「仏」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 47 件
「仏」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
朝題目に宵念仏(あさだいもくによいねんぶつ)
しっかりとした考えをもたないことのたとえ。 朝は日蓮宗の南無妙法蓮華経の題目を唱え、夕方は浄土宗の南無阿弥陀仏の念仏を唱えることから。 「朝題目に夕念仏」ともいう。
居仏が立ち仏を使う(いぼとけがたちぼとけをつかう)
座っている者が、立っている者に用事を頼むたとえ。「居仏」は、座像の仏のこと。
今際の念仏誰も唱える(いまわのねんぶつだれもとなえる)
不信心な人でも、死に際には念仏を唱えて仏にすがるということ。
馬の耳に念仏(うまのみみにねんぶつ)
人の意見や忠告を上の空で聞き流すため、まったく効果のないことのたとえ。
お陀仏になる(おだぶつになる)
死ぬこと。また、物事が途中でだめになること。 阿弥陀仏を唱えて往生するとの意から。
鬼が出るか仏が出るか(おにがでるかほとけがでるか)
どんな恐ろしいことになるか予測できないことのたとえ。 からくり人形師が観客の興味をあおるためにいった言葉。 「鬼が出るか仏が出るか」ともいう。
鬼にもなれば仏にもなる(おににもなればほとけにもなる)
相手次第、出方次第で、鬼のようにこわい存在にもなれば、仏のようにやさしい存在にもなるということ。
鬼の念仏(おにのねんぶつ)
鬼のように冷酷な心を持った者が、うわべだけ情け深い様子を見せること。
蟹の念仏(かにのねんぶつ)
蟹が口から泡を出すように、口の中でぶつぶつとつぶやくことのたとえ。
神も仏もない(かみもほとけもない)
困難な状況から救ってくれる神様も仏様もいないと嘆いていう言葉。
木仏、金仏、石仏(きぶつ、かなぶつ、いしぼとけ)
融通の利かないひと。特に男女の情愛に疎いひとのこと。
食い物と念仏は一口ずつ(くいものとねんぶつはひとくちずつ)
食べ物は一口ずつでもみんなで分け合って食べたほうがよいということ。また、念仏は一人が一口ずつ唱えてもご利益があるということ。 「食い物」は「食べ物」ともいう。
下駄も仏も同じ木の切れ(げたもほとけもおなじきのきれ)
踏まれる側と拝まれる側に分かれてはいても、削り出された素はどちらも一本の幹だった。 扱いの高低は後から付いたもので、はじまりのところに上下はない。
事ある時は仏の足を戴く(ことあるときはほとけのあしをいただく)
普段は不信心な人でも、困ったときには仏の足元にひれ伏して救いを求めるというたとえ。
極楽の入り口で念仏を売る(ごくらくのいりぐちでねんぶつをうる)
知り尽くしている人にものを教えるたとえ。
彩ずる仏の鼻を欠く(さいずるほとけのはなをかく)
念を入れすぎたため、かえって大切な部分をこわしてしまうたとえ。「彩ずる」は彩色を施して飾る意。仏像を作り上げるのに、もう少し良くしようと手を加えているうちに肝心な鼻を欠いてしまうことから。
猿が仏を笑う(さるがほとけをわらう)
猿が仏の姿をありがたがりもせず笑うように、思慮の乏しい者は、はるかに及ばぬ相手の大きさを量りかね、かえって鼻で笑ってしまうものだ。
出家の念仏嫌い(しゅっけのねんぶつぎらい)
もっとも大切なことが嫌いだったり、出来なかったりすることのたとえ。 僧となって仏道を修行する者が念仏を唱えるのが嫌いとの意から。
知らぬが仏(しらぬがほとけ)
事情が耳に届かないでいるあいだは、波風の立たない心持ちのまま過ごせる。 ひとり事の次第を呑み込めずにいる者は、まわりの笑いを買う。
知らぬが仏、見ぬが秘事(しらぬがほとけ、みぬがひじ)
事の真相は伏せられていたほうが心は乱れず、隠されたものもあえて覗かないでおくのがよい。 のぞいた先にあるのは、たいてい拍子抜けするような中身である。
知らぬ仏より馴染みの鬼(しらぬほとけよりなじみのおに)
見ず知らずの善人より、癖は承知のうえで付き合ってきた相手のほうが当てになる。 人柄の良し悪しより、勝手の知れていることが物を言う場合をいう。
神仏は見通し(しんぶつはみとおし)
神様は人々のどんなに小さい行為でも見抜いているので誤魔化すことはできないということ。 「神様はお見通し」「天道様はお見通し」「天は見通し」「神仏は見通し」「仏は見通し」などともいう。
地獄で仏に会ったよう(じごくでほとけにあったよう)
もう逃げ道がないと腹をくくった場に、よもやという味方が立つ。 難を免れたことよりも、そのときに漏れる安堵のほうを言い表す。 「地獄で仏に会う」「地獄で仏」ともいう。
世帯仏法腹念仏(せたいぶっぽうはらねんぶつ)
ありがたい説法も念仏も、突き詰めれば日々の糧を得るための業だということ。 信心より先に暮らしがあるという、皮肉を込めた見方。
銭あれば木仏も面を返す(ぜにあればきぶつもつらをかえす)
情の通わぬ相手でも、金子を積めばこちらを向く。 人の心は銭の多寡で動くと言いたてた句。
立ち仏が居仏を使う(たちぼとけがいぼとけをつかう)
立っている者が、座っている者に用事を頼むたとえ。自分で出来ることを無精して人にさせるたとえ。「居仏」は、座像の仏のこと。
他人の念仏で極楽参り(たにんのねんぶつでごくらくまいり)
他人の力を当てにして、自分の利益を図ったり、義理を果たすことのたとえ。他人の唱えた念仏で自分が極楽へ行こうとする意から。
土仏の水遊び(つちぼとけのみずあそび)
無謀なことをして自ら身を滅ぼすことのたとえ。 土で作られた仏が水遊びをすると溶けてしまうことから。 「土人形の水遊び」「雪仏の水遊び(日向遊び)」ともいう。
土仏の夕立に逢ったよう(つちぼとけのゆうだちにあったよう)
意気が削がれて、うなだれたまま立ち直れずにいる姿。 土をこねて作った仏像は、雨に打たれればたちまち形を失う。見る影もない姿をそれになぞらえた。
年寄りと仏壇は置き所がない(としよりとぶつだんはおきどころがない)
年寄りも仏壇も粗末にはできないが、家の中のどこに据えるかで始末に困る。ないがしろにできないものほど、かえって手に余るというたとえ。
