「女」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 74 件
「女」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
赤い信女(あかいしんにょ)
夫に先立たれたあと、再び嫁がずにいる女の人。未亡人。後家(ごけ)。 昔は夫が亡くなって墓石に戒名(かいみょう=仏式で亡くなった人に付ける名)を刻むとき、まだ生きている妻の分もいっしょに隣へ彫り、その字に朱を入れて赤くしておく習わしがあった。「信女(しんにょ)」は女の人の戒名の終わりに付ける呼び名で、墓石に赤い字で残る「信女」から、夫を亡くした妻をこう呼ぶ。 [[赤い信女が子を孕む*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8692.php]]は、この呼び名を使った言い回し。
赤い信女が子を孕む(あかいしんにょがこをはらむ)
夫に死に別れた女の人が、ほかの男と関係をもって子どもを身ごもること。 [[赤い信女*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/8691.php]]は、墓石に夫の戒名(かいみょう)と並べて彫られ、朱で赤くされたままの妻の戒名のことで、未亡人を指す。夫はもういないはずなのに身ごもった、ということを、墓石の文字にからめて述べた言い回し。
商人の空誓文と女の怖いは皆嘘(あきんどのそらせいもんとおんなのこわいはみなうそ)
商人の言葉や約束は、その場の利害で変わりやすく、信用できないということ。 「空誓文」は「からせいもん」とも読む。 また「商人の空誓文と女の怖いは皆嘘」ともいう。
悪女の賢者ぶり(あくじょのけんじゃぶり)
性格の悪い女が、表面上は賢い女や善良な女を装って振る舞うこと。また、そのように賢女や貞女になりすます偽善的な態度のこと。
悪女の深情け(あくじょのふかなさけ)
器量の悪い女性ほど愛情や嫉妬心が強いということ。「悪女」は心の悪い女の意ではなく不器量な女のこと。 また、有り難迷惑のたとえ。
悪女は鏡を疎む(あくじょはかがみをうとむ)
器量の悪い女性が鏡に向かうのを嫌がるように、人間は自分の欠点に触れるのを嫌がるということ。「悪女」は不器量な女のこと。
朝雨は女の腕まくり(あさあめはおんなのうでまくり)
威勢よく降り出しても、朝の雨はじきに上がってしまう。脅しの身ぶりも同じで、実が伴わないから真に受けなくてよい。
東男に京女(あずまおとこにきょうおんな)
男はたくましくて粋な江戸の男、女はしとやかで優しい京の女がいいということ。
姉女房は身代の薬(あねにょうぼうはしんだいのくすり)
夫より年上の妻は家計のやりくりもうまく、夫に尽くすので、家庭が円満であるということ。
家に無くてならぬものは上がり框と女房(いえになくてならぬものはあがりがまちとにょうぼう)
どの家にも、玄関から部屋へ上がる段の縁に横木(上がり框)が付いているのと同じで、家庭には、家のことを取りしきる妻がどうしても要る、という意味。 主婦の役目の重さを言い表したことわざ。よく似たことわざに[[家に女房なきは火のない炉のごとし*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/2042.php]]がある。
家に女房なきは火のない炉のごとし(いえににょうぼうなきはひのないろのごとし)
家に主婦がいないのは、炉の中に火がないのと同じで、大事なものが欠けていて寂しいということ。
厭じゃ厭じゃは女の癖(いやじゃいやじゃはおんなのくせ)
女というものは男にくどかれると、内心はうれしくても、口では嫌だ嫌だと言うものだということ。
入り鉄砲に出女(いりでっぽうにでおんな)
江戸幕府が街道の関所でとりわけ厳重に調べた二つの対象。 謀反への備えとして、江戸へ向かう鉄砲と、人質として江戸に置いた大名の妻女が国元へ下ることを見張った。
男の目には糸を引け、女の目には鈴を張れ(おとこのめにはいとをひけ、おんなのめにはすずをはれ)
男の目つきは細く引き締まっているのが、女は大きく見開いているのがよいとされた。 顔立ちの好みを、男女で正反対に置いた言い方。
男は度胸、女は愛嬌(おとこはどきょう、おんなはあいきょう)
男にとって大切なものは、物事に動じない強い度胸で、女にとって大切なものは、にこやかでかわいらしい魅力だということ。「度胸」と「愛嬌」の「きょう」の語呂を合わせていった言葉。
男は松、女は藤(おとこはまつ、おんなはふじ)
男は大地にしっかりと根を張る松のようなもので、女はその松にからむ藤のように男を頼りにするものだということのたとえ。
