「が」を含む故事・ことわざ・慣用句
「が」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 1359 件
摑み所がない(つかみどころがない)
そのもののを理解したり判断したりするための手掛かりがないこと。
付きが回る(つきがまわる)
運が巡ってくること。幸運が訪れること。
月に雨笠日笠なし(つきにあまがさひがさなし)
月にかさがかかれば必ず雨が降り、晴れの時は月にかさはかからないということ。
月雪花は一度に眺められぬ(つきゆきはなはいちどにながめられぬ)
よいことが全部一度にそろうことは、あり得ないというたとえ。月の出る晩に雪は降らないし、雪が降ると花は隠れて見えないし、花の咲く昼間に月は出ないということから。
月夜に提灯も外聞(つきよにちょうちんもがいぶん)
実際は不必要なことでも、世間体のためにしなければならないたとえ。月夜に提灯をともすような無駄なことも、世間体のために必要なこともあるということから。
付けが回って来る(つけがまわってくる)
悪事や手抜きなどの報いが後になって現れること。 後日、代金の請求が来るという意味から。
辻褄が合う(つじつまがあう)
話の内容などに、矛盾がなく一貫していること。
土が付く(つちがつく)
相撲で負けること。または、勝負事で負けること。
常が大事(つねがだいじ)
人はふだんの行いが大事だということ。
粒が揃う(つぶがそろう)
集まっている人や物がどれもすぐれている様子。
潰しが効く(つぶしがきく)
それまでの仕事を辞めても、別の仕事で働くことができる能力があること。 金属製品を溶かすと再利用できるとの意から。
罪が無い(つみがない)
純粋で悪気がなく憎めない様子。
罪の疑わしきは軽くし、功の疑わしきは重くす(つみのうたがわしきはかるくし、こうのうたがわしきはおもくす)
罪状が疑わしいときはなるべく罪を軽く、功績の疑わしいときはできるだけ手厚く賞するのがよいということ。 「罪の疑わしきは軽くせよ、功の疑わしきは重くせよ」ともいう。
面の皮が厚い(つらのかわがあつい)
他人に迷惑をかけても気にしない様子。図々しい。恥知らず。
手垢が付く(てあかがつく)
物事の方法や言葉などが長い間繰り返し使われ続けて、新鮮味がなくなること。 何度も使って手垢で汚れるということから。
亭主は達者で留守が良い(ていしゅはたっしゃでるすがよい)
亭主は元気で、外で働いてくれたほうが、女房は家でのんびりできるということ。
手が上がる(てがあがる)
技能が進歩すること。上達すること。 または、酒を飲む量が増えること。
手が空く(てがあく)
仕事が終わったり一区切りついたりして、時間に余裕ができること。 「手が透く」ともいう。
手が空けば口が開く(てがあけばくちがあく)
仕事がなくなり手が空けば、食べる物もなくなり口も開いてしまう。また、暇になればつい無駄話をしがちだということ。
手が入れば足も入る(てがいればあしもいる)
一度気を許すと次々と入り込まれることのたとえ。また、次第に深入りすることのたとえ。
手が後ろに回る(てがうしろにまわる)
罪を犯して警察に捕まること。 昔の罪人は手を後ろで縛られていたことから。
手が掛かる(てがかかる)
面倒なことが多く、労力や時間がかかること。世話が焼けること。
手が切れる(てがきれる)
相手とのそれまでの関係がなくなること。 または、紙幣などが新しい様子。
手が込む(てがこむ)
隅から隅まで細かく工夫がされていて手間が掛かっていること。 また、物事が複雑に入り組んでいること。
手が付かない(てがつかない)
時間に余裕がなく、その物事を始めることができないこと。 または、別のことが気がかりで集中できないこと。
手が付く(てがつく)
新しいものが使われ始めること。 または、下の立場の女性と肉体関係を持つこと。
手が付けられない(てがつけられない)
対処の仕方が分からずにどうすることもできないこと。
手が出ない(てがでない)
自分の能力を超えていて手立てがないこと。
