「夫婦」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 81 件
「夫婦」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全81件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
秋風と夫婦喧嘩は日が入りゃ止む(あきかぜとふうふげんかはひがいりゃやむ)
日暮れとともに秋の風が凪ぐのと同じで、夫婦の言い争いも夜が来ればおのずと鎮まるものだということ。
悪妻は六十年の不作(あくさいはろくじゅうねんのふさく)
連れ合いを選び違えると、その痛手は死ぬまで、ときには次の代まで尾を引く。 一度きりの選び方が、その後のすべてに影を落とす。 「悪妻は百年の不作」ともいう。
姉女房は身代の薬(あねにょうぼうはしんだいのくすり)
夫より年上の妻は家計のやりくりもうまく、夫に尽くすので、家庭が円満であるということ。
家貧しくして良妻を思う(いえまずしくしてりょうさいをおもう)
貧乏をすると、この境遇を一緒に乗り越えてくれる良い妻が欲しいと、つくづく思うということ。
諍いをしいしい腹を大きくし(いさかいをしいしいはらをおおきくし)
口喧嘩の絶えない夫婦でも、子だけは次々と授かる。
いとこ同士は鴨の味(いとこどうしはかものあじ)
血の近い者どうしが連れ添うと、格別に睦まじくなる。 ごちそうの旨さを持ち出すほど、その間柄は濃いと見られてきた。
鴛鴦の契り(えんおうのちぎり)
夫婦仲の睦まじいことのたとえ。「鴛」はおしどりの雄、「鴦」はおしどりの雌で、雌雄がいつも寄り添っていることから。
縁の切れ目は子で繋ぐ(えんのきれめはこでつなぐ)
夫婦仲がうまくいかなくなっても、子どもがいれば縁をつなぎとめてくれるということ。
男は妻から(おとこはめから)
男が身を立てられるかどうかは、どのような妻を迎えるかで決まるということ。 「から」は事の起こる元をいい、家の内が定まってこそ外での働きも定まる、という見方に立った言葉。
男鰥に蛆が湧き、女寡に花が咲く(おとこやもめにうじがわき、おんなやもめにはながさく)
連れ合いを欠くと、男の側は身のまわりが荒れていく一方で、女の側はかえって手入れが行き届き、人目を引くようになる。 「やもめ」は、対を失って独りでいる者。
同い年夫婦は火吹く力もない(おないどしみょうとはひふくちからもない)
同い年の夫婦は仲が良く、いつも笑ってばかりいるので、火吹き竹を吹いて火をおこすためのふくれっ面もできないということ。
鬼の女房に鬼神(おにのにょうぼうにきじん)
荒々しい男の連れ合いには、これに引けを取らぬ気の強い女がつくものである。 鬼の相手役がつとまるのは鬼神をおいてほかにない、と見立てていったことば。 夫婦とは案外つり合いが取れているものだ、と皮肉まじりに眺めた言い方。
お前百までわしゃ九十九まで(おまえひゃくまでわしゃくじゅうくまで)
夫婦がともに元気で仲睦まじく長生きしたいと願う言葉。「お前」は夫、「わしゃ」は妻のことで、この後に「共に白髪の生えるまで」と続く。
思うようなら子と三人(おもうようならことさんにん)
人生が思い通りになるなら、夫婦と子ども一人の三人で暮らすのが一番いいということ。
親子は一世、夫婦は二世、主従は三世(おやこはいっせ、ふうふはにせ、しゅじゅうはさんせ)
親子の関係は現世だけのものであり、夫婦は前世と現世または現世と来世の二世に渡る。主従関係は、前世・現世・来世の三世にまたがるほど深いということ。
嬶天下(かかあでんか)
家の中では妻の言うことが通り、夫が頭を上げられないこと。 上州(いまの群馬県)では蚕を飼い糸を取る仕事を女が受け持ち、家に入る金の多くを女が稼いだため、この言葉が上州を指して使われるようになった。 冬に山を越えて吹きつける水気のない風「空っ風」と組にして、「嬶天下に空っ風」ともいう。
鐘も撞木の当たり柄(かねもしゅもくのあたりがら)
こちらがどう向き合うかで、相手から返ってくるものも変わる。添い遂げる連れによっては、人の一生が明るくも暗くもなる。鐘の響きが、撞木の当たりどころ一つで澄みも濁りもすることになぞらえた。撞木は、先に横木を渡した鐘つきの棒。
髪結いの亭主(かみゆいのていしゅ)
妻の稼ぎで養われている男のたとえ。 髪結いの女房をもつと、その稼ぎで、働かずに遊んで暮らせる意から。
