「災難に逢う」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 97 件
「災難に逢う」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全97件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
煽りを食う(あおりをくう)
周囲の状況の急激な変化により、思いがけない影響や災難を受ける。
足を奪われる(あしをうばわれる)
事故や災害などにより交通機関が利用できなくなり、身動きが取れなくなること。
明日は我が身(あすはわがみ)
災難がいつ自分の番に回ってきてもおかしくないということ。人の不幸を見て用心せよという戒め。 「今日は人の上、明日は我が身の上」の後半を取り出した言い方。
当たった者のふの悪さ(あたったもののふのわるさ)
悪いことに、たまたま当たった者が不運だったということ。 「ふ」は運の意。 大勢が悪さをしているにもかかわらず、そのうちの一部の者だけが捕まるような場合をいう。
歩く足には塵が付く(あるくあしにはちりがつく)
何か物事を行おうとすれば必ず煩わしいことが起きる。だから何もせずじっとしているのにかぎるということ。 「歩く足には泥が付く」ともいう。
暗夜の礫(あんやのつぶて)
暗い夜に飛んでくる小石のことから、不意に受ける防ぎようのない襲撃のこと。また、思ってもみないこと、あてずっぽうなことについてもいう。
いい面の皮(いいつらのかわ)
割に合わないことやひどい目に遭ったときに、嘲笑的に言う言葉。
石を抱きて淵に入る(いしをいだきてふちにいる)
自分から進んで災難や危険を招くようなことをするたとえ。自ら石を抱いて、川の深みに入るような無謀なことをするとの意から。
痛い目に遭う(いたいめにあう)
つらい体験をすること。ひどい目にあう。 「遭う」は「合う」とも書く。 また「痛い目を見る」ともいう。
一度焼けた山は二度は焼けぬ(いちどやけたやまはにどはやけぬ)
一度災いに遭うと二度と同じ災いに遭うことはないと、災難に遭った人を慰めて言うことば。
一難去ってまた一難(いちなんさってまたいちなん)
災難が次々と襲ってくるたとえ。
犬骨折って鷹の餌食(いぬほねおってたかのえじき)
苦労して手に入れかけたものを、横からかすめ取られてしまうことのたとえ。 鷹狩りで、犬が苦労して草むらから追い出した獲物を、鷹が取ることから。
犬も歩けば棒に当たる(いぬもあるけばぼうにあたる)
じっとしていない者は、それだけ何かに行き当たる。 もとは余計に出歩いて痛い目を見るほうを言ったが、いまは運よく拾い物をする側で使われている。 江戸いろはがるたの一枚。
憂き目に遭う(うきめにあう)
つらい境遇に身を置くこと。
憂き目を見る(うきめをみる)
つらく苦しい体験をすること。
渦に巻き込まれる(うずにまきこまれる)
いつの間にか事件や争いなどのごたごたに引き込まれてしまうこと。 「渦中に巻き込まれる」ともいう。
烏有に帰す(うゆうにきす)
すっかりなくなってしまうこと。特に火事ですべてを無くしてしまうことをいう。「烏有」は漢文で「烏(いずくん)ぞ有らんや」と読み、全くないこと。
重荷に小づけ(おもににこづけ)
すでに背負いきれないところへ、もうひとつ乗せられる。抱えている苦労の上に、また別の苦労が重なる。 「小づけ」は、積み荷の天に載せる小さな荷。
灰燼に帰す(かいじんにきす)
跡形もなく燃え尽きてしまうこと。「灰燼」は灰と燃えかすの意。
蛙は口から呑まるる(かえるはくちからのまるる)
余計なことを言ったために、災いを招いてしまうことのたとえ。 蛙は鳴き声をだすことから蛇に気づかれ、吞み込まれてしまう意から。
風当たりが強い(かぜあたりがつよい)
世間や周囲から、激しい非難や反発をうけるさま。
甘井先ず竭く(かんせいまずつく)
うまい水の湧く井戸ほど、桶が絶えず下りて先に底を見せる。 方々から当てにされる者ほど、蓄えを残さず出し切ることになる。
楽屋から火を出す(がくやからひをだす)
自ら災いや騒ぎを引き起こしてしまうたとえ。「楽屋」は、内部の意。
雉も鳴かずば撃たれまい(きじもなかずばうたれまい)
黙っていれば見過ごされたものを、ひと言もらしたばかりに目を付けられる。 言わずに済むことは言わずにおくほうが身のためである。
傷口に塩を塗る(きずぐちにしおをぬる)