手が届く(てがとどく)
能力や権力などが及ぶ範囲の内側にあること。 または、細かいところまで世話が行き渡ること。 また、もう少しで、とある年齢に達すること。
手が無い(てがない)
働き手が足りないこと。人手が足りないこと。 または、物事を解決する方法がないこと。
手が長い(てがながい)
他人の物を盗む癖があること。手癖が悪いこと。
手が入る(てがはいる)
他人が修正や補完をすること。 または、警察などが犯人の逮捕や事件の捜査のためにその場所へ立ち入ること。
手が離せない(てがはなせない)
やりかけている事があって、他の事をする余裕がないこと。 「手が塞がる」ともいう。
手が離れる(てがはなれる)
子どもが成長して、世話の必要がなくなること。 または、仕事が一区切りついて、関わりがなくなること。
手が早い(てがはやい)
すぐに暴力をふるうこと。 または、すぐに物事を処理することができること。 また、すぐに女性と関係を持つこと。
手が回らない(てがまわらない)
やることが多くて、他のことをする余裕がないこと。非常に慌ただしいこと。
手が回る(てがまわる)
犯罪者などが警察に手配されること。 または、配慮が隅々まで行き届くこと。
手が焼ける(てがやける)
手助けが必要で、手間がかかること。 「世話が焼ける」ともいう。
手癖が悪い(てくせがわるい)
他人の者を盗む癖があること。 または、女癖が悪いこと。 「手癖」は「てぐせ」とも読む。
てにをはが合わない(てにをはがあわない)
話の辻褄が合わないことのたとえ。 「てにをは」は助動詞のことで、それらが正しく使われていないということから。
手の施しようがない(てのほどこしようがない)
処置をする方法が全くないこと。
手前味噌で塩が辛い(てまえみそでしおがからい)
自分で自分のことを自慢すること。また、自慢話ばかりで聞き苦しいというたとえ。 「手前味噌」は自分で作った味噌のこと。 自分で作った味噌は塩辛くてもうまいと感じるとの意から。
手回しがいい(てまわしがいい)
事前の準備をしっかりと済ませること。
寺の隣に鬼が棲む(てらのとなりにおにがすむ)
この世の中は、善人と悪人が入り混じっているというたとえ。慈悲深い寺の隣に冷酷な鬼が棲んでいるということから。
手を翻せば雲となり、手を覆せば雨となる(てをひるがえせばくもとなり、てをくつがえせばあめとなる)
人の心の変わりやすいことのたとえ。 手のひらを上に向ければ雲がわき、手のひらを下に向けると雨が降るとの意から。
天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)
天地の間に自分にまさる尊大な者はいないということ。釈迦が誕生してすぐに七歩歩み、右手で天を指し、左手で地を指して唱えたといわれる言葉。「天下」は「てんが」とも読む。
天を怨みず人を尤めず(てんをうらみずひとをとがめず)
自分の身がどんなに不遇でも、天を恨んだり人をとがめたりしないで、自己の人格形成に努めるべきであるということ。
薹が立つ(とうがたつ)
人の盛りの時期が過ぎること。蕗など野菜の花軸が伸びて堅くなること。
豆腐に鎹(とうふにかすがい)
少しも手ごたえや効果がないことのたとえ。「鎹」は、材木をつなぎ止めるためのコの字型の釘のことで、豆腐に鎹を打っても何の効き目もないことから。
蟷螂が斧を以て隆車に向かう(とうろうがおのをもってりゅうしゃにむかう)
弱者が自分の力を考えずに強敵に向かうこと。無謀な行いのたとえ。 「蟷螂」はかまきり、「斧」はここではカマキリの前足こと。 「隆車」は大きな車のこと。 かまきりが前足を上げて、大きな車に立ち向かうとの意から。 単に「蟷螂の斧」ともいう。
遠ざかるほど思いが募る(とおざかるほどおもいがつのる)
人を思う気持ちは、遠く離れたりして会えないほど、強くなるということ。
通りがいい(とおりがいい)
一般の人に認められやすい。体裁がよい。または、わかりやすい。
研がずに鍛冶を恨むな(とがずにかじをうらむな)