川の字に寝る(かわのじにねる)
漢字の「川」の字のように寝ること。 特に、夫婦が子どもを真ん中にして寝ること。
琴瑟相和す(きんしつあいわす)
夫婦の仲が非常によいたとえ。「瑟」は、大琴。琴と大琴の合奏は音がよく調和することから。
形影相伴う(けいえいあいともなう)
夫婦などがいつも一緒で、仲むつまじい様子。 「形影」は形と影。 「相伴う」は常に一緒にいること。
子は鎹(こはかすがい)
子どもは夫婦の縁をつなぎとめる鎹のような存在で、我が子への愛情から夫婦の仲がなごやかに保たれるということ。「鎹」は、材木をつなぎ止めるためのコの字型の鉄製の釘のこと。
妻子を置く所が故郷(さいしをおくところがこきょう)
故郷を出て来た人がそこで所帯を持ち、妻子のいるその場所を第二の故郷と思って頑張る覚悟をいう。
去り跡へ行くとも死に跡へ行くな(さりあとへゆくともしにあとへゆくな)
離縁のあとへ入るならまだしも、死に別れのあとへ入るのは避けたほうがよい。 去った人の欠点は残るのに、亡くなった人の像は日が経つほど良いほうへ整えられてしまう。 「往に跡へ行くとも死に跡へ行くな」ともいう。
三度の火事より一度の後家(さんどのかじよりいちどのごけ)
三度火事に遭うより、一度だけでも夫に先立たれるほうが精神的打撃が大きくて立ち直りにくいというたとえ。
知らぬは亭主ばかりなり(しらぬはていしゅばかりなり)
妻の不身持ちが人の口の端に上っていながら、当の夫にだけ伝わっていない。 内輪の話が本人を素通りして広がっていく様子にもいう。
尻に敷く(しりにしく)
相手より上に立ち、こちらの意向どおりに動かす。とくに妻が夫に対していう。
相撲に負けて妻の面張る(すもうにまけてつまのつらはる)
外でうまくいかないことがあった男が、家で妻に八つ当たりすること。また、弱い者が自分よりさらに弱い者をいじめること。 相撲に負けて帰った男が、腹いせに妻の顔を殴るとの意から。 「喧嘩に負けて妻の面を張る」ともいう。
赤縄(せきじょう)
男と女の足首をひそかに結わえ、行く末の相手を定めるとされる赤い紐。転じて、そうして定まった連れ合いとの間柄をさす。 唐の韋固が旅の宿で老人に会い、この紐で結ばれた相手とは仇同士であっても添うことになると告げられた話に基づく。
赤縄を結ぶ(せきじょうをむすぶ)
夫婦になろうと言い交わすこと。その縁組は天であらかじめ決まっていたのだ、という含みを伴う。「赤縄の契り」の形でも用いる。
糟糠の妻(そうこうのつま)
貧しく苦しい時から苦労をともにし、長年連れ添った妻。「糟糠」は糟(さけかす)と糠(ぬか)のことで、転じて粗末な食べ物。
糟糠の妻は堂より下さず(そうこうのつまはどうよりくださず)
貧しく苦しい時から苦労をともにし長年連れ添った妻は、たとえ自分が出世しても家から追い出すわけにはいかないということ。
添わぬうちが花(そわぬうちがはな)
結婚して一緒に生活するようになると、お互いの欠点が目立つようになるので、結婚前が一番楽しい時期だということ。
他人の別れ棒の端(たにんのわかれぼうのはし)
夫婦が離婚すると、赤の他人よりも疎遠になってしまい、お互いに棒切れほどにしか思わなくなるということ。
玉の輿に乗る(たまのこしにのる)
女性が、身分の高い人や金持ちの妻になること。 「玉の輿」は、貴人の乗る立派な乗り物のこと。
大根と女房は盗まれるほど良い(だいこんとにょうぼうはぬすまれるほどよい)
大根や女房は盗まれたり手を出されたりするほうが魅力があるということ。
契りを交わす(ちぎりをかわす)
固い約束をする。特に夫婦になる約束をする。
契りを結ぶ(ちぎりをむすぶ)
かたい約束をする。夫婦関係や義兄弟の関係を結ぶ。
町内で知らぬは亭主ばかりなり(ちょうないでしらぬはていしゅばかりなり)
近所ではとうに噂になっている連れ合いの浮気を、当の夫だけが最後まで気づかずにいる。 周りの目に映っているものが、いちばん間近な者にだけ見えないという皮肉。
妻の言うに向こう山も動く(つまのいうにむこうやまもうごく)
妻の言葉は夫に対して大きな力を持っていることのたとえ。 動くはずのない向こうの山でさえも、妻が言えば動いてしまうとの意から。
亭主関白の位(ていしゅかんぱくのくらい)
家庭の中で夫が非常にいばっていること、また絶大な権威をもっていることのたとえ。 一家の主人が関白と同じ位にあるかのような権威をもっているとの意から。 「関白」は、昔、天皇を補佐した重職のこと。 「亭主関白」ともいう。
