淵中の魚を知る者は不祥なり

ことわざ「淵中の魚を知る者は不祥なり」の意味・読み方・異形などを解説します。

言葉淵中の魚を知る者は不祥なり
読み方えんちゅうのうおをしるものはふしょうなり
意味深い水の底にひそむ魚まではっきり見分けられるほど目のきく人は、その目のよさゆえに災いを招く、という古いことわざ。人が胸の内にしまっている考えや、知られたくない秘密まで見抜けば、相手は警戒を強め、見抜いた側の身が危うくなる。そうした戒めを込めた言葉である。また、国や人を治める者は大事な点さえつかんでいればよく、細かな事柄まで一つ残らずほじくり出そうとすれば、むしろ害が出る。政治にたずさわる者の心構えを説くときにも、この句を引く。
「淵(ふち)」は川などで水が深くよどんでいる所、「不祥(ふしょう)」は縁起が悪いこと、不吉なことをいう。中国の『韓非子』説林上に、次の話がある。斉の国のある役人が、国で大きな力を持つ田成子に招かれて高い台に上った。三方は遠くまで見渡せたが、南だけはこの役人の家の木がじゃまをしていた。田成子は何も言わなかったが、役人は家に帰ると木を切らせ、何度か斧を入れたところで急にやめさせた。わけを聞かれた役人は、「昔のことわざに、深い淵の中にいる魚を見通す者には不吉なことが起こるとある。田成子は大きな企てを胸に秘めている。口に出さない思いまで読み取ったと知られたら、わたしの身が危ない。木を切らなくても罪にはならないが、人の言わない心の中を見抜いた罪は重い」と語った。
周の国のことわざとしては、『列子』説符にも「淵の魚を察見する者は不祥」と見える(察見は、細かな点までよく見て知ること)。この書では、盗人の目つきや顔色から心の内を見抜く名人が、かえって盗賊たちの恨みを買って殺されてしまった話に添えて記される。また、『史記』の呉王濞(ごおうび)列伝では、呉の使者が漢の皇帝にこのことわざを持ち出し、主君の仮病を問い詰めて追い込むよりも、水に流してやり直させてほしいと願い出ている。
水が澄みすぎると魚が寄りつかないという水清ければ魚棲まずも、細かな所まで厳しく見すぎることの害をいう点で、この句と相通じる。
例文同僚の隠し事にうすうす気づいても深く問いたださないのは、淵中の魚を知る者は不祥なりという古い戒めが頭にあるからだ。
出典『韓非子』説林上
異形 淵中の魚を察見するは不祥なり(えんちゅうのうおをさっけんするはふしょうなり)
場面政治 / 秘密 / 知らないほうがよい
使用漢字淵 / 中 / 魚 / 知 / 者 / 不 / 祥 / 察 / 見

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