「な」を含む故事・ことわざ・慣用句
「な」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 1701 件
ただでは済まない(ただではすまない)
このままでは済まない。このままでは終わらない。
ただの鼠ではない(ただのねずみではない)
ただものではない。油断のならない人物である。
只より高い物はない(ただよりたかいものはない)
ただで物をもらうと、代わりに物事を頼まれたり、返礼にお金がかかったりして、かえって高いものにつくということ。
只より安い物はない(ただよりやすいものはない)
ただで物を貰うことより安く上がることはないということ。
太刀打ちができない(たちうちができない)
相手のほうが力が上で、勝負にならない。相手にならない。 「太刀打ちできない(たちうちできない)」ともいう。
立場が無い(たちばがない)
信用を失ったり評価が下がったりして、面目を失う。
立つ瀬が無い(たつせがない)
立場が無くなる。面目を失う。
手綱を締める(たづなをしめる)
馬が勝手に走り出さないように手綱をしぼること。 転じて、勝手なことをしたり怠けたりしないように注意して見張ることのたとえ。 「手綱」は、馬を操るための綱。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花(たてばしゃくやく、すわればぼたん、あるくすがたはゆりのはな)
美人の容姿や立ち居振る舞いを形容することば。
譬えに嘘なし坊主に毛なし(たとえにうそなしぼうずにけなし)
昔から言い伝えられてきたたとえやことわざは、どれも真理であり嘘はないということ。
たとえ火の中水の中(たとえひのなかみずのなか)
どんなに大変な目に遭ってもかまわないということ。
炭団に目鼻(たどんにめはな)
色黒で不器量な顔のたとえ。
棚上げにする(たなあげにする)
問題の解決や処理を先延ばしにすること。
棚卸しをする(たなおろしをする)
人の欠点などを一つ一つ数え上げて批判すること。 「棚卸し」は、決算などのため、商品や原材料などの数量を確かめて評価すること。
棚から落ちた達磨(たなからおちただるま)
威張っていた人が、落ち目になって格好のつかないぶざまな姿になることのたとえ。
棚から牡丹餅(たなからぼたもち)
思いがけない幸運が転がり込むこと、何の苦労もせずに幸運を得ることのたとえ。 略して「[[棚ぼた*https://kokugo.jitenon.jp/word/p31557]]」ともいう。
棚から牡丹餅は落ちてこない(たなからぼたもちはおちてこない)
思いがけない幸運は、まず舞い込むことはないということ。
掌の内(たなごころのうち)
まるで手の中にあるかのように、物事が自分の思い通りになること。 「掌」は、てのひらのこと。
掌を合わす(たなごころをあわす)
手を合わせて拝むこと。 「掌」は、てのひらのこと。
掌を返す(たなごころをかえす)
てのひらを返すように物事が簡単に出来ることのたとえ。 または、言葉や態度などをがらりと変えることのたとえ。
掌を指す(たなごころをさす)
てのひらにあるものを指して説明するように、物事がきわめて明白であることのたとえ。
棚に上げる(たなにあげる)
自分に不都合なことにわざと触れないでおくことのたとえ。
他人は時の花(たにんはときのはな)
季節の花が咲いてすぐ散るように、他人の好意も長続きしないものだから、あまり頼りにしてはいけないという教え。「時の花」は季節に咲く花。
楽しみ尽きて悲しみ来る(たのしみつきてかなしみきたる)
楽しみが極まると、かえって悲しい思いにとらわれるようになる。楽しいことは永久に続くものではないということ。
他の追随を許さない(たのついずいをゆるさない)
ある事柄について他の誰も真似できないほど、大きく抜きん出ているさま。
頼みの綱(たのみのつな)
頼りにする人や物のたとえ。
頼みの綱も切れ果てる(たのみのつなもきれはてる)
頼みにしていた最後の手段もだめになり、万策が尽きるということ。「頼みの綱」は、頼りにしてすがる人や物の意。
束になって掛かる(たばになってかかる)
大勢の人が一緒になって、一つのものに向かったり、一人に対抗したりすること。
旅は道連れ、世は情け(たびはみちづれ、よはなさけ)
旅をする時は同行者がいれば心強く、同様に世の中を渡るにはお互い助け合っていくのが大切だということ。
環の端無きが如し(たまきのはしなきがごとし)
巡り巡って終わりがないことのたとえ。 「環」は、輪の形をした飾り。 輪の形をしている環に端がないように、終わりがないとの意。
卵に目鼻(たまごにめはな)
卵に目と鼻をつけたような、色白でかわいらしい顔だちのたとえ。
