「失敗」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 108 件
「失敗」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全108件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
羹に懲りて膾を吹く(あつものにこりてなますをふく)
失敗に懲りて、必要以上に用心深くなることのたとえ。 「羹」は熱い吸い物のこと。 熱い吸い物を飲んでやけどをしたことに懲りて、冷たい膾まで吹いて冷ますことから。
過ちて改めざる是を過ちと謂う(あやまちてあらためざるこれをあやまちという)
人は過ちを犯したらすぐに反省して改めるべきであり、過ちを犯して改めようとしないことが本当の過ちであるということ。 「過ちを改めざる是を過ちと謂う」ともいう。
過ちては改むるに憚ること勿れ(あやまちてはあらたむるにはばかることなかれ)
過ちを犯したことに気がついたら、体面や体裁などにとらわれず、すぐに改めるべきだという戒め。
過ちは好む所にあり(あやまちはこのむところにあり)
過ちは、自分の好きな事や得意な事をしている時に、つい油断して起こるということ。
過ちを観て仁を知る(あやまちをみてじんをしる)
人の過ちの種類を観察することによって、その人の人柄がわかるということ。
過つは人の性、許すは神の心(あやまつはひとのさが、ゆるすはかみのこころ)
人は誰でも過ちを犯すものなので、むやみに人を責めてはいけないということ。 「過ちは人の常、許すは神の業」ともいう。
慌てる蟹は穴へ入れぬ(あわてるかにはあなへはいれぬ)
何事も焦ったり慌てたりすると失敗するというたとえ。 「慌てる蟹は穴の口で死ぬ」ともいう。
磯際で船を破る(いそぎわでふねをやぶる)
物事が達成する直前で失敗してしまうこと。 港の近くまできた船が難破してしまうとの意から。
一も取らず二も取らず(いちもとらずにもとらず)
二つのものを同時に得ようとすると、結局どちらも手に入らなくなることのたとえ。
一生の不作(いっしょうのふさく)
生涯にかかわるような失敗。取り返しがつかないほどの失敗。
芋幹で足を衝く(いもがらであしをつく)
思いもよらぬ弱者や無力な存在に足をすくわれ、失敗すること。 また、通常では考えられないような誇張された出来事のたとえ。 「芋幹」は「芋茎」、「衝く」は「突く」とも書く。 また、「長芋で足を突く」ともいう。
殷鑑遠からず(いんかんとおからず)
戒めとなる失敗の例は、すぐ身近にあるというたとえ。 殷の国民が鑑(かがみ)とすべき手本は、遠い時代に求めなくても、前代の夏(か)の滅亡がよい戒めであるとの意から。
裏目に出る(うらめにでる)
よかれと思ってしたことが、逆によくない結果になること。「裏目」は、さいころを振って出た目の裏側の目のこと。
得手に鼻つく(えてにはなつく)
手慣れた仕事ほど、確かめる手順を飛ばして運んでしまう。慣れが仇になって、なんでもない所で取りこぼす。
選んで粕を摑む(えらんでかすをつかむ)
えり好みをし過ぎたために、かえってつまらないものを掴んでしまうたとえ。
猿猴が月を取る(えんこうがつきをとる)
自分の能力をわきまえず、欲張ったまねをして失敗することのたとえ。 猿が水に映った月を取ろうとしたとき、枝が折れ水に落ちて溺れ死んだという故事から。 「猿猴が月」「水の月取る猿」「月の影取る猿」ともいう。
お釈迦になる(おしゃかになる)
製造過程で失敗し、製品をつくり損ねてしまうことのたとえ。 また、壊れたり不具合が見つかったりして使い物にならなくなることのたとえ。
おじゃんになる(おじゃんになる)
予定していたことや進行中の物事がだめになる。 昔、鎮火の合図として半鐘を二回「ジャンジャン」と鳴らしたことからきた言葉とされる。
お陀仏になる(おだぶつになる)
死ぬこと。また、物事が途中でだめになること。 阿弥陀仏を唱えて往生するとの意から。
お目玉を食う(おめだまをくう)
失敗やいたずらをして叱られること。
