い策であるという教え。
小人閑居して不善をなす(しょうじんかんきょしてふぜんをなす)
器の小さい者は、手の空いた時間の使い道を知らない。 することが無くなったとたん、余計な方へ向かってしまう。 人物のできた相手を前にすると、しでかした分を取り繕おうとする、というところまでが一続きに述べられている。 「小人」は、君子の対で器量のせまい人。「閑居」はひとり暇にしていること。
積善の家には必ず余慶あり(せきぜんのいえにはかならずよけいあり)
よい行いは、それを積んだ当人の代で終わらない。家に残した分が、次の代、その次の代へと福の形で回っていく。 「余慶」は、積んだ善が使いきれずにあふれ出た分をいう。
積不善の家には必ず余殃あり(せきふぜんのいえにはかならずよおうあり)
重ねた悪は当人一人の始末では収まらず、後の代の者が背負うことになる。 「余殃」は、悪の勘定が本人の代で片づかずに繰り越されたものをいう。 「積善の家には必ず余慶あり」と並べて説かれる。
善悪の報いは影の形に随うが如し(ぜんあくのむくいはかげのかたちにしたがうがごとし)
影が形に付き随うように、善悪の行為に対する報いは必ずあるということ。
善悪は友による(ぜんあくはともによる)
人はつきあう友人次第で、善くも悪くもなるということ。 「人は善悪の友による」ともいう。
善悪は友を見よ(ぜんあくはともをみよ)
その人が善人か悪人かは、その人が交際している友人を見ればわかるということ。
善書は紙筆を択ばず(ぜんしょはしひつをえらばず)
筆跡の確かな人は、道具の出来を言い立てない。 手さえ定まっていれば、紙や筆が何であろうと字は整うということ。 善書は、字を書くことに長けた人。
善に従うこと流るるが如し(ぜんにしたがうことながるるがごとし)
よいと見きわめたことには、堰を切った水が下へ向かうように、間を置かず寄っていく。
善に強い者は悪にも強い(ぜんにつよいものはあくにもつよい)
善行に熱心な人は、ひとたび悪いほうへ向かえば悪事にも熱中しやすいということ。 「善に強ければ悪にも強い」ともいう。
善には善の報い、悪には悪の報い(ぜんにはぜんのむくい、あくにはあくのむくい)
善行にはいずれ天の恵みがあり、悪行にはいずれ天罰が下るという報いがあるということ。
善人なおもて往生を遂ぐ、況んや悪人をや(ぜんにんなおもておうじょうをとぐ、いわんやあくにんをや)
仏の救いを頼みとしない善人でさえ極楽往生を遂げる。まして、仏の救いにすがるしかない悪人が往生できないわけがないということ。
善の裏は悪(ぜんのうらはあく)
よい目を見ているさなかにも、その裏側では悪いことが順番を待っている。 善と悪は一枚の紙の表と裏で、片方だけが続くことはない。いいことが重なっているときほど気を緩めるな、という含みで使う。
善は急げ(ぜんはいそげ)
良いことだと思ったら、ためらわずすぐに実行せよということ。 「善は急げ悪は延べよ」と後半を添える言い方もある。悪い企てのほうは逆に先送りにせよ、という戒めが加わる。
善美を尽くす(ぜんびをつくす)
よさも美しさも、これ以上は加えようがないところまで注ぎ込んで作り上げること。 「善」は中身のよさ、「美」は目に映る美しさで、その両方を出し切るというのが「尽くす」である。
善を責むるは朋友の道なり(ぜんをせむるはほうゆうのみちなり)
善い行いをするように勧めるのが、友としての大切な務めだということ。「責むる」は、当然なすべき事を勧めるという意。
長袖善く舞い、多銭善く賈う(ちょうしゅうよくまい、たせんよくかう)
生まれつきの備えや手元の厚みに恵まれていれば、同じ働きでも見栄えよく運ぶ。 舞の衣装にも商いの元手にも通じる理屈で、備えの差は出来の差にそのまま化ける。 「賈う」は、あきなう・かうの両様に読み、商いをする意。
人の将に死なんとするその言や善し(ひとのまさにしなんとするそのげんやよし)
もはや取り繕う相手も先もない者の言葉には、飾りが残らない。 最期の一言だけは、聞くに値するものになる。
人は悪かれ我善かれ(ひとはわるかれわれよかれ)
他人がどんなひどい目に遭っても、自分さえよければいいということ。人間は利己的なものだということ。また、そういう人間をあざける言葉としても使う。
百戦百勝は善の善なる者に非ず(ひゃくせんひゃくしょうはぜんのぜんなるものにあらず)
百回戦って百勝しても、何らかの損害がでるので得策とはいえない。戦わずに勝つことが出来れば、それが一番いい方法だということ。
善かれ悪しかれ(よかれあしかれ)
よいにしても、悪いにしても。いずれにしても。
善く游ぐ者は溺る(よくおよぐものはおぼる)
達者な者は、人が引き返す手前で止まらずになお先へ進む。危ない目に遭うのは、たいてい勝手を知り尽くした場でのことになる。
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