「す」を含む故事・ことわざ・慣用句
「す」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 1223 件
自他共に許す(じたともにゆるす)
全ての人がそうであると認めること。
耳目を驚かす(じもくをおどろかす)
世間の多くの人を驚かせること。
蛇は寸にして人を呑む(じゃはすんにしてひとをのむ)
優れた人物は、幼い頃から常人とは違ったところがあるというたとえ。大蛇はわずか一寸ほどの頃から、人間をのみ込もうとする気迫を持っているということから。
重箱の隅は杓子で払え(じゅうばこのすみはしゃくしではらえ)
些細な事に必要以上に干渉せずに大目に見るべきということのたとえ。重箱の隅を杓子で払うと隅に残るということから。
重箱の隅を楊枝でほじくる(じゅうばこのすみをようじでほじくる)
どうでもいいようなつまらない所まで取り上げて、口うるさく言うことのたとえ。 「楊枝で重箱の隅をほじくる」「楊枝で重箱の隅をつつく」「小楊枝で重箱の隅をほじくる」「重箱の隅を突っつく」などともいう。
十目の見る所、十指の指さす所(じゅうもくのみるところ、じっしのゆびさすところ)
多くの人が一致して認めること。 十人の目が見て、十人の指が指し示す所との意から。 「十指の指す所」「十目の視る所、十手の指す所」ともいう。
柔よく剛を制す(じゅうよくごうをせいす)
弱い者が強い者に勝つことのたとえ。しなやかで柔らかいものは、力だけで押してくる剛強なものの矛先をそらして、結局は勝利を得るということ。
常軌を逸する(じょうきをいっする)
常識外れなことを行ったり言ったりすること。
上戸は毒を知らず下戸は薬を知らず(じょうごはどくをしらずげこはくすりをしらず)
酒飲みは酒が体に害になることを知らずに飲み過ぎ、酒を飲めない者は酒の効用を知らない。 酒は飲み方次第で、毒にも薬にもなるということ。
上梓する(じょうしする)
書物を出版すること。昔、木版印刷の版木に梓(あずさ)の木を使ったことから。
上手の猫が爪を隠す(じょうずのねこがつめをかくす)
すぐれた才能や実力のある人は、それをむやみにひけらかしたりしないということ。
冗談も休み休み言え(じょうだんもやすみやすみいえ)
常識から外れた言葉を否定する時に使う言葉。 「ふざけたことを言うな」や「馬鹿なことを言うな」などの意味。
辞を低くする(じをひくくする)
敬意をもって丁寧な言葉で話すこと。
人口に膾炙する(じんこうにかいしゃする)
多くの人々に知れ渡って、もてはやされること。「膾」はなます、「炙」はあぶった肉のことで、この二つは多くの人の口に喜ばれることから。
水火の争い(すいかのあらそい)
水と火のように正反対の性質を持っていたり相容れない立場にあったりして、仲の悪い者同士の争いをたとえた言葉。
西瓜は土で作れ南瓜は手で作れ(すいかはつちでつくれかぼちゃはてでつくれ)
西瓜を作るときは肥料と土壌が大事で、南瓜を作るときは念入りに手入れすることが大事ということ。作物の上手な作り方をいった言葉。
水火も辞せず(すいかもじせず)
水に溺れ火に焼かれるような苦しみや危険があろうと、恐れずに事をやり抜くたとえ。
粋が川へはまる(すいがかわへはまる)
手慣れた人や専門家でも、気の緩みなどによって失敗することがあるというたとえ。
粋が身を食う(すいがみをくう)
遊びの道に通じた粋人は、遊興の道にふけって最後は身を滅ぼしてしまうということ。
水魚の交わり(すいぎょのまじわり)
とても仲がよく、離れがたい交際や友情のこと。 その関係を魚と水にたとえた言葉。 三国時代、蜀の劉備が仲の良かった孔明を軍師に迎えたときに、古参の武将は不満をもらしたが、魚に水が必要なように私には孔明が必要だと言ったという故事から。
推敲(すいこう)
唐の詩人、賈島(かとう)が自作の「僧は推す月下の門」という句の「推す」を「敲(たた)く」に改めるかどうか迷ったという故事から。
彗星の如く(すいせいのごとく)
何の前触れもなく、いきなり現れて注目を集めること。
垂涎(すいぜん)
食べ物を食べたくてよだれを垂らすこと。
垂涎の的(すいぜんのまと)
皆が羨ましがり、何としてでも手に入れたいと思う物のこと。 思わず涎(よだれ)を垂らすほど食べたい物という意味から。
好いた事はせぬが損(すいたことはせぬがそん)