男鰥に蛆が湧き、女寡に花が咲く(おとこやもめにうじがわき、おんなやもめにはながさく)
連れ合いを欠くと、男の側は身のまわりが荒れていく一方で、女の側はかえって手入れが行き届き、人目を引くようになる。 「やもめ」は、対を失って独りでいる者。
鬼の女房に鬼神(おにのにょうぼうにきじん)
荒々しい男の連れ合いには、これに引けを取らぬ気の強い女がつくものである。 鬼の相手役がつとまるのは鬼神をおいてほかにない、と見立てていったことば。 夫婦とは案外つり合いが取れているものだ、と皮肉まじりに眺めた言い方。
女心と秋の空(おんなごころとあきのそら)
秋の空模様のように、女性の心が変わりやすいということ。
女賢しゅうして牛売り損なう(おんなさかしゅうしてうしうりそこなう)
細かいところに気が回るあまり、まとまるはずの話を取り逃がす。 近い勘定に目が向くと、その先の得が見えなくなる。
女三人あれば身代が潰れる(おんなさんにんあればしんだいがつぶれる)
娘を三人も持てば、その婚礼にかかる入り用で家の身代は傾いてしまうということ。 嫁がせる側が衣類や道具をひととおり持たせる習わしだったころの、親の負担の重さを言った言葉。
女三人寄れば姦しい(おんなさんにんよればかしましい)
女性が三人顔をそろえれば、おしゃべりに花が咲いてずいぶんにぎやかになるということ。 漢字の「姦」が「女」を三つ重ねた形をしていて、騒がしい意味を表すことにかけた言い方。
女ならでは夜は明けぬ(おんなならではよはあけぬ)
世の中は女の力があってはじめて動くのであって、女を欠いては何事も立ち行かないということ。 天照大神が天岩戸にこもって世が闇に沈んだとき、天鈿女命が戸の前で舞い、その騒ぎに誘われて大神が姿を現し、ふたたび光が戻ったという神話にちなむ。 「日の本は女ならでは夜が明けぬ」ともいう。
女の足駄にて作れる笛には秋の鹿寄る(おんなのあしだにてつくれるふえにはあきのしかよる)
男の人は女の人の魅力にとても弱く、すぐ心が迷いがちだというたとえ。 「足駄(あしだ)」は、歯の高い下駄のこと。「秋の鹿」は、秋になって雌を恋しがる雄の鹿をさす。女の人がはいていた足駄を材料に笛をこしらえて吹くと、そうした雄の鹿はその音を聞きつけて必ず近づいてくると古くから伝わっていて、男が女の人に引かれるさまを表している。 兼好法師が鎌倉時代の末ごろに著した『徒然草』の第九段に、言い回しを少し変えて出てくる。異性にひかれる迷いだけは、年寄りも若者も、賢い人も愚かな人も変わりがなく、断ち切るのが難しいと述べたうえで、女の髪の毛をより合わせた綱なら大きな象もつなぎとめられるという話と並べてこの言い伝えを挙げ、自分から戒めて用心すべきだと結んでいる。前のほうの話は[[女の髪の毛には大象も繋がる*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1835.php]]として知られる。秋の鹿を使った似た言葉に[[秋の鹿は笛に寄る*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/1128.php]]がある。
女の一念、岩をも徹す(おんなのいちねん、いわをもとおす)
女が執念深いことのたとえ。
女の髪の毛には大象も繋がる(おんなのかみのけにはたいぞうもつながる)
女の魅力には、男の心を引きつける強い力があるというたとえ。女の髪の毛で足を繋がれて動けなくなった大きな象を、煩悩にとらわれて悟れない人にたとえた仏教の経典から。
女の腐ったよう(おんなのくさったよう)
心を決められずにいつまでも迷い、考えや態度が一つに定まらない男の人を、さげすんで言う言葉。 迷ってばかりで思い切りが悪いことを、女の人の悪い癖だと決めつけた古い見方にもとづく言い方で、言われた男の人だけでなく、女の人も低く見ることになる。今では、人を傷つける差別的な言い方だとして、使うのを控える人が多い。 態度がなかなか決まらない様子だけを表す言葉には[[煮え切らない*https://kotowaza.jitenon.jp/kotowaza/5552.php]]がある。
女の心は猫の目(おんなのこころはねこのめ)
女の心は気まぐれで変わりやすいことのたとえ。 女心は、猫の目が光によって形が変化するように変わりやすいとの意から。
女の知恵は鼻の先(おんなのちえははなのさき)
女の考えは鼻の先までしか届かないとして、その場かぎりの思案しかできないとそしった言葉。 「鼻の先」はすぐ目の前のことで、先々を見渡す目がないことをいう。
女は衣装髪かたち(おんなはいしょうかみかたち)
装いと髪の結い方ひとつで、女の見映えはいくらでも変わるということ。 それだけに、身なりを整えることをおろそかにしてはならないという言い方。