泳ぎ上手は川で死ぬ(およぎじょうずはかわでしぬ)
得手だと思っているものにこそ落とし穴があり、自信のある者ほど足をすくわれるということ。 泳ぎ慣れた者は深みも早瀬も恐れずに飛び込むため、かえって川で命を落とす。慣れが恐れを鈍らせることをいう。
女賢しゅうして牛売り損なう(おんなさかしゅうしてうしうりそこなう)
細かいところに気が回るあまり、まとまるはずの話を取り逃がす。 近い勘定に目が向くと、その先の得が見えなくなる。
蛙の願立て(かえるのがんだて)
いい加減な計画や考えで物事を進めて失敗することのたとえ。 人間のように歩きたいと願った蛙が、祈りによって二本足で立てるようになったものの、目が後ろ側を向いたままだったため、身動きが取れずに死んでしまったという寓話から。 「蛙の立願」ともいう。
河童の川流れ(かっぱのかわながれ)
どんな達人でも、たまには失敗することがあるということ。 泳ぎが得意なはずの河童でも、時には水に押し流されることがあるとの意から。
紙子着て川へはまる(かみこきてかわへはまる)
軽率な行いによって、自ら破滅を招くことのたとえ。 「紙子」は、渋柿を塗った紙で仕立てた衣服。 紙の服を着て川の中へ入るという無謀なことをいう。
空振りに終わる(からぶりにおわる)
企てたことが失敗におわること。 「空振り」は、野球やテニスなどでバットやラケットにボールがあたらないこと。
狩人、罠にかかる(かりゅうど、わなにかかる)
人をおとし入れようとして仕組んだ悪だくみで、自分がひどいめにあうことのたとえ。獲物を獲ろうとして仕掛けた罠に猟師自身がかかるということから。
川口で船を破る(かわぐちでふねをわる)
長い航海を終えて港付近の川口で難破することから、成功の直前で失敗することのたとえ。 または、出航時に川口で船を損なうことから、物事の出だしで失敗することのたとえ。
川立ちは川で果てる(かわだちはかわではてる)
人は得意なことほど油断して、かえって身を滅ぼすことがあるというたとえ。 「川立ち」は、川のほとりで生まれ育った泳ぎ上手な人のこと。 泳ぎの上手な者が、結局は川で命を落とすとの意から。
邯鄲の歩み(かんたんのあゆみ)
むやみに人の真似をしていると、自分本来のものも忘れて、どちらも失うことのたとえ。 中国燕の青年が、趙の都邯鄲で都会風の歩き方を習おうとしたが、習得できないばかりか故国の歩き方まで忘れてしまい、這って故郷へ帰ったという故事から。
画餅に帰す(がべいにきす)
計画したことが失敗に終わることのたとえ。 「画餅」は絵に書いた餅のことで、実際には食べられないとの意から。
画竜点睛を欠く(がりょうてんせいをかく)
最後の大切な仕上げを怠ったために、全体が不完全になったり、引き立たなかったりすることのたとえ。「画竜点睛」は、中国の絵の名人が壁に竜の絵を描き、最後に瞳を書き入れたら天に昇ったという故事から最後の大事な仕上げの意で、その仕上げを欠いてしまうということから。「睛」は、「瞳」の意。
気が利いて間が抜ける(きがきいてまがぬける)
端のほうにばかり目を凝らしたせいで、真ん中にあるものを取り落とす。よく回る頭が、そのまま本筋の抜けに化けてしまうさまをいう。
騏驎の躓き(きりんのつまずき)
並外れた力量の持ち主が、ものの弾みで取りこぼしをすることのたとえ。どれほどの駿足でも、蹴つまずく一歩はある意から。
孔子の倒れ(くじのたおれ)
学問の高さと足元のたしかさは別のもので、聖人と仰がれた人でもつまずいて転ぶことはある。中身の立派さは、うっかりを防いではくれない。 「孔子」を「くじ」と読むのは呉音による。
薬になる(くすりになる)
今まで経験してきた失敗や挫折などが、後に本人にとっていい影響を与えるということ。
君子の過ちは日月の食のごとし(くんしのあやまちはじつげつのしょくのごとし)
人の上に立つ者のしくじりは、覆い隠せない。ただ、欠けたものが元へ戻るところまで衆目にさらされるので、直した姿もまたそのまま仰がれる。
桂馬の高上がり(けいまのたかあがり)
身分や実力に不相応な地位につくと、とかく失敗するおそれがあるということ。将棋で桂馬が進みすぎると歩に取られてしまうことがあることから。