好きな事をしないのは損だということ。やりたい事があれば後悔しないようすぐにやったほうがよいということ。
好いた水仙好かれた柳(すいたすいせんすかれたやなぎ)
お互いに好き合った男女を水仙と柳になぞらえたもの。
好いた同士は泣いても連れる(すいたどうしはないてもつれる)
お互いに好き合った男女は、辛さに泣きながらでも離れず連れ添うものだということ。
好いたほど飽いた(すいたほどあいた)
初めはとても好きでたまらなかったが、その分だけ早く飽いて嫌になるということ。
水中に火を求む(すいちゅうにひをもとむ)
いくら求めても得ることができないこと。
水道の水で産湯を使う(すいどうのみずでうぶゆをつかう)
江戸っ子が江戸生まれであることを自慢していうことば。江戸には金と労力をかけて作った神田上水と玉川上水があり、この水道水の産湯を使ったということから。
推挽(すいばん)
その人がその地位や役目などに相応しいとして薦めること。推薦。推挙。「推」は推す、「輓」は引くことで車を押したり引いたりする意から。
水泡に帰す(すいほうにきす)
水の泡がはかなく消えるように、努力したことがまったく無駄に終わることのたとえ。
酸いも甘いも噛み分ける(すいもあまいもかみわける)
経験が豊かで、世間の事情も人の心の繊細さも知り尽くしていること。 酸っぱい物と甘い物を区別して味わい、いい点と悪い点をよく知っているとの意から。 「酸いも甘いも知っている」「酸いも甘いも知り抜く」ともいう。
粋を利かす(すいをきかす)
人間関係をうまく取り計らうこと。特に男女関係についていう。
数を頼む(すうをたのむ)
人数が多いことをたよりにすること。 「かず」は「すう」とも読む。
末四十より今の三十(すえしじゅうよりいまのさんじゅう)
将来多く得ることができるよりも、たとえ少なくても今すぐ確実に得たほうがよいということ。 「四十」を「始終」に掛けた言葉。
据え膳食わぬは男の恥(すえぜんくわぬはおとこのはじ)
女のほうから誘っているのに、それに応じないのは男の恥だということ。「据え膳」は、目の前に用意された食膳のこと。俗に女性からの誘いのこと。
末大なれば必ず折る(すえだいなればかならずおる)
下の者の勢力が強くなると、上の者は必ず倒されてしまうということ。 松葉が茂り重くなると、強い幹も折れてしまうとの意から。
末の露、本の雫(すえのつゆ、もとのしずく)
人間の命には多少の長い短いの差はあるが、いつかは必ず死が訪れるということ。 人の命のはかなさをいう言葉。 葉末の露も、根元から落ちる雫も、早い遅いはあっても、やがてどちらも消えてしまうとの意から。
すかを食う(すかをくう)
期待した通りにならないこと。当てが外れること。 「すか」は「肩透かし」という意味。
素顔を見せる(すがおをみせる)
飾り立てていない本当の姿を見せること。
姿は作り物(すがたはつくりもの)
人の容姿は、化粧や衣服でどのようにでも作ることができるということ。
好きこそ物の上手なれ(すきこそもののじょうずなれ)
好きであることは、上手になるための大切な条件であるということ。
好きな事には騙され易い(すきなことにはだまされやすい)
好きなことは冷静な判断が出来にくく、深入りしやすいから、人の企みに陥りやすいということ。
好きな物に祟りなし(すきなものにたたりなし)
好きな食べ物は、少しくらい食べ過ぎてもからだに害はないということ。 「好きな物に祟りなし」ともいう。
空き腹にまずい物なし(すきばらにまずいものなし)
空腹の時は、どんな食べ物でもおいしく感じるということ。 「ひもじい時にまずい物なし」「ひだるい時にまずい物なし」ともいう。
透き間風は冷たい(すきまかぜはつめたい)
義理の仲が、なんとなくしっくりいかないことのたとえ。 または、友人や男女の間で感情の隔たりができると、まったくの他人どうしではないだけに、余計に冷たさが身にしみるというたとえ。
過ぎたるは猶及ばざるが如し(すぎたるはなおおよばざるがごとし)
物事の度が過ぎると、足りないのと同じくらい良くないので、何事もほどほどが最良だということ。
勝れて良き物は勝れて悪し(すぐれてよきものはすぐれてあし)
特にすぐれているということは、悪い面も持ち合わせているから、何事も普通がいいということ。
凄みを利かせる(すごみをきかせる)
相手を脅すような言動をすること。
