「行」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 72 件
「行」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
秋の夕焼け鎌を研げ、秋の朝照り隣へ行くな(あきのゆうやけかまをとげ、あきのあさでりとなりへいくな)
夕焼けになると翌日は晴れに違いないから、鎌を研いで明日の仕事の準備をしておけということ。
悪事千里を行く(あくじせんりをいく)
悪い行いは、たちまち世間に広まるというたとえ。 「悪事千里を行く」ともいう。
畦から行くも田から行くも同じ(あぜからいくもたからいくもおなじ)
手段や方法が違っても、同じ結果になることのたとえ。 畦道から行っても田から行っても、結局行き着く所は同じということから。 「田から行くも畦から行くも同じ事」「田を行くも畦を行くも同じ」「田歩くも畔歩くも同じ」などともいう。異形の多い語。
後へも先へも行かぬ(あとへもさきへもいかぬ)
引くことも進むことも出来ず、動きがとれないようす。
好い線を行く(いいせんをいく)
ある程度のレベルまで、技術や能力が達しているということ。
言うと行うとは別問題である(いうとおこなうとはべつもんだいである)
口で言うことと、それを実行することとは別で、言葉通りに実践するのは難しいということ。
言うは易く行うは難し(いうはやすくおこなうはかたし)
口で唱えるだけならいくらでもできるが、そのとおりに身を動かすとなると容易ではない。 立派なことを言う者が必ずしも徳のある者とは限らないのはそのためだ、と説かれた言葉。
行き当たりばったり(いきあたりばったり)
あらかじめ計画を立てずに、成り行きに任せること。無計画。
行き掛けの駄賃(いきがけのだちん)
あることをするついでに別のことをすること。また、それにより利益を得ること。 「駄賃」は、馬で荷物を運ぶときの運賃のこと。 馬子が問屋に荷物を受け取りに行く時、他の荷物を運んで運賃を得たことから。
行く行くの長居り(いくいくのながおり)
「もう帰る、もう帰る」と言いながら、なかなか帰らずいつまでも話し込んで長居をすること。
馬を水辺に連れて行くことはできるが、水を飲ませることはできない(うまをみずべにつれてゆくことはできるが、みずをのませることはできない)
その気のない人間は、周囲がいくら心配したり気をもんだりしても無駄であるというたとえ。
裏の裏を行く(うらのうらをいく)
相手のやり方を見抜いて、相手の予想外の行動を取ること。
上手を行く(うわてをいく)
能力や才知などが他の人よりすぐれていること。 他の人より悪知恵が働くといった悪い意味にも使われる。
奥行きが無い(おくゆきがない)
知識や考えなどに深みがないこと。思慮深さがないこと。
蛙の行列(かえるのぎょうれつ)
先のことを考えず、ただむやみに突き進むこと。または、そのような向こう見ずな人々の集まり。 蛙が後ろ足で立つと、目が後ろ側を向いてしまって前が見えなくなることから。
火事と葬式に行けば勘当もゆりる(かじとそうしきにいけばかんどうもゆりる)
火事や葬式の時にわびに行って手伝えば、勘当された者も許されるということ。「ゆりる」は、許されるという意。
金は片行き(かねはかたいき)
金は、ある所にはたくさんあるのに、ない所にはさっぱりないということ。
烏の行水(からすのぎょうずい)
入浴時間が、きわめて短いことのたとえ。烏が短い時間で水浴びをする様子から。
感心上手の行い下手(かんしんじょうずのおこないべた)
人の話には大いに膝を打つのに、いざ自分がとなると何ひとつ手をつけない。また、そういう性分の人。
合点が行く(がてんがいく)
理解・納得できる。 「がてん」は「がってん」とも読む。
行間を読む(ぎょうかんをよむ)
書き手があえて言葉にしなかった含みを、並んだ字の切れ目から掬い上げる。言い切っていない部分にこそ肝心なものが置かれていて、受け取る側が補って初めて話が通じる。
雲行きが怪しい(くもゆきがあやしい)
ものごとの成り行きや情勢が不穏で、これから波乱が起きそうな様子。 天候が崩れそうであるという意味から。
供養より施行(くようよりせぎょう)
死んだ人の供養より、生きている人に施しをするほうが大切だということ。
水母の行列(くらげのぎょうれつ)
水母が勝手きままに泳いでいるように、きちんと並んでいないことのたとえ。
君子は言に訥にして行いに敏ならんと欲す(くんしはげんにとつにしておこないにびんならんとほっす)
立派な人は、ものを言うのは鈍く、事を行うのは早くありたいと願う。 「訥」は口ごもってすらすら言えないさま、「敏」は素早いこと。孔子は言葉が行いに先立つことを嫌い、順序は逆であれと説いた。
愚者の百行より知者の居眠り(ぐしゃのひゃっこうよりちしゃのいねむり)
愚か者の数々の行いは、優れた人の居眠りにも及ばないということ。転じて、つまらないものが数多くあるより、よいものが少しあるほうがいいというたとえ。
孝行のしたい時分に親はなし(こうこうのしたいじぶんにおやはなし)
親の値打ちは、こちらが同じ年恰好になってようやく腑に落ちる。腑に落ちたころには相手はもういない——その食い違いを嘆いた川柳が、そのままことわざになった。
孝行も子による(こうこうもこによる)
親孝行はうれしいものだが、どんな子から、どんなやり方でされてもよいとは限らない。悪事に手を染めてまでの孝行なら、かえって迷惑だということ。
好事門を出でず、悪事千里を行く(こうじもんをいでず、あくじせんりをいく)
人の手柄はうちわの内に留まりがちなのに、しくじりや悪評のほうは遠い土地まで駆け抜けてゆく。世間の耳は、悪い話にこそよく開いている。
孝は百行の本(こうはひゃっこうのもと)
孝行は、すべての善行の基本となるものであるということ。「百行」は、すべての善いおこないの意。
