「たん」から始まる故事・ことわざ・慣用句一覧
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ことわざ一覧
胆が据わる(たんがすわる)
どんな状況にも慌てたり恐れたりせず、落ち着いていて度胸がある様子。 「肝」は「胆」とも書く。 また、「胆が据わる」は「たんがすわる」とも読む。
啖呵を切る(たんかをきる)
歯切れのよい言葉でまくし立てること。 「啖呵」は、ひどく痰の出る病気のこと。もとは「痰火」と書く。 啖呵(痰火)を治療することを「啖呵(痰火)を切る」といい、啖呵(痰火)が治って胸がすっきりするとの意から転じたもの。
弾丸黒子の地(だんがんこくしのち)
非常に狭い土地のたとえ。「弾丸」は昔、中国で鳥などを捕るために、はじき弓につけて飛ばしたたま、「黒子」はほくろのこと。
談義説法は出家の生計(だんぎせっぽうはしゅっけのせいけい)
ありがたい談義や説法も、結局は僧侶が生計を立てる手段でしかないということ。 「生計」は「身過ぎ」ともいう。
談義説法は出家の身過ぎ(だんぎせっぽうはしゅっけのみすぎ)
ありがたい談義や説法も、結局は僧侶が生計を立てる手段でしかないということ。 「生計」は「身過ぎ」ともいう。
断機の戒め(だんきのいましめ)
物事は途中でやめるべきではないという教え。 孟子が修業の途中で家に帰った時、孟子の母は織りかけの機の糸を断ち切り、修行を中断するのはこのようなものだと戒めたという故事から。 「断機の教え」「孟母断機の戒め」「孟母断機の教え」「断錦」「孟母断機」ともいう。
断機の教え(だんきのおしえ)
物事は途中でやめるべきではないという教え。 孟子が修業の途中で家に帰った時、孟子の母は織りかけの機の糸を断ち切り、修行を中断するのはこのようなものだと戒めたという故事から。 「断機の教え」「孟母断機の戒め」「孟母断機の教え」「断錦」「孟母断機」ともいう。
短気は損気(たんきはそんき)
短気を起こすと、結局は失敗して自分の損になるということ。「短気」と「損気」の語呂合わせでできた言葉。
短気は未練の初め(たんきはみれんのはじめ)
短気を起こすと後悔することになり、未練が生じて苦しむことになるということ。
短気は未練の元(たんきはみれんのもと)
短気を起こすと後悔することになり、未練が生じて苦しむことになるということ。
短気は身を亡ぼす腹切り刀(たんきはみをほろぼすはらきりかたな)
短気を起こせば、自滅を招いてしまうことのたとえ。 短気は自分の腹を切る刀と同じであるとの意から。
断錦(だんきん)
物事は途中でやめるべきではないという教え。 孟子が修業の途中で家に帰った時、孟子の母は織りかけの機の糸を断ち切り、修行を中断するのはこのようなものだと戒めたという故事から。 「断機の教え」「孟母断機の戒め」「孟母断機の教え」「断錦」「孟母断機」ともいう。
断金(だんきん)
金属をも断ち切るほど、友情がきわめてかたいこと。
断金の契り(だんきんのちぎり)
深い友情で結ばれた親しい交わりのこと。金を断ち切るほどに堅い交際の意から。 「断金の契り」ともいう。
断金の交わり(だんきんのまじわり)
深い友情で結ばれた親しい交わりのこと。金を断ち切るほどに堅い交際の意から。 「断金の契り」ともいう。
端倪すべからず(たんげいすべからず)
物事の成り行きを安易に推測することができないこと。 計り知れない、推しはかることができないといった意味で使われる。 「端倪」は、物事の初めと終わり、また物事の初めから終わりまで推測すること。
団結は力なり(だんけつはちからなり)
一人一人の力は小さくても、大勢が力を合わせれば大きな力になるということ。
団子隠そうより跡隠せ(だんごかくそうよりあとかくせ)
事を隠そうとする時、思わぬところから露見するかもしれないから、念には念をいれて注意せよということ。こっそり団子を食べたとき、残りの団子だけ隠しても、串を片付けなければばれてしまうので跡が残らないようにせよということ。
団子に目鼻(だんごにめはな)
丸い顔の形容。
男子家を出ずれば七人の敵あり(だんしいえをいずればしちにんのてきあり)
男が世の中に出て活動するようになると、多くの競争相手や敵に出会うということのたとえ。 男が敷居を跨いで外に出れば七人の敵がすでに待ち構えているとの意から。 「敷居を跨げば七人の敵あり」「男子家を出ずれば七人の敵あり」ともいう。
単糸、線と成らず(たんし、せんとならず)
人間はひとりでは何もできないというたとえ。 「単糸」は一本の紡績糸のこと。これを何本か撚(よ)り合わせて撚糸(ねんし)にするが、一本の紡績糸だけではそれができないとの意から。
単糸、線を成さず(たんし、せんをなさず)