筋がいい(すじがいい)
今は未熟だが将来大成する見込みがあること。素質があること。
筋が立つ(すじがたつ)
言動などが道理に適っていて、最初から最後まで一貫していること。
筋が違う(すじがちがう)
道理に適わない言動をすること。
筋金入り(すじがねいり)
体や思想などが鍛えられていて、簡単に妥協したりしないこと。 「筋金」は補強するための細長い金属。
筋を通す(すじをとおす)
物事を行う時に道理に適うようにすること。
進むを知りて退くを知らず(すすむをしりてしりぞくをしらず)
前進することだけを考えて、時と場合によっては退くことも必要だということを知らないこと。
涼しい顔(すずしいかお)
自分が関係しているのに、まるで他人事のように知らん顔をしている様子。
雀、海に入って蛤となる(すずめ、うみにいってはまぐりとなる)
思いがけない変化があることのたとえ。晩秋の海辺で騒ぐ雀が蛤になるという中国の古い俗信から。
雀の千声鶴の一声(すずめのせんこえつるのひとこえ)
つまらない者がいろいろ言うよりも、すぐれた者の一声のほうが勝っているというたとえ。「鶴の一声」だけでも使われる。
雀の涙(すずめのなみだ)
ごく僅かなもののたとえ。雀が流す少量の涙の意で、多くは金銭について言われる。
雀の糠喜び(すずめのぬかよろこび)
喜んだ後に当てがはずれることのたとえ。 雀が籾(もみ)を見つけて喜んだ後、米は無く糠のみだと分かりがっかりすることから。
雀百まで踊り忘れず(すずめひゃくまでおどりわすれず)
小さい頃に身についた習慣は、年をとっても改まりにくいというたとえ。 雀は死ぬまで、踊るように飛び跳ねるて歩くとの意から。
鈴を転がすよう(すずをころがすよう)
高く澄んだ美しい声の形容。 多く女性の声について用いる。
鈴を張ったよう(すずをはったよう)
大きく美しい女性の目を言い表す言葉。
スタートを切る(すたーとをきる)
走り始めること。出発すること。 または、新たに物事を始めること。
擦った揉んだ(すったもんだ)
話し合いなどで意見がまとまらずに揉めること。
酸っぱい葡萄(すっぱいぶどう)
負け惜しみのたとえ。腹を空かせた狐が、木に実った葡萄を取ろうとするが、どうしても取れず「どうせあの葡萄は酸っぱい」と言ったというイソップ物語から。
すっぱ抜く(すっぱぬく)
他人の秘密や悪事などを明るみに出すこと。
「素破(すっぱ)」は、忍びの者のことで、その活動や不意に刀を抜いたりしたことに由来する。捨て石になる(すていしになる)
大きな目的を達成するために犠牲になるたとえ。「捨て石」は、囲碁で、作戦上相手に取らせるように打つ石のこと。
捨て子は世に出る(すてごはよにでる)
捨て子は出世するということ。親に見捨てられるような人間は逆境にも負けず、たくましく育ち、かえって世に出るものであるということ。
捨てたものではない(すてたものではない)
一見役に立たないように見えても、まだ見込みがあること。
捨て物は拾い物(すてものはひろいもの)
捨てられた物は、拾った者の得だということ。
捨てる神あれば拾う神あり(すてるかみあればひろうかみあり)
人から見捨てられることもあれば、親切に助けてくれる人もいる。たとえ不運なことがあっても、くよくよするなということ。 「捨てる神あれば助ける神あり」ともいう。
酢でも蒟蒻でも(すでもこんにゃくでも)
どうにもこうにも手におえないことのたとえ。
砂を嚙むよう(すなをかむよう)
味わいや面白味などが少しも感じられないことのたとえ。
脛一本、腕一本(すねいっぽん、うでいっぽん)
地位、名誉、財産などもなく、自分のほかには頼るものがないことのたとえ。
脛に疵持つ(すねにきずもつ)
やましいことや人に知られたくない前歴があることのたとえ。 他人の目につきにくい脛に傷があるとの意から。
脛に疵持てば笹原走る(すねにきずもてばささはらはしる)
自分の身にやましいところのある者は、落ち着いて生活することができないということ。 脛に傷のある者は笹が傷にふれると痛いので笹原を走り抜ける、または後ろめたいことがある者は笹の葉のそよぐ音にもおびえて走り出すとの意から。
酢の蒟蒻の(すのこんにゃくの)
あれやこれやと文句を言うこと。 「四の五の」をもじったとされる言葉。
滑ったの転んだの(すべったのころんだの)
くだらないことであれこれと騒ぎ立てること。