卵を割らないでオムレツは作れない(たまごをわらないでおむれつはつくれない)
目的を達成するためには犠牲が必要であるというたとえ。西洋のことわざ。
玉となって砕くとも瓦となって全からじ(たまとなってくだくともかわらとなってまったからじ)
名誉を守るために死ぬことはあっても、いたずらに生きながらえるだけのむなしい生涯を送りたくはないということ。 貴重な玉として砕かれてしまってもよいが、無価値な瓦として安全に生涯を全うしたいとは思わないとの意から。
玉なす(たまなす)
玉のように立派である。 また、汗や涙が大粒の玉のようになって出てくる。
玉の杯、底なきが如し(たまのさかずき、そこなきがごとし)
外見はすばらしいが、肝心なところに欠点があり、実際には約に立たないもののたとえ。 美しい杯も、底がなければ使い物にならないとの意から。
玉磨かざれば光なし(たまみがかざればひかりなし)
才能や素質に恵まれていても、努力しなければ立派な人間になることはできないというたとえ。 どれほどすばらしい玉でも、磨かなければ光を放たないとの意から。 「玉磨かざれば器を成さず」ともいう。
玉を転がすような(たまをころがすような)
音や声が高く澄んで美しい様子の形容。
民の口を防ぐは水を防ぐよりも甚だし(たみのくちをふせぐはみずをふせぐよりもはなはだし)
人々の言論の自由を封じることは、川の水をせき止めることよりも困難で危険であるということ。人民の言論の自由を奪うことの危険性をいった言葉。
為になる(ためになる)
有益である。利益になる。
矯めるなら若木のうち(ためるならわかぎのうち)
樹木の枝などの形を整えるなら柔らかい若木のうちにせよということ。 人間の悪い癖や欠点なども若いうちになおすのがよいというたとえ。 「矯める」は曲げたり伸ばしたりして形を整えること。
便りのないのはよい便り(たよりのないのはよいたより)
人は何か問題が起こらないとなかなか手紙を書かないものである。だから、手紙が来ないのは無事である証拠で、よい便りと同じだということ。
たわいがない(たわいがない)
取るに足らないこと、または思慮分別がないこと。 「たわい」は「たあい」ともいう。
短気は身を亡ぼす腹切り刀(たんきはみをほろぼすはらきりかたな)
短気を起こせば、自滅を招いてしまうことのたとえ。 短気は自分の腹を切る刀と同じであるとの意から。
単糸、線を成さず(たんし、せんをなさず)
人間はひとりでは何もできないというたとえ。 「単糸」は一本の紡績糸のこと。これを何本か撚(よ)り合わせて撚糸(ねんし)にするが、一本の紡績糸だけではそれができないとの意から。
胆は大ならんことを欲し、心は小ならんことを欲す(たんはだいならんことをほっし、こころはしょうならんことをほっす)
度胸は大きく持ちたいし、注意は細やかでありたいということ。 「胆大心小」ともいう。
橙が赤くなれば医者の顔が青くなる(だいだいがあかくなればいしゃのかおがあおくなる)
橙が色づく秋頃は過ごしやすく病人も少なくなり、仕事が減った医者の顔が青くなるということ。
大なり小なり(だいなりしょうなり)
多かれ少なかれ。程度の差はあれど。
伊達の素足もないから起こる、あれば天鵞絨の足袋も履く(だてのすあしもないからおこる、あればびろうどのたびもはく)
どうしようもなくて我慢することのたとえ。 粋だと言われている伊達の素足も、実は足袋を買う金がないからだとの意から。 「伊達の素足も貧から起こる」ともいう。
誰とはなしに(だれとはなしに)
誰が言い出したのかはっきりしないこと。いつのまにか。
団結は力なり(だんけつはちからなり)
一人一人の力は小さくても、大勢が力を合わせれば大きな力になるということ。
団子に目鼻(だんごにめはな)
丸い顔の形容。
断じて行えば鬼神も之を避く(だんじておこなえばきしんもこれをさく)
断固たる決意で物事を行えば、困難なことでも成し遂げることができるというたとえ。 断固とした態度で決行すれば、鬼神でさえその勢いに押されて避けていくとの意から。
男女七歳にして席を同じゅうせず(だんじょしちさいにしてせきをおなじゅうせず)
人は七歳にもなれば、男女の別を明らかにしてみだりに慣れ親しんではならないということ。男女は七歳になったら同じ敷物に座るべきではないという儒教の道徳から。
だんだん良くなる法華の太鼓(だんだんよくなるほっけのたいこ)
物事が徐々によい方に向かっていくことと、太鼓がよく鳴るということを掛けた言葉遊び。「法華の太鼓」とは、日蓮宗の信者が題目を唱えながら打つ団扇太鼓のこと。
小さくなる(ちいさくなる)
ひどくかしこまったり遠慮したりする。身を縮めてかしこまる。