まだふさがっていないところに、わざわざ障ることが加わる。当人のいちばんこたえる箇所に当たるので、苦しみがひときわ深くなる。
昨日は人の身、今日は我が身(きのうはひとのみ、きょうはわがみ)
人の運命は予測しがたく、他人にふりかかった災難が、いつ自分にもふりかかるかわからないということ。
着の身着のまま(きのみきのまま)
いま身に着けている一枚だけを頼りに家を離れる。家財も着替えも置き去りにしたまま、火や水に追い立てられて外へ出た有り様をいう。
今日は人の上、明日は我が身の上(きょうはひとのうえ、あすはわがみのうえ)
今日は人の身に起きたことが、明日は自分の身に起きるかもしれない。人の災難を、自分には縁のないものと見てはならないという戒め。 後半だけを取り出して「明日は我が身」ともいう。
玉石倶に焚く(ぎょくせきともにたく)
価値のあるものが、無用のものと見分けられぬまま巻き添えで失われること。 山が火に包まれれば、宝玉も石ころもひとしく灰になる意から。
孔雀は羽ゆえ人に捕らる(くじゃくははねゆえひとにとらる)
ほめられるほどの取り柄が、そこを狙われて身の仇になるということ。 孔雀は羽の美しさゆえに人の手にかかる、という言い方から。
口は災いの元(くちはわざわいのもと)
何気なく漏らした一言が、あとを引く揉め事の火種になる。 言わずもがなの一言を呑み込めるか否かが、身の安泰の分かれ目になる。
苦杯を嘗める(くはいをなめる)
つらく苦しい経験をすることのたとえ。 「苦杯」は、にがい酒を入れた杯。
食わぬ飯が髭に付く(くわぬめしがひげにつく)
身に覚えのない疑いをかけられることのたとえ。 食べもしない飯粒が知らない間に髭に付いて疑われることから。
薫は香を以て自ら焼く(くんはこうをもってみずからやく)
優れた才能を持つ人が、その才能によって身を滅ぼすことのたとえ。 「薫」は、香草のこと。 香草は香りがよいために焼かれるとの意から。
形骸を止めない(けいがいをとどめない)
抜け殻ほどの名残さえ、その場に残っていない。 建物などが崩れ去って、元の姿を思い浮かべる手がかりまで失われたときに使う。
喧嘩にかぶる笠はない(けんかにかぶるかさはない)
喧嘩は避けようとして避けられるものではないということ。 雨や日差しは笠で凌げるが、降りかかる争いごとに差し掛ける笠は無い。
喧嘩は降り物(けんかはふりもの)
喧嘩は雨などのように、いつどこで身に降りかかってくるかわからないということ。
芸は身の仇(げいはみのあだ)
習い覚えた芸事に夢中になり、身を滅ぼすことがあるというたとえ。
こけた上を踏まれる(こけたうえをふまれる)
不幸に見舞われている時に、さらなる不幸に見舞われること。 不幸が重なることのたとえ。 「こける」は、転ぶこと。 転んで倒れた上を踏まれるとの意から。
災難なら畳の上でも死ぬ(さいなんならたたみのうえでもしぬ)
災難はいつどこで起こるかわからないということ。 安全な畳の上でも滑って転び、打ち所が悪くて死ぬことがあるとの意から。
災難の先触れはない(さいなんのさきぶれはない)
人はいつ災難に遭うかわからないから、日頃の用心が大切であるということ。
触り三百(さわりさんびゃく)
ちょっと関わったばかりに、思いもかけない損害を受けることのたとえ。 ちょっと触っただけなのに、三百文の損をするとの意から。
酸鼻を極める(さんびをきわめる)
戦争や災害、事故などによって目を覆いたくなるほど悲惨な状態になること。 また、その状態に触れて心を痛めること。
舌は禍の根(したはわざわいのね)
わざわいの根をたどっていけば、多くは自分の口から出た一言に行き着くということ。 舌はその根の生えている場所なのだから、うかつに動かすなという戒め。
祝融の災い(しゅくゆうのわざわい)
火事の災難のこと。「祝融」は、火をつかさどる神から転じて火事の意。
背負い投げを食う(しょいなげをくう)
大事な局面で信頼していた人に裏切られて酷い思いをすること。 「背負い投げ」は「せおいなげ」とも読む。
小人罪なし璧を懐いて罪あり(しょうじんつみなしたまをいだいてつみあり)
これといった落ち度のない者でも、暮らしぶりに釣り合わない値打ち物を抱え込めば、それだけで周りの欲を引き寄せてしまう。 持ち主に非があるのではなく、持ち物のほうが咎めを連れてくる。 「璧」は、平たく円く磨き上げた玉。
尻が来る(しりがくる)
