「よ」を含む故事・ことわざ・慣用句
「よ」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 712 件
堂が歪んで経が読めぬ(どうがゆがんできょうがよめぬ)
自分の怠慢や落ち度を棚に上げ、失敗を責任転嫁することのたとえ。また、理屈ばかりこねて実行が伴わないことのたとえ。仏堂が歪んで座りにくいから上手に経が読めないと、僧が言い訳する意から。
土用の筍(どようのたけのこ)
役に立たず、無駄なことのたとえ。土用に出た筍は竹にはならないことから。
泥のように眠る(どろのようにねむる)
酒に酔ったり、疲れたりして熟睡することのたとえ。
貪欲は必ず身を食う(どんよくはかならずみをくう)
強すぎる欲望は身を滅ぼすという戒め。
ない名は呼ばれず(ないなはよばれず)
名前のないものは呼びようがないということ。また、何もないところには噂は立たないということ。
仲立ちより逆立ち(なかだちよりさかだち)
他人の間に立って仲介をすることは非常に気苦労が多く、時には骨が折れる作業であるため、むしろ逆立ちでもしていた方が楽だということ。
仲のよいで喧嘩する(なかのよいでけんかする)
仲が良ければ良いほど、互いに遠慮や我慢がなくなり、かえって喧嘩に発展することが多いということ。 親しい間柄であるがゆえに、意見や感情を率直に出し合い、衝突が生じやすくなることを表す言葉。
長い浮き世に短い命(ながいうきよにみじかいいのち)
この世が長く続いているのに比べて、人の命ははかなく短いということ。 「長い月日に短い命」ともいう。
長居は無用(ながいはむよう)
その場に長く居るのはよくないので、早々に引き上げたほうがよいということ。
長追いは無用(ながおいはむよう)
勝ちに乗じて深追いすると、思わぬ反撃を受け不利な立場に陥ることもあるので、ほどほどにするのが賢明ということ。 「長追いは無用」ともいう。
泣き出しそうな空模様(なきだしそうなそらもよう)
今にも雨が降り出しそうな空。
鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす(なくせみよりもなかぬほたるがみをこがす)
態度に出す者よりも態度に出さない者のほうが、心の中に切実な思いを秘めているというたとえ。 激しく鳴く蝉よりも、鳴くことのない蛍のほうが強い思いを秘めていて、その思いから身を焦がすように光っているとの意から。 単に「鳴かぬ蛍が身を焦がす」ともいう。
泣く泣くもよい方を取る形見分け(なくなくもよいほうをとるかたみわけ)
どんな時でも、人間は欲だけは忘れないということ。親などが死んで悲しんでいる時でも、形見分けで良い物を選ぶということから。
泣くほど留めても帰れば喜ぶ(なくほどとめてもかえればよろこぶ)
帰る客を泣くように引き止める人でも、帰ってしまえば喜ぶものだということ。
仲人は宵の口(なこうどはよいのくち)
仲人は結婚式での務めを終えたら、長居せずに引き上げたほうがよいということ。 「仲人は宵のうち」「仲人は宵の程」ともいう。
情けの酒より酒屋の酒(なさけのさけよりさかやのさけ)
口先だけの同情よりも、実際に役立つ援助や品物のほうが助かるということ。 「情け」の「さけ」に、酒屋の「酒(さけ)」を掛けた語呂合わせ。
情けは上下によるべからず(なさけはじょうげによるべからず)
身分や貧富、地位に関わらず、誰に対しても平等に情けをかけるべきだという教え。 また、男女の愛情についても、地位や身分の違いに左右されるべきではないとの意味でも用いる。 人間関係において分け隔てなく接することの大切さを説いた言葉。
情け容赦もなく(なさけようしゃもなく)
相手に対して遠慮や手加減をすることなく、物事を進める様子。
為すようにならないで、なるようになる(なすようにならないで、なるようになる)