怪我の功名(けがのこうみょう)
過ちや災難と思われていたことが、偶然にもよい結果になることのたとえ。 「怪我」は、ここでは過ちや災難のこと。 過ちや災難が生んだ手柄との意から。 「過ちの功名」ともいう。
弘法にも筆の誤り(こうぼうにもふでのあやまり)
いかにすぐれた人物でも、時には失敗することがあるというたとえ。弘法大師のような書の名人でも、時には書き損じることもあるということから。
木っ端を拾うて材木を流す(こっぱをひろうてざいもくをながす)
小事にかまけて大事に失敗するたとえ。木のきれはしを集めて材木を流してしまうということから。
これはしたり(これはしたり)
自分の失敗に気づいたり、驚いたりしたときなどに発する言葉。
権者にも失念(ごんじゃにもしつねん)
仮の姿でこの世に現れた仏でさえ、うっかり取り落とすことがある。人の抜かりを咎めずにいう。 権者は、衆生を救うために人の形をとって現れた仏や菩薩。
才子、才に倒れる(さいし、さいにたおれる)
優れた才能を持っている人は、その才能を過信しすぎて、かえって失敗することがあるということ。
彩ずる仏の鼻を欠く(さいずるほとけのはなをかく)
念を入れすぎたため、かえって大切な部分をこわしてしまうたとえ。「彩ずる」は彩色を施して飾る意。仏像を作り上げるのに、もう少し良くしようと手を加えているうちに肝心な鼻を欠いてしまうことから。
策士、策に溺れる(さくし、さくにおぼれる)
策略に秀でた人は策を練りすぎて、逆に失敗するということ。
蹉跌(さてつ)
物事がうまくいかずに失敗すること。 「蹉」と「跌」はどちらも躓くこと。
猿も木から落ちる(さるもきからおちる)
その道の達人でも、たまには失敗することもあるということ。 木登りが得意な猿でも、ときには誤って落ちることもあるとの意から。
三五の十八(さんごのじゅうはち)
計算が合わないことや見込み違いのたとえ。
しくじるは稽古のため(しくじるはけいこのため)
失敗は後に成功するための練習をしているようなものという意味。
士族の商法(しぞくのしょうほう)
急に不慣れなことを始めて失敗することのたとえ。明治初期、士族が生計を立てるため慣れない商売に手を出して失敗したことから。
失態を演じる(しったいをえんじる)
人前で笑われるような無様な失敗をすること。
失敗は成功のもと(しっぱいはせいこうのもと)
失敗は、その原因を反省し改めていくことによって、成功につながるということ。 「もと」は「基」「因」とも書く。 「失敗は成功の母」ともいう。
性懲りもなく(しょうこりもなく)
懲りずに同じ過ちを繰り返す様子。懲りもしないで。
尻馬に乗れば落ちる(しりうまにのればおちる)
人の言い分にそのまま乗って動いた者は、しくじりまで一緒に背負わされる。 勢いを借りた分だけ、転んだときに支えるものが無い。
上手の手から水が漏る(じょうずのてからみずがもる)
どんな名人でも時には失敗するというたとえ。
粋が川へはまる(すいがかわへはまる)
手慣れた人や専門家でも、気の緩みなどによって失敗することがあるというたとえ。
相撲に勝って勝負に負ける(すもうにかってしょうぶにまける)
内容や経過は良いにもかかわらず、結果的に失敗してしまうことのたとえ。 相撲の内容では優勢だったのに、ちょっとしたはずみで負けてしまうとの意から。
急いては事を仕損じる(せいてはことをしそんじる)
先を焦って手を早めるほどしくじりを招き、かえって時をよけいに食うということ。 ひと息ついてから取りかかるほうが、結局は早く着く。
千里の馬も蹴躓く(せんりのうまもけつまずく)
名うての腕前を持つ者でも、ふとした拍子に足をとられる。 「千里の馬」は一日に千里を行くという名馬。その名馬さえ、道に転がる小石一つで体勢を崩すという。
千慮の一失(せんりょのいっしつ)
どんなに賢い人でも、多くの考えの中には一つくらい失敗もあるということ。また、十分に注意していても思わぬ失敗が起こるということ。 「千慮」は、いろいろと考えを巡らすこと。
前車の覆るは後車の戒め(ぜんしゃのくつがえるはこうしゃのいましめ)