人間はひとりでは何もできないというたとえ。 「単糸」は一本の紡績糸のこと。これを何本か撚(よ)り合わせて撚糸(ねんし)にするが、一本の紡績糸だけではそれができないとの意から。
男子厨房に入らず(だんしちゅうぼうにいらず)
男が台所に立って料理をしたり片づけたりするべきではないということ。 「君子は庖厨を遠ざく(君子は憐れみ深いので、動物が捌かれる姿が見えてたり動物の悲鳴が聞こえたりする厨房に近づくことは忍び難い)」が由来とされる。 この言葉が日本に伝わった後に、本来の意味である「憐れみ」が「台所に立つべきではない」に変わったものといわれる。※諸説あり
男子厨房に入らず(だんしちゅうぼうにはいらず)
男が台所に立って料理をしたり片づけたりするべきではないということ。 「君子は庖厨を遠ざく(君子は憐れみ深いので、動物が捌かれる姿が見えてたり動物の悲鳴が聞こえたりする厨房に近づくことは忍び難い)」が由来とされる。 この言葉が日本に伝わった後に、本来の意味である「憐れみ」が「台所に立つべきではない」に変わったものといわれる。※諸説あり
断じて行えば鬼神も之を避く(だんじておこなえばきしんもこれをさく)
断固たる決意で物事を行えば、困難なことでも成し遂げることができるというたとえ。 断固とした態度で決行すれば、鬼神でさえその勢いに押されて避けていくとの意から。
男子の一言、金鉄の如し(だんしのいちごん、きんてつのごとし)
男が一度口にした言葉は、金や鉄のように堅くゆるぎないもので、決して破ってはならないということ。
男女七歳にして席を同じゅうせず(だんじょしちさいにしてせきをおなじゅうせず)
人は七歳にもなれば、男女の別を明らかにしてみだりに慣れ親しんではならないということ。男女は七歳になったら同じ敷物に座るべきではないという儒教の道徳から。
丹精を込める(たんせいをこめる)
真心を込めて物事を行うこと。 「丹精」は「丹誠」とも書く。
丹誠を込める(たんせいをこめる)
真心を込めて物事を行うこと。 「丹精」は「丹誠」とも書く。
丹精を凝らす(たんせいをこらす)
真心を込めて物事を行うこと。 「丹精」は「丹誠」とも書く。
丹誠を凝らす(たんせいをこらす)
真心を込めて物事を行うこと。 「丹精」は「丹誠」とも書く。
丹精を尽くす(たんせいをつくす)
真心を込めて物事を行うこと。 「丹精」は「丹誠」とも書く。
丹誠を尽くす(たんせいをつくす)
真心を込めて物事を行うこと。 「丹精」は「丹誠」とも書く。
旦夕に迫る(たんせきにせまる)
危機が間近に迫っている様子。 「旦夕」は朝晩のこと。 この朝か晩かというほどに危機が迫っているとの意から。 多く、「命(めい)旦夕に迫る」の形で、死期が間近に迫っている様子を表す。
だんだん良くなる法華の太鼓(だんだんよくなるほっけのたいこ)
物事が徐々によい方に向かっていくことと、太鼓がよく鳴るということを掛けた言葉遊び。「法華の太鼓」とは、日蓮宗の信者が題目を唱えながら打つ団扇太鼓のこと。
断腸(だんちょう)
はらわたがちぎれるほど、悲しく苦しいこと。
断腸の思い(だんちょうのおもい)
非常に悲しくつらい思いのたとえ。 「断腸」は腸がちぎれるほどの悲しみ。 昔、中国の武将桓温(かんおん)の部下が猿の子を捕らえて船に乗せた。母猿は悲しみながら岸を百里あまり追いかけ、ついには船に飛び移ったがそのまま息絶えた。その腹を割いてみると、腸がずたずたに断ち切れていたという故事から。
胆斗の如し(たんとのごとし)
肝が据わっていることのたとえ。度胸があって落ち着いていることのたとえ。 「斗」は、一斗(十升)入る枡(ます)のこと。 胆の大きさが一斗の枡ほどあるとの意から。
胆は大ならんことを欲し、心は小ならんことを欲す(たんはだいならんことをほっし、こころはしょうならんことをほっす)
度胸は大きく持ちたいし、注意は細やかでありたいということ。 「胆大心小」ともいう。
短兵急(たんぺいきゅう)
だしぬけである様子。いきなり。 「短兵」は短い武器のことで、それを持って急に攻めるとの意から。
断末魔(だんまつま)
死に際。また、息を引き取るまぎわの苦しみのこと。「末魔」は仏教語で、何かがこれに触れると必ず死ぬという身体内にある特殊な急所で、そこを断つということから。
弾力に富む(だんりょくにとむ)
さまざまな状況や問題に応じて、適切に対応できる力があるさま。
断を下す(だんをくだす)
決定する。決断する。
短を捨てて長を取る(たんをすててちょうをとる)
欠点や短所を除いて、長所のみを参考として取り入れること。
暖を取る(だんをとる)
焚き火や暖房器具などで体を暖める。
胆を練る(たんをねる)
物事を恐れたり気おくれしたりしないように、精神力を鍛える。
端を発する(たんをはっする)
そのことがきっかけとなり、物事が始まる。
端を開く(たんをひらく)
新たに物事が始まるきっかけをつくる。