知恵と力は重荷にならぬ(ちえとちからはおもににならぬ)
知恵と力はありすぎても重荷にならず、たくさんあるほうがいいということ。
知恵ない神に知恵付ける(ちえないかみにちえつける)
気付かずにいた人に、よけいな入れ知恵をするというたとえ。
力になる(ちからになる)
人の為に自分の能力や技能を使う。力を貸して助ける。
力は正義なり(ちからはせいぎなり)
何事も、結局力を持った者が正しいことになるということ。
血が繋がる(ちがつながる)
血縁関係にある。
知識は力なり(ちしきはちからなり)
経験によって得られた知識は大きな力になるということ。 哲学者フランシス・ベーコンの言葉。 「知は力なり」と訳されることもある。
馳走終わらば油断すな(ちそうおわらばゆだんすな)
人がご馳走してくれる時は何か魂胆があるかもしれないので油断するなということ。
血となり肉となる(ちとなりにくとなる)
学んだことや経験したことがしっかりと身について、将来に役立つようになること。 摂取した食物がよく吸収されて、やがて体の一部(血や肉)になるとの意から。
血の出るような(ちのでるような)
たいへんな苦労や努力をするさま。
血の涙(ちのなみだ)
悲しみや憤りのあまりに流す涙を、血にたとえて誇張していう語。
血は争えない(ちはあらそえない)
血統によって受け継がれる性質は明らかであり、否定のしようがないということ。 子の性格や特徴などが、親や先祖などに似ていることをいう。 「血筋は争えない」ともいう。
血眼になる(ちまなこになる)
ある事を行うのに夢中になること。 「血眼」は、逆上して血走った目。
血も涙もない(ちもなみだもない)
冷酷で思いやりがないこと。
籌策を帷幄の中に運らし、勝ちを千里の外に決す(ちゅうさくをいあくのなかにめぐらし、かちをせんりのほかにけっす)
計画や戦略の巧妙なことのたとえ。 「籌」は計略、「帷幄」は幕を張りめぐらした本陣、「千里の外」は遠い場所のこと。 本陣で計略を練り、遠く離れた戦場で勝利するとの意から。 「籌策を帷幄の中に運らし、勝ちを千里の外に決す」ともいう。
忠ならんと欲すれば孝ならず、孝ならんと欲すれば忠ならず(ちゅうならんとほっすればこうならず、こうならんとほっすればちゅうならず)
主君に忠義を尽くそうとすれば親に逆らうこととなり孝行できず、親に孝行しようとすれば主君に背くことになり不忠となる。大切な二つのものの板ばさみになって進退きわまった状態のたとえ。平重盛が、父の清盛と朝廷との間で苦悩したときの言葉。
中流に船を失えば一瓢も千金(ちゅうりゅうにふねをうしなえばいっぴょうもせんきん)
つまらないものでも、場合によってはとても価値があるというたとえ。 流れの真ん中で船を失ったときには、ひょうたん一個でも浮き袋の代わりになるとの意から。
寵愛昂じて尼になす(ちょうあいこうじてあまになす)
かわいがるのも度が過ぎると、かえって本人のためにならないというたとえ。 親が娘をかわいがるあまり、いつまでも嫁にやらずついには尼にしてしまうことから。 「尼になす」は「尼にする」ともいう。
長袖よく舞い、多銭よく商う(ちょうしゅうよくまい、たせんよくあきなう)
素質と条件に恵まれた者が有利で、思い通りに事が運べるというたとえ。 長袖の着物を着た人は舞うと美しく見え、多くの金銭を持つ者は商売がしやすいとの意から。 「賈う(かう)」は、「商う(あきなう)」ともいう。
長者に二代なし(ちょうじゃににだいなし)
ぜいたくに慣れた金持ちの子は、財産を守ったり増やしたりすることが出来ず、たいてい二代目でその家はつぶれてしまうということ。
町内で知らぬは亭主ばかりなり(ちょうないでしらぬはていしゅばかりなり)
女房の浮気を町内の者はみんな知っていて、亭主だけが知らないという間抜けぶりをあざけった言葉。
蝶よ花よ(ちょうよはなよ)
親が自分の娘をかわいがり大事にするたとえ。「蝶よ花よと育てられる」の形で使われることが多い。
ちょっと来いに油断すな(ちょっとこいにゆだんすな)
「ちょっと来い」と呼ばれると、ちょっとの用事では済まず、ろくな用事でないことが多い。だから、心してかかれということ。
ちょっと嘗めたが身の詰まり(ちょっとなめたがみのつまり)
ほんのちょっとだけ、と軽い気持ちで手を出したために、どうにもならない窮地に追い込まれること。
ちょんになる(ちょんになる)
物事がいきなり終わりになること。 芝居で幕切れに拍子木をちょんと打ち鳴らすということから。
塵も積もれば山となる(ちりもつもればやまとなる)
塵のようなわずかなものでも、たくさん積み重なれば山のように大きなものになるというたとえ。小さなことでもおろそかにしてはいけないということ。