世の中は自分の思ったようにはいかず、結局はなるようにしかならないということ。
某より金貸し(なにがしよりかねかし)
地位や名誉より実利を重んじることのたとえ。家柄がよくても貧しい者より、金貸しと卑しく思われても金持ちのほうがいいということ。「なにがし」と「かねかし」を語呂合わせした言葉。
名のない星は宵から出る(なのないほしはよいからでる)
最初に出て来るものに、たいしたものはないというたとえ。また、心待ちにしている人は現れず、待ってもいない者が早々にやって来ることのたとえ。
鍋の鋳掛けが釣り鐘を請け合ったよう(なべのいかけがつりがねをうけあったよう)
自分の能力以上の仕事を引き受けて、大騒ぎをすることのたとえ。 鍋を修理する鋳掛け屋が、釣り鐘作りを請け負ったようだとの意から。
生酔い、本性違わず(なまよい、ほんしょうたがわず)
酒に酔っても、その人の本来の性質は変わらないということ。 「酒飲み」は「生酔い」「上戸」ともいう。
習うより慣れよ(ならうよりなれよ)
物事は人に教えられるよりも実際に経験を積んだほうが身につくということ。
習わぬ経は読めぬ(ならわぬきょうはよめぬ)
知識や経験のないことは、いくらやれといわれても出来るものではないというたとえ。 習ってもいないお経など、難しくて読めるはずがないとの意から。
名を取るより得を取れ(なをとるよりとくをとれ)
名誉や名声を得るより、実際の利益を得るほうがよいということ。
汝の敵を愛せよ(なんじのてきをあいせよ)
自分に悪意を持ち、迫害してくる相手にこそ、慈愛の心を持って接するのが真の愛だということ。
汝の隣人を愛せよ(なんじのりんじんをあいせよ)
自分自身のことだけ考えずに、まわりの人々にも愛情を持って接しなさいということ。
苦虫を噛み潰したよう(にがむしをかみつぶしたよう)
ひどく苦々しい表情のたとえ。「苦虫」は、噛めばさぞかし苦いだろうと想像される虫のこと。
憎まれっ子世に憚る(にくまれっこよにはばかる)
人から憎まれるような者にかぎって、世の中では幅をきかせているということ。 「憚る」とは幅をきかすこと。 「憎まれっ子」は「憎まれ子」ともいう。 また、「憎まれ子国にはびこる」「憎まれ子国にはだかる」「憎まれ子世に出ず」「憎まれ者世に憚る」などともいう。
錦着ての奉公より襤褸着ての我が世(にしききてのほうこうよりつづれきてのわがよ)
高価な着物を着られても、奉公人として人に頭を下げるより、たとえぼろ着でも自由な暮らしをしたいということ。
錦を衣て夜行くが如し(にしきをきてよるゆくがごとし)
暗い夜道を錦を着て歩いても誰にもわかってもらえないのと同じで、いくら出世しても故郷に帰らなければ人々に知ってもらうことはできないので、出世した甲斐がないということ。 「繍(しゅう)を衣て夜行くが如し」ともいう。
似たり寄ったり(にたりよったり)
どれもほとんど同じで、たいした違いがない様子。
女房と畳は新しいほうがよい(にょうぼうとたたみはあたらしいほうがよい)
妻と畳は新しいほうが、新鮮な気分がしてよい。何でも新しいほうが気持ちがよいということ。
女房と味噌は古いほどよい(にょうぼうとみそはふるいほどよい)
何でも古いほど味わいが出て良いということ。味噌も古くなると熟成されて味がよくなり、妻も長年連れ添うと円満さも増していくということから。
人間万事金の世の中(にんげんばんじかねのよのなか)
世の中は金の力がものをいい、金がすべてのものを支配しているということ。
抜けるよう(ぬけるよう)
空に雲が一つもなく、青く澄みきっている様子。 また、透き通るように肌が白くてうつくしい様子。
濡れ紙を剝がすよう(ぬれがみをはがすよう)
濡れた紙を剥がすように、物事を静かに取り扱うようす。また、病気が日に日に快方に向かうようすのたとえ。
根が生えたよう(ねがはえたよう)
その場所に留まってすこしも動かないこと。
猫が糞を隠したよう(ねこがばばをかくしたよう)