先人の失敗は後人の戒めになるというたとえ。 前の車が覆るのを見て、後の車は戒めにするとの意から。 単に「後車の戒め」ともいう。
前車の轍を踏む(ぜんしゃのてつをふむ)
前の人と同じような失敗を繰り返すことのたとえ。 「轍」は、車のわだちのこと。 転倒した前の車のわだちをたどり、同じように転倒するとの意から。 「前轍を踏む」「轍を踏む」「覆轍を踏む」ともいう。
宋襄の仁(そうじょうのじん)
無用の情けをかけて、ひどい目に遭うことのたとえ。中国の春秋時代、臣下が先制攻撃を仕掛けるように進言したが襄公は「人の弱みにつけ込み攻めるのはすべきことではない」と敵の陣容が整うまで攻撃せず、それが原因で大敗したという故事から。
粗相も時の一興(そそうもときのいっきょう)
失敗も、時によってはその場を和ませるような笑いを誘う一つの面白みであるということ。
それ見たことか(それみたことか)
与えた注意や忠告を聞かずに失敗した相手に言う言葉。
草履履き際で仕損じる(ぞうりはきぎわでしそんじる)
最後の最後で失敗をして、それまでの努力を駄目にしてしまうこと。 仕事を終わらせて、帰ろうと草履をはこうとした時に失敗するとの意から。
太鼓を打てば鉦が外れる(たいこをうてばかねがはずれる)
一方に気を取られると、もう一方がおろそかになるというたとえ。 太鼓に気を取られると、鉦を打つ手がゆるみ、打ち損じることから。
他山の石(たざんのいし)
他人の誤った言行を、自分の修養のために役立てること。 よその山から取れたつまらない石でも、自分の宝石を磨くのに使えるとの意から。
短気は身を亡ぼす腹切り刀(たんきはみをほろぼすはらきりかたな)
短気を起こせば、自滅を招いてしまうことのたとえ。 短気は自分の腹を切る刀と同じであるとの意から。
長所は短所(ちょうしょはたんしょ)
自分の長所を過信すると思わぬ失敗をすることがある。長所も時には短所になるということ。
提灯持ち川へはまる(ちょうちんもちかわへはまる)
人を導く役回りの者が、当人こそ真っ先につまずく。 他人の行く先にばかり目をやり、足元の危うさを見落としている。
長範が当て飲み(ちょうはんがあてのみ)
まだ手にしていない他人の金を見込んで、先に飲み食いしてしまう。 獲物を待ち構える段でもう祝杯を挙げ、そのまま討たれた盗賊の名にちなむ。
天狗の飛び損ない(てんぐのとびそこない)
日ごろ自慢している者が、油断して失敗してしまうことのたとえ。自由自在に飛び回る天狗が、何かの拍子に飛び損なってしまうということから。
どじを踏む(どじをふむ)
間の抜けた失敗をすること。
二兎を追う者は一兎をも得ず(にとをおうものはいっとをもえず)
一度に二つのものを手に入れようと欲張ると、結局どちらも手に入れられなくなることのたとえ。 一度に二匹のうさぎを捕えようとすると、結局一匹も捕らえられないことから。
二の舞を演じる(にのまいをえんじる)
前の人と同じ失敗を繰り返すこと。 「二の舞」は舞楽で、安摩(あま)という舞の次に、それを真似て演じる滑稽な舞のこと。 単に「二の舞」ともいう。
寝ていて転んだ例なし(ねていてころんだためしなし)
何もしなければ失敗することもないということ。
敗軍の将は兵を語らず(はいぐんのしょうはへいをかたらず)
失敗した者は、そのことについて弁解する資格がないということ。戦いに敗れた将軍は兵法について発言する資格はないとの意から。
走れば躓く(はしればつまずく)
物事は急ぐと失敗しやすいので、落ち着いてじっくり取り組めということ。 焦って走ると、躓(つまず)いて転んでしまうとの意から。
花も折らず実も取らず(はなもおらずみもとらず)
欲張って両方を手に入れようとして、結局どちらも得られないことのたとえ。
一口物に頬焼く(ひとくちものにほおやく)
ちょっとしたことに手を出して、意外な失敗をすることのたとえ。 一口で食べられるような食べ物で、口の中をやけどすることから。
人の過ち我が幸せ(ひとのあやまちわがしあわせ)
口には出せないが、他人の失敗は、自分には幸せなのだということ。
