「十」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 82 件
「十」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
悪妻は六十年の不作(あくさいはろくじゅうねんのふさく)
連れ合いを選び違えると、その痛手は死ぬまで、ときには次の代まで尾を引く。 一度きりの選び方が、その後のすべてに影を落とす。 「悪妻は百年の不作」ともいう。
明日の百より今日の五十(あすのひゃくよりきょうのごじゅう)
不確かな期待よりも、たとえ量が少なくても、今日確実に手にできるもののほうがよいということ。
一から十まで(いちからじゅうまで)
最初から最後まで。何から何まで。すべて。
一日暖めて十日冷やす(いちにちあたためてとおかひやす)
ほんの少しのあいだ努力しても、そのあとに怠ける時間のほうがずっと長いこと。少し励んではすぐにやめてしまい、物事が身につかないたとえ。 また、よい教えを受けても、まわりの悪い影響のほうが強ければ人は育たないというたとえにもいう。 草木を一日だけ日に当てて暖めても、それから十日も冷やしてしまえば育たないとの意から。 「暴」は日に当てること。 「一暴十寒」「一日之を暴めて十日之を寒す」ともいう。
一日一字を学べば三百六十字(いちにちいちじをまなべばさんびゃくろくじゅうじ)
毎日少しずつでも怠らずに勉強を続ければ、積もり積もって大きな成果が得られるというたとえ。
一を聞いて十を知る(いちをきいてじゅうをしる)
わずかなことを聞いただけで全体を知得すること。頭の回転が速く理解力があるたとえ。
いやいや三杯十三杯(いやいやさんばいじゅうさんばい)
口先だけの遠慮のこと。 口では遠慮して、実際に勧められれば何杯でも飲むことから。 「いやいや三杯十三杯」ともいう。
うかうか三十きょろきょろ四十(うかうかさんじゅうきょろきょろしじゅう)
歳月の過ぎるのが早く、人生が無為に過ぎることのたとえ。 うかうか過ごしているうちに三十代になり、きょろきょろしている間に四十代になってしまうとの意から。
男は二十五の暁まで育つ(おとこはにじゅうごのあかつきまでそだつ)
男は二十五歳くらいまでは成長するということ。
鬼も十八、番茶も出花(おにもじゅうはち、ばんちゃもでばな)
器量が悪くても、年ごろになれば誰でも娘らしい魅力が出てくるということ。 鬼の娘でも十八という年ごろになれば娘らしくなるし、安い番茶も入れたては香りがよくおいしいとの意から。 単に「鬼も十八」また「番茶も出花」ともいう。
十八番(おはこ)
その人の最も得意としている芸や技。
お前百までわしゃ九十九まで(おまえひゃくまでわしゃくじゅうくまで)
夫婦がともに元気で仲睦まじく長生きしたいと願う言葉。「お前」は夫、「わしゃ」は妻のことで、この後に「共に白髪の生えるまで」と続く。
親の十七、子は知らぬ(おやのじゅうしち、こはしらぬ)
親は自分が未熟だった若い頃の失敗談などをしないから、子どもにはわからない。完全なふりをして子どもに意見する親を皮肉っていう言葉。
堪忍五両、思案十両(かんにんごりょう、しあんじゅうりょう)
こらえることに五両、思案をめぐらすことに十両。腹立ちを抑えるだけでも上出来だが、その先まで見通して動けるなら値打ちはその倍になる。 金高に置き換えて、我慢どまりにせず知恵を働かせよと説いたもの。
木七竹八塀十郎(きしちたけはちへいじゅうろう)
木を切るには七月、竹を切るには八月、土塀を塗るのは十月が適しているということ。月はいずれも陰暦で、人名のように語呂をあわせて覚えやすくしたもの。 「木六竹八塀十郎」ともいい、その場合は木を切るのを陰暦六月とする。
今日の一針、明日の十針(きょうのひとはり、あすのとはり)
すぐにしなければならないことを先延ばしすると、余計に手間がかかるということのたとえ。 今日なら一針縫えば済むのに、明日に延ばせばほころびが広がり、十針も縫わなければならなくなるとの意から。
甲由田申は筆者の誤り、十点千字は継母の謀(こうゆでんしんはひっしゃのあやまり、じってんせんじはけいぼのはかりごと)
数を書く場では、一画の違いがそのまま損得を動かす。字画を軽く扱うなという教え。 甲・由・田・申は形が紛らわしく、取り違えても書き手の不注意で片づく。しかし「十」に一画を足して「千」に変えれば金高も約束も大きく狂うので、継子を害そうとする企てになぞらえられる。
御意見五両、堪忍十両(ごいけんごりょう、かんにんじゅうりょう)
他人の意見をよく聞いて何事にも耐えることが大事だというたとえ。 人の忠告は五両の値打ちがあり、辛いことや怒りを耐え忍ぶことは十両の値打ちがあるということ。
五十歩百歩(ごじっぽひゃっぽ)
多少の違いはあっても、本質的には違いがないということ。戦場で五十歩逃げた兵士が、百歩逃げた兵士を臆病だと笑ったが、逃げたことには変わりはないという故事から。
五十にして天命を知る(ごじゅうにしててんめいをしる)
五十の年になって、自分がこの世で担うべき役割がようやく見えてきたということ。孔子が来し方をたどり、十五で学を志し、三十で自立し、四十で迷わなくなったと述べた、そのあとに続く一句。 「[[知命*https://kokugo.jitenon.jp/word/p32603]]」ともいう。
酒に十の徳あり(さけにとおのとくあり)
酒には次の十の長所があるということ。百薬の長、延命の効あり、旅行の食となる、寒さを凌げる、持参に便利、憂いを忘れさせる、位なくして貴人と交われる、労苦を癒す、万人と和合できる、独居の友となる。
三五の十八(さんごのじゅうはち)
計算が合わないことや見込み違いのたとえ。
三十九じゃもの花じゃもの(さんじゅうくじゃものはなじゃもの)
三十九歳はまだ三十代、これからが盛りで人生の花を咲かせる時期だということ。「四十四十と人言うけれど三十九だもの花だもの」という俗謡から。
三十にして立つ(さんじゅうにしてたつ)
三十歳で自己を確立し独立すること。
三十の尻括り(さんじゅうのしりくくり)
三十歳にもなると、後始末すべき事柄もきちんとまとめて、堅実な生活をするようになるということ。
三十振袖、四十島田(さんじゅうふりそで、しじゅうしまだ)
女性が年齢に不相応な若づくりをすること。 若い女性が着る振袖を三十代の女性が着たり、四十代の女性が年頃の女性のように島田まげを結ったりするとの意から。
三十六計逃げるに如かず(さんじゅうろっけいにげるにしかず)
様々な計略があるが、困ったときは逃げるのが最良の策だということ。 「三十六計」は、古代中国の兵法で使われた三十六種類のはかりごと。 三十六種類の計略のうち、逃げるという計略に及ぶものはないとの意から。
四月の中の十日に心なしに雇われるな(しがつのなかのとおかにこころなしにやとわれるな)
四月の中旬頃は日が長いので、思いやりのない人に雇われるといつまでも働かされるので気をつけよということ。また、その頃の日中の時間が長いことをいう。
四十肩に五十腕(しじゅうかたにごじゅううで)
四十歳、五十歳頃になると、身体のあちこちが痛んで動きが悪くなることをいう言葉。
四十がったり(しじゅうがったり)
四十歳になったとたんに体力が衰え始めるということ。