自分がしたのでもない事の後片づけが、こちらへ回ってくる。 文句や責めを引き受ける役に、いつの間にか押し出されている場合にいう。
地震の時は竹薮に逃げろ(じしんのときはたけやぶににげろ)
地震の時は竹やぶが避難場所としてすぐれているということ。竹は根を広く張っているため地割れが少なく、竹は倒れにくく、もし倒れても軽いため怪我が少ないことなど、経験からいわれている言葉。
千日の旱魃に一日の洪水(せんにちのかんばつにいちにちのこうずい)
千日も続く日照りと、たった一日ですべてを流してしまう洪水とは、同じくらいの被害をもたらすということ。水害の恐ろしさをいった言葉。
総嘗めにする(そうなめにする)
複数回行う勝負などで全て勝つこと。 または、賞などを全て獲得すること。 また、災害などで、ある範囲全てに被害が及ぶこと。
側杖を食う(そばづえをくう)
自分と関係のないことで、思いがけない災難を受けること。 喧嘩している近くにいたために、打ち合っている杖で打たれることから。 「傍杖を食う」とも書く。
大木は風に折らる(たいぼくはかぜにおらる)
高く伸びた者ほど、四方からの当たりをまともに受ける。 伸びた分だけ、支えきれずに折れる危うさも増す。 「高木は風に折らる」「喬木は風に折らる」ともいう。
宝は身の仇(たからはみのあだ)
なまじ財産があると、そのために自分の身を滅ぼすことがあるということ。
畳の上の怪我(たたみのうえのけが)
安全なはずの畳の上でさえ怪我をすることがあるように、どこで災難に遭うか予測できないというたとえ。
たまに出る子は風に遭う(たまにでるこはかぜにあう)
普段しないようなことをすると、失敗したりひどい目に遭ったりするというたとえ。 めったに外に出ない子がたまに外出すると、その日に限って大風が吹くとの意から。
池魚の殃(ちぎょのわざわい)
思いがけないことに巻き込まれて災難にあうことのたとえ。昔、中国で城門が火事になり池の水を使って消火したため、水がなくなり池の魚が死んでしまったという故事から。
直木先ず伐らる(ちょくぼくまずきらる)
幹の通った木ほど早く鋸を入れられる。 使い勝手のよい人ほど先に呼び出され、そのぶん早くすり減る。
地を掃う(ちをはらう)
すっかり無くなってしまうこと。 ほうきで地面を掃いたように何も残っていないとの意から。
爪痕を残す(つめあとをのこす)
災害や戦争などの被害や影響が後々まで及ぶこと。 または、爪で体を掻いた跡が残ること。
手を出して火傷する(てをだしてやけどする)
余計な手出しをして、ひどい目に遭うこと。
天災は忘れた頃にやってくる(てんさいはわすれたころにやってくる)
怖さの記憶が薄れたころに、次のひとつがやってくる。 備えを解く時期と、災いの巡ってくる時期は重なりやすい。 物理学者の寺田寅彦に帰せられる言葉。 「災害は忘れた頃にやってくる」ともいう。
出る杭は打たれる(でるくいはうたれる)
ひときわ優れた才能がある人は、妬まれたり憎まれたりするということ。また、出過ぎたことをする人は、非難されたり制裁を受けたりするということ。 並んだ杭の中に一本だけ高い杭があれば、高さを揃えるために打たれることから。 「出る釘は打たれる」「差し出る杭は打たれる」ともいう。
鳶に油揚げを攫われる(とびにあぶらあげをさらわれる)
大事な物を不意に横から奪い取られることのたとえ。 空を飛んでいる鳶がさっと舞い降りて、すばやく油揚げを奪っていくということから。 「とび」は「とんび」とも読む。
泣きを見る(なきをみる)
つらい場面や経験にあう。つらく苦しい結果になることのたとえ。
鳴く虫は捕らえられる(なくむしはとらえられる)
芸があるために、身を誤ることのたとえ。鳴く虫は、その鳴き声のために捕まえられるということから。
鉈を貸して山を伐られる(なたをかしてやまをきられる)
好意でしたことによって、自分が損害を受けることのたとえ。 好意で貸した鉈によって、自分の山の木を伐採されてしまうとの意から。
奈落の底(ならくのそこ)
底の知れない深い所。また、脱け出すことのできない不幸な境遇のたとえ。「奈落」は、仏教で地獄の意。
人参飲んで首縊る(にんじんのんでくびくくる)
命を助ける手立てに手を伸ばしたばかりに、その先の暮らしが回らなくなる。身の丈を超えた出費は、救ったはずの当人をあとで追い詰める。
盗人の取り残しはあれど火の取り残しはなし(ぬすびとのとりのこしはあれどひのとりのこしはなし)
盗難に遭っても取り残しがあるが、火事は全てを焼いてしまい残る物はないということ。火事の恐ろしさを言ったことば。