亭主は達者で留守が良い(ていしゅはたっしゃでるすがよい)
亭主は元気で、外で働いてくれたほうが、女房は家でのんびりできるということ。
亭主を尻に敷く(ていしゅをしりにしく)
妻が夫を立てず、家のことを自分の一存で決めてしまう。
貞女は両夫に見えず(ていじょはりょうふにまみえず)
連れ合いを失ったのちも、その人ひとりを心に置きつづけ、ほかの男に添うことをしない女性のありよう。「忠臣は二君に事えず」と並べて使われる。 斉の王蠋が、攻め入った燕からの招きに、忠臣は二人の君に仕えず貞女は二人の夫にまみえぬと答えて拒み、みずから命を絶った。
手鍋提げても(てなべさげても)
好きな男と夫婦になれるなら、どんな苦労もいとわないということ。
天にあらば比翼の鳥地にあらば連理の枝(てんにあらばひよくのとりちにあらばれんりのえだ)
生まれ変わってもひとつの体でいたい、根のところで繋がっていたいと誓い合う。 添い遂げたいという願いを、天と地の二つになぞらえて並べた言い方。 「比翼の鳥」は目も翼も片方ずつしかなく、二羽並んで初めて飛べるという想像上の鳥。 「連理の枝」は別々の木の枝が途中でつながり、一本になったもの。 略して「比翼連理」ともいう。
内助の功(ないじょのこう)
夫が外で十分働けるように、妻が家庭で陰ながら夫を助ける功績のこと。
西風と夫婦喧嘩は夕限り(にしかぜとふうふげんかはゆうかぎり)
西風と夫婦喧嘩は夜になるとおさまるということ。
二世の契り(にせのちぎり)
現世だけでなく来世まで夫婦として連れ添おうという約束。 「二世」は、現世と来世のこと。
二世を契る(にせをちぎる)
夫婦として末永く(来世まで)連れ添うことを約束する。 「二世」は、現世と来世のこと。 「二世の契りを結ぶ」「夫婦の契りを結ぶ」ともいう。
女房と畳は新しいほうがよい(にょうぼうとたたみはあたらしいほうがよい)
敷き替えたばかりの座敷が心地よいように、連れ合いも取り替えるに越したことはない、という男の側だけに都合のよい言い草。
女房と味噌は古いほどよい(にょうぼうとみそはふるいほどよい)
何でも古いほど味わいが出て良いということ。味噌も古くなると熟成されて味がよくなり、妻も長年連れ添うと円満さも増していくということから。
女房の妬くほど亭主もてもせず(にょうぼうのやくほどていしゅもてもせず)
妻が気をもむほど、夫はよその女性にもててはいないということ。
女房は灰小屋から貰え(にょうぼうははいごやからもらえ)
妻を迎えるなら、自分より格下の家からもらうのがよいということ。 身分の高い家から妻をもらうと、親戚付き合いに苦労したり夫の権威が下がったりする恐れがあるとの意から。 「女房は台所から貰え」「女房は掃き溜めから拾え」「女房は庭から取れ」などともいう。
女房は半身上(にょうぼうははんしんしょう)
その家が繁盛するかどうかは、女房の力にかかっているということ。「身上」は財産の意で、女房は財産の半分の価値があるということから。
女房百日、馬二十日(にょうぼうひゃくにち、うまはつか)
どんなものも、はじめのうちは珍しがられるが、すぐに飽きられてしまうというたとえ。 妻は百日、馬は二十日もすれば飽きてしまうとの意から。
のけば他人(のけばたにん)
夫婦はもともと他人同士だから、どんなに仲がよくても離婚するとまったくの赤の他人になるということ。
蚤の夫婦(のみのふうふ)
夫より妻が大きい夫婦のこと。
破鏡再び照らさず(はきょうふたたびてらさず)
離縁した夫婦の仲はもとどおりにならないことのたとえ。また、一度してしまったことは取り返しがつかないというたとえ。 「破鏡」は割れた鏡のこと。 割れた鏡は再び物を映さないとの意から。
一人口は食えぬが二人口は食える(ひとりぐちはくえぬがふたりぐちはくえる)
一人で気ままにやっているうちは金が残らないのに、所帯を持つと不思議と回りはじめる。 二人になれば、まかない方も出方も締まるからである。 「二人口は過ごせるが一人口は過ごせぬ」ともいう。
夫婦喧嘩は犬も食わない(ふうふげんかはいぬもくわない)
夫婦喧嘩は長続きせずにすぐに仲直りするものなので、他人が仲裁に入るものではないということ。 何でも食べる犬ですら食べない(気に止めない)との意から。
夫婦喧嘩は寝て直る(ふうふげんかはねてなおる)