悪事を隠したまま知らん顔をすること。 猫が糞をしたあとに足で砂をかけて隠すようすから。 「猫が糞を隠したよう」「[[猫糞*https://kokugo.jitenon.jp/word/p39481]]」「猫糞する」「猫糞を決め込む」ともいう。
猫の目のよう(ねこのめのよう)
物事の移り変わりが激しいことのたとえ。猫の目が明るさによって形を変えるところから。
猫を追うより皿を引け(ねこをおうよりさらをひけ)
その場のがれより、根本を正すことが大事だというたとえ。皿をねらっている猫を追い払うより、皿を片付けるほうがいいということから。 「猫を追うより魚をのけよ」「猫を追うより鰹節を隠せ」ともいう。
鼠の嫁入り(ねずみのよめいり)
あれこれと条件をつけて選び好んでも、結局はふさわしいところに落ち着くというたとえ。 昔、鼠の夫婦が娘に天下一の婿を迎えたいと思い、まず太陽に申し入れた。 すると太陽は「自分は雲が出ると照らせなくなるから、雲のほうが偉い」と言った。 次に雲に頼むと「自分は風に吹き飛ばされるから、風のほうが強い」と答えた。 風に申し入れると「自分はいくら吹いてもびくともしない壁のほうが上だ」と言う。 最後に壁に頼むと「自分は鼠がかじって穴をあけるので、鼠のほうが偉い」と言われた。 こうして鼠の夫婦は、結局、自分たちの仲間から娘の婿を選んだという。 「鼠の婿取り」ともいう。
根太は敵に押させよ(ねぶとはかたきにおさせよ)
根太は憎しみを込めるかのように、力いっぱい強く押して膿を出さないと治らないということ。「根太」はおできの一種。
念には念を入れよ(ねんにはねんをいれよ)
注意した上にもさらに注意せよということ。
能書きの読めぬ所に効き目あり(のうがきのよめぬところにききめあり)
効能書きは難解だが、それがかえって効き目があるように感じられる。よくわからないものほど、有難みがあるということのたとえ。また、効能書きの難解さへの皮肉にいう。
謀は密なるを良しとす(はかりごとはみつなるをよしとす)
計略は秘密に進めることが大事だということ。 「謀は密なるを良しとす」ともいう。
箸より重い物を持ったことがない(はしよりおもいものをもったことがない)
裕福な家庭で育てられるなどして、労働の経験がないことのたとえ。 食事で使う箸以上に重たい物を持ったことがないとの意から。 「箸より重い物を持たない」ともいう。
始めの囁き後のどよみ(はじめのささやきのちのどよみ)
始めはわずかな人々の間で噂されていたことが、のちに世間中の評判になるということ。
始めよければ終りよし(はじめよければおわりよし)
何事も始めがうまくいけば順調に進んで、最後はよい結果になるということ。
蜂の巣をつついたよう(はちのすをつついたよう)
大騒ぎになって、手がつけられない様子。蜂の巣をつつくと、多くの蜂がいっせいに飛び出す様子から。
鳩が豆鉄砲を食ったよう(はとがまめでっぽうをくったよう)
突然のことに驚いて、きょとんとしている様子のたとえ。 「豆鉄砲」は、豆や丸めた紙などを弾に使うおもちゃの鉄砲。 豆鉄砲で撃たれてた鳩が、突然のことにびっくりして目を丸くしている様子から。 「鳩に豆鉄砲」「豆鉄砲を食った鳩のよう」ともいう。
鼻毛を読まれる(はなげをよまれる)
男が自分の惚れている女に甘く見られて、思うように操られるたとえ。
鼻毛を読む(はなげをよむ)
女性が自身に惚れている男性の弱みに付け込んで弄ぶこと。
鼻っ柱が強い(はなっぱしらがつよい)
相手に負けまいとする気持ちが強く、簡単に主張を曲げたり、くじけたりしないこと。
花の下より鼻の下(はなのしたよりはなのした)
花を楽しむより、鼻の下にある口に食べさせることのほうが大事だということ。
花より団子(はなよりだんご)
外観より実利があるもののほうがよいということ。 食べられない花より、団子のほうがありがたいという意味から。