濡れ衣を着せられる(ぬれぎぬをきせられる)
無実の罪を負わされたり、身に覚えのない悪い評判をたてられたりすること。 「濡れ衣」は、無実の罪の意。
飲まぬ酒に酔う(のまぬさけによう)
理由や心当たりがないのに、不本意な結果が生じることのたとえ。 酒を飲んでもいないのに酔ってしまうというありえない状況から。
弾みを食う(はずみをくう)
他の事柄の影響を受けて、予想外の事態に巻き込まれること。
腹を剖きて珠を蔵む(はらをさきてたまをおさむ)
財を惜しむあまり、その財のせいで自分を損なうことのたとえ。 宝玉を隠すために自分の腹を割いてしまい込むという意で、利をむさぼる役人をいましめたことば。
人の事は我の事(ひとのことはわれのこと)
人ごとと思っている他人の不幸も、いつか自分の身におこらないとも限らないということ。
人の十難より我が一難(ひとのじゅうなんよりわがいちなん)
人の身に起こった多くの災難より、自分の身に起きた小さな災難のほうが大ごとだということ。
火を避けて水に陥る(ひをさけてみずにおちいる)
炎の手を振り切った先が、こんどは水の中だった。一つやり過ごしたその足で、次の災いへ落ちてしまう。
貧乏籤を引く(びんぼうくじをひく)
損な役割をさせられること。
不意打ちを食う(ふいうちをくう)
いきなり襲われたり、予想外の災難にあったりすること。
河豚にも中れば鯛にも中る(ふぐにもあたればたいにもあたる)
運の悪い時には、安全であるはずのものでも害になることがあるというたとえ。毒のある河豚は中毒の危険があるが、毒のない鯛でも害になることもあるということ。
不幸中の幸い(ふこうちゅうのさいわい)
不幸の中でも、いくらか救いがあること。
船には水より火を恐る(ふねにはみずよりひをおそる)
危険は外から来るものより、内側から起こるもののほうが始末に負えないということ。 水に浮かぶ船でさえ、沈むことより船内の火のほうを恐れるとの意から。
踏んだり蹴ったり(ふんだりけったり)
悪いことが続けて起こる様子。
這う這うの体(ほうほうのてい)
体裁も持ち物も構っていられず、足元をふらつかせながら場を後にすること。とっさに身を守るだけで精一杯になった退き方をいう。
巻き添えを食う(まきぞえをくう)
自分と関係のない事故や事件に巻きこまれて損害をうけること。
身に過ぎた果報は災いの基(みにすぎたかほうはわざわいのもと)
身の丈を超える幸いは、抱えきれずに転がり落ちるもとになる。大きすぎる当たりは、いずれ身を損なう。
物言えば唇寒し秋の風(ものいえばくちびるさむしあきのかぜ)
余計なことを言うと、思いがけない災難を招くということ。松尾芭蕉の句。
矢面に立つ(やおもてにたつ)
非難や質問などを集中的に受ける立場に立つこと。 「矢面」は、敵の矢の飛んでくる正面。
藪をつついて蛇を出す(やぶをつついてへびをだす)
余計なことをして、かえって思わぬ災難を招くことのたとえ。 「藪をたたいて蛇を出す」とも、略して「藪蛇」ともいう。
山師山で果てる(やましやまではてる)
得意な技を持つ人は、その技のために身の破滅を招きやすいということのたとえ。山に慣れた山師は、つい油断して山で命を落とすことが多いということから。
闇討ちを食う(やみうちをくう)
予期せぬ卑怯な不意打ちにあうこと。 「闇討ち」は、闇の中で不意打ちをする意。 「闇討ちに遭う」ともいう。
欲の熊鷹、股裂くる(よくのくまたか、またさくる)
あまり欲張ると、災いを招くというたとえ。二頭の猪をつかんだ熊鷹が、左右に逃げようとした猪を放さなかったために、熊鷹の股が裂けてしまったという話から。
弱みに付け込む風邪の神(よわみにつけこむかぜのかみ)
悪いことが重なることのたとえ。
弱り目に祟り目(よわりめにたたりめ)
悪いことに悪いことが重なることのたとえ。 困ったときに、さらに神仏の祟りを受けるとの意から。
禍も三年経てば用に立つ(わざわいもさんねんたてばようにたつ)
時が経てば、災いが幸いに転じることもある。どんなものでも、役に立たないものはないというたとえ。
禍を転じて福となす(わざわいをてんじてふくとなす)
降りかかってきたものを、そのまま材料に組み替えて、かえって得になる形へ持っていく。手をこまぬいて時の変わるのを当てにせず、こちらから仕掛けて筋を書き換える。
割を食う(わりをくう)
損をすること。または、不利な立場に立たされること。