夫婦喧嘩は、一緒に寝ればすぐ仲直りするものであるということ。
夫婦喧嘩は貧乏の種蒔き(ふうふげんかはびんぼうのたねまき)
いつも夫婦喧嘩をしている家庭は、だんだん貧乏になっていくという戒めのことば。
夫婦喧嘩もないから起こる(ふうふげんかもないからおこる)
金がなくて生活が苦しいと、しなくてもよい夫婦喧嘩も起こるということ。
夫婦は合わせ物離れ物(ふうふはあわせものはなれもの)
夫婦の縁は、もとは別々だった二人をあとから結び合わせたもの。 はじめから一つであった間柄ではない以上、その結び目がほどけて離れる日が来てもふしぎはないということ。
夫婦はいとこほど似る(ふうふはいとこほどにる)
年を重ねるほど、顔つきも物言いも近くなっていく。 もとは縁もゆかりもない二人が、身内と見まがうところまで寄っていく。
夫婦は他人の集まり(ふうふはたにんのあつまり)
夫婦を血縁ではなく、縁で寄り合った間柄と見ることば。血のつながりが無い以上、末を共にできるかは縁の強さしだいになる。 「集まり」は寄り合い。「夫婦は一心同体」の向こうを張った言い方。
夫婦は二世(ふうふはにせ)
夫婦の関係は現世だけでなく、来世まで続く深い関係であるということ。
覆水、盆に返らず(ふくすい、ぼんにかえらず)
別れた夫婦がよりを戻すのは、もはやかなわない。また、済んでしまった事は元へは返らないというたとえ。 読書にふけって暮らしを顧みない夫に愛想を尽かし、妻は家を出た。のちに太公望が斉に封ぜられたと聞いて復縁を願い出たが、太公望は盆の水を地にあけ、これをもとどおりに汲めたならばと答えた。
臍繰り(へそくり)
主婦などが、人に知られないようにこっそり貯めた金。へそは本来「綜麻」と書き、紡いだ麻糸を巻きつける糸巻きのことで、その麻糸を繰る内職で得たわずかな金の意から。
箆増しは果報持ち(へらましはかほうもち)
年上の女性を妻にすると幸せになるということ。「箆増し」は年上の女房、「果報持ち」は幸運・幸せの意。
曲がった釜には曲がった甑(まがったかまにはまがったこしき)
どんなものにも、それにふさわしい相手や形があるというたとえ。 また、夫婦は似た者同士がつり合いがとれてうまくいくということ。 ゆがんだ釜であっても、それに合うゆがんだ甑があるとの意から。 「甑」は、釜の上にのせて穀物を蒸す道具。
三行半(みくだりはん)
夫の側から妻に渡した離縁状のこと。転じて、夫婦の縁を切ることをいう。 江戸のころは、離縁状の本文を三行と半分に書きおさめるのがならわしだった。「三下り半」とも書く。
雌鶏歌えば家滅ぶ(めんどりうたえばいえほろぶ)
連れ合いの声のほうが大きくなった所帯は、じきに回らなくなる。 夜明けを告げるのが雄でなく雌のほうだと不吉とされた、古い中国の見方に基づく。
雌鶏勧めて雄鶏時を作る(めんどりすすめておんどりときをつくる)
亭主が妻の言うままに動く。家の中の上下がすっかり入れ替わっている世帯をさす。 時を告げるのは雄鶏の役目なのに、雌鶏に促されてようやく鳴くことから。
面面の楊貴妃(めんめんのようきひ)
人は自分の妻や恋人を楊貴妃のように美しいと思っているということ。 人それぞれ好みがあり、好きになると欠点も目につかず楊貴妃のような美人に見えるとの意から。 「面面」は、おのおのの意。 「面面楊貴妃」ともいう。
持つべきものは女房(もつべきものはにょうぼう)
苦労や感動をともにわかち合える妻のありがたさを言うことば。
宿六(やどろく)
妻が自分の夫を呼ぶ言葉。けなす調子で使うこともあれば、身内ゆえの気安さから使うこともある。 「宿」は住まい、「ろく」は「ろくでなし」を縮めた言い方で、家にいるろくでなし、というほどの意。
世の中は年中三月常月夜、嬶十七俺二十、負わず借らずに子三人(よのなかはねんじゅうさんがつじょうつきよ、かかあじゅうしちおれはたち、おわずからずにこさんにん)
世の中は、いつも三月頃の温暖な気候で、夜は明るい月夜、妻は十七歳自分は二十歳、責任も借金もなく、子どもは三人持つ暮らしが望ましいということ。江戸時代の庶民のささやかな願望をいった言葉。
律義者の子沢山(りちぎもののこだくさん)
律義者は、品行方正で家庭円満なので、夫婦仲もよく子どもが多く生まれるということ。
連理の枝(れんりのえだ)
根を別にして生えた木が、途中から一体になって育つ。もとは他人だった二人が、もう切り分けようのない仲に至った姿をいう。