歯の抜けたよう(はのぬけたよう)
あるべきものがところどころ欠けていて、まばらで不揃いなようす。
はやり目なら病み目でもよい(はやりめならやみめでもよい)
やたらに流行を追いかける者の愚かさをいう言葉。 流行していることなら、たとえそれが目の病気でも真似をしたいとの意から。
腹立てるより義理立てよ(はらたてるよりぎりたてよ)
腹の立つことがあっても、我慢して義理を大切にしたほうが自分のためになるということ。
腹の立つように家蔵建たぬ(はらのたつようにいえくらたたぬ)
世の中には腹が立つことが多いので、腹を立てるのは簡単だが、家や蔵を建てるくらいの金を稼ぐのは簡単にはいかないということ。
腹を読む(はらをよむ)
相手の言動から、相手の考えていることを推察すること。
腫れ物に触るよう(はれものにさわるよう)
相手の機嫌を損ねないように慎重に接する様子。
判で押したよう(はんでおしたよう)
いつも同じことを繰り返していて変化がない様子。 「判子で押したよう」ともいう。
馬鹿と鋏は使いよう(ばかとはさみはつかいよう)
人を使うときは、使い方次第で役に立たせることができるということ。 鋏(はさみ)も使い方次第で切れたり切れなかったりするように、愚かな人間も上手に使えば役に立つということ。
馬鹿を見たくば親を見よ(ばかをみたくばおやをみよ)
馬鹿とは何か知りたければ、親を見よということ。 親馬鹿こそ馬鹿の見本のようなものであるとの意から。
馬車馬のよう(ばしゃうまのよう)
他のことに気を移さずに、一つのことに集中して取り組むこと。 馬車を引く馬は脇見をしないように覆いを付けることから。
火が消えたよう(ひがきえたよう)
急激に活気を失って、寂しい様子になること。
ひそかに諌めて公に褒めよ(ひそかにいさめておおやけにほめよ)
人を叱ったり注意したりする時は、他の人の居ないところで行い、褒める時はみんなの前で行えということ。人の心を傷つけず、やる気にさせるには、それが良い方法だということ。
額に皺を寄せる(ひたいにしわをよせる)
深く考え込む様子。
額に八の字を寄せる(ひたいにはちのじをよせる)
機嫌が悪かったり、悩んだりしている様子。 眉を八の字の形にすることから。 「八の字を寄せる」ともいう。
必要の前に法律なし(ひつようのまえにほうりつなし)
必要に迫られた緊急事態の時は、法律など気にしていられないということ。
必要は発明の母(ひつようははつめいのはは)
発明は必要に迫られるからこそ生まれるということ。
一つよければまた二つ(ひとつよければまたふたつ)
人間の欲望には限りがないということ。 一つ願いが叶えば、もう一つ、さらにもう一つと欲が出て満足することがないとの意から。
人の事より我が事(ひとのことよりわがこと)
人の世話を焼くより、まず自分の事をしっかりせよということ。
人の子の死んだより我が子の転けた(ひとのこのしんだよりわがこのこけた)
他人の子どもが死んだことよりも、自分の子が転んだことのほうが重要だということ。我が子の大事さのたとえ。また、自分の利益が一番大事ということのたとえ。
人の七難より我が十難(ひとのしちなんよりわがじゅうなん)
人の欠点は少しのことでも気がつくが、自分の欠点はなかなか気がつかないということ。 「難」は欠点のこと。 「人の七難より我が八難」「人の七難は見ゆれど我が十難は見えず」ともいう。
人の十難より我が一難(ひとのじゅうなんよりわがいちなん)
人の身に起こった多くの災難より、自分の身に起きた小さな災難のほうが大ごとだということ。
人の頼まぬ経を読む(ひとのたのまぬきょうをよむ)
頼まれもしないのによけいな手出しをするたとえ。ひとの迷惑も考えずにでしゃばるたとえ。
人の情けは世にある時(ひとのなさけはよにあるとき)
世間の人が好意を示してくれるのは、こちらの羽振りがよく栄えている間だけで、落ち目になると誰も見向きもしないということ。