百日の説法、屁一つ(ひゃくにちのせっぽう、へひとつ)
長い間苦労してきたことが、わずかな失敗によって無駄になってしまうことのたとえ。 百日間も説いてきた説法も、お坊さんのおなら一つでありがたみがなくなってしまうとの意から。
百年の不作(ひゃくねんのふさく)
一生悔やまれる失敗。取り返しがつかないほどの失敗。特に結婚での失敗についていう言葉。
不覚を取る(ふかくをとる)
油断が原因となって失敗すること。
屁を放って尻窄める(へをひってしりすぼめる)
やってしまったあとで、体裁だけ整えにかかる。 もう戻せない段まで来てから小手先で繕おうとする、間の悪さをいう。
本丸から火を出す(ほんまるからひをだす)
内部から崩れて自滅することのたとえ。「本丸」は、城の中心部で、そこから火事を出すということから。
ホーマーにさえ眠いところがある(ほーまーにさえねむいところがある)
どんなにすぐれた人でも、時には失敗することがあるというたとえ。 ホメロスのような大詩人でさえ、時には眠くなるような凡作を作ることがあるとの意から。 「ホーマー」はホメロスの英語名。
墓穴を掘る(ぼけつをほる)
身を滅ぼしてしまうような原因を自ら作ることのたとえ。 「墓穴」は棺や骨壷を埋葬するための穴。 自分を葬るための墓穴を自ら掘るとの意から。
ボタンを掛け違える(ぼたんをかけちがえる)
食い違いや矛盾などがあったことに後になってから気づくこと。 衣服のボタンを掛けるときに一つ間違えるとその後が全てずれるということから。
襤褸を出す(ぼろをだす)
隠していた欠点や失敗などを見せてしまうこと。
前急ぎは後急ぎ(まえいそぎはあといそぎ)
先へと急ぎすぎると失敗が多いということ。
魔が差す(まがさす)
悪魔が心の中に入りこんでしまったかのように、一瞬の判断や行動を誤ってしまうこと。
ミイラ取りがミイラになる(みいらとりがみいらになる)
人を連れ戻しに出かけた者が帰って来ないことのたとえ。また、説得しようとした者が、逆に相手に同調してしまうというたとえ。
味噌を付ける(みそをつける)
失敗して面目を失うことのたとえ。
眼鏡が狂う(めがねがくるう)
ある物事や人物に対する判断をまちがえること。見損なうこと。
目のあるだけ不覚(めのあるだけふかく)
自分が犯した失敗には言い訳は通用せず、不注意や落ち度があったことを認めないわけにはいかないということ。 目があるにもかかわらず、見えなかったと言いのがれすることはできないとの意から。
元も子も失う(もともこもうしなう)
儲けを取り逃がしたうえに、出したぶんまで手元から消えること。もっぱら「元も子もない」の言い方で用いる。
文殊も知恵のこぼれ(もんじゅもちえのこぼれ)
頭の働く人であっても、どこか一つは取りこぼしが出るということ。 「こぼれ」は、こぼれ落ちること。知恵の徳を一身に負う文殊菩薩ですら、こぼし落とすものがあるという言い方。
火傷、火に怖じる(やけど、ひにおじる)
ひとたび火傷を負った者は、火を目にしただけで身がすくむ。 痛い目に遭わせたものそれ自体が恐ろしくなり、はたから見れば行き過ぎに映るほど身構えてしまうということ。
鑢と薬の飲み違い(やすりとくすりののみちがい)
ほんの一字の違いを取り違えたばかりに、早のみこみが思わぬしくじりを呼ぶ。 「やすり」の「や」を八に、「くすり」の「く」を九に当て、一つしか違わない数で調子よく言った言葉。
選れば選り屑(よればよりくず)
欲を出してあれこれ迷って選ぶと、かえって悪い物を選んでしまうということ。
喜んで尻餅をつく(よろこんでしりもちをつく)
物事が成功して有頂天になり、失敗を招いてしまうことのたとえ。
竜馬の躓き(りゅうめのつまずき)
どんなにすぐれた人でも、時には失敗することもあることのたとえ。 「竜馬」とは足の速い駿馬のこと。 駿馬も躓くことがあることから。
若気の過ち(わかげのあやまち)
若さから思慮に欠けた行動をしたために起こった失敗。
我が脛に鎌(わがすねにかま)
自らの行為によって自分を傷つけることのたとえ。
私としたことが(わたしとしたことが)
注意していた上で起こした失敗などを悔やんでいう言葉。