何の努力もしないで、生まれた環境を恨んではいけない。真面目に自分を磨く努力をせよというたとえ。切れなくなった刃物を研ぎもせずに、それを作った鍛冶を恨んではいけないということから。
時の氏神(ときのうじがみ)
ちょうどよい時期に来て喧嘩の仲裁などをしてくれるありがたい人のこと。
時は得難くして失い易し(ときはえがたくしてうしないやすし)
好機はめったにめぐってこないし、油断するとすぐに去ってしまうということ。また、時は二度とめぐってこないので、わずかな時間も大切に過ごすべきであるということ。
得心が行く(とくしんがいく)
相手の言動に納得すること。
徳俵に足がかかる(とくだわらにあしがかかる)
追い詰められているさま。後がないさま。 「徳俵」は、相撲の土俵上の円の東西南北の四ケ所に設けられた俵一つ分の出っ張りのこと。 土俵上で内外の境界となる徳俵に足がかかることから、追い詰められた状態を表す。
所の神様ありがたからず(ところのかみさまありがたからず)
自分の身近にあり、よく知っているものは、そのありがたみが薄いというたとえ。
年が改まる(としがあらたまる)
新しい年になること。または、年号が変わること。
年が行く(としがいく)
ある程度の年齢になること。年を取ること。
年甲斐もない(としがいもない)
年齢に相応しくなく、愚かであること。
年が薬(としがくすり)
年を取るにつれて分別が身に付いてくるということ。 「年こそ薬なれ」ともいう。
年寄りと釘頭は引っ込むが良し(としよりとくぎがしらはひっこむがよし)
打った釘の頭が飛び出ていないほうがいいように、年よりもでしゃばらないほうがいいということ。
年寄りの言うことと牛の鞦は外れない(としよりのいうこととうしのしりがいははずれない)
経験豊富な年寄りの意見に間違いはないということ。 「鞦」は、馬や牛の尻にかけて鞍を固定する紐のこと。
とてもじゃないが(とてもじゃないが)
どうすることもできない、どうしても実現しない、という意味を表す言葉。 「とても」を強調した言い方。
隣の貧乏雁の味(となりのびんぼうがんのあじ)
人はとかく他人の不幸を願うものだということ。 隣の家が貧乏だと、まるで美味しい鴨でも食べているようないい気分になるとの意から。 「隣の貧乏雁の味」ともいう。
鳶が鷹を生む(とびがたかをうむ)
平凡な親から優れた子どもが生まれることのたとえ。 「とび」は「とんび」とも読む。 「鳶が孔雀を生む」ともいう。
止め処が無い(とめどがない)
次から次へと続いて、いつまでも終わらない様子。
虎を描いて狗に類す(とらをえがいていぬにるいす)
凡人が優れた人の真似をして、軽薄になることのたとえ。また、立派過ぎるものを求めて失敗することのたとえ。 虎を書こうとして犬の絵になってしまうということから。
虎を描いて猫に類す(とらをえがいてねこにるいす)
凡人が優れた人の真似をして、軽薄になることのたとえ。また、立派過ぎるものを求めて失敗することのたとえ。 「虎を描いて狗に類す」に同じ。
取り付く島がない(とりつくしまがない)
相手の態度が冷たく、相談や頼み事などをするためのきっかけがつかめないこと。 または、頼りとする所が一つもないこと。
取り留めがない(とりとめがない)
話に一貫性がないこと。まとまりがないこと。
鳥肌が立つ(とりはだがたつ)
恐怖や寒さなどによって、腕などの毛穴が収縮して、羽を毟(むし)った鳥のようになること。 また、近年では感動を表す言葉として用いられることもある。
堂が歪んで経が読めぬ(どうがゆがんできょうがよめぬ)
自分の怠慢や落ち度を棚に上げ、失敗を責任転嫁することのたとえ。また、理屈ばかりこねて実行が伴わないことのたとえ。仏堂が歪んで座りにくいから上手に経が読めないと、僧が言い訳する意から。
度が過ぎる(どがすぎる)
程度が許容される限度を越えていること。
度胸が据わる(どきょうがすわる)
何が起こっても動じない心が備わること。
何処を押せばそんな音が出る(どこをおせばそんなねがでる)
何を根拠にしてそのようなことをいうのか、という意味。 相手の常識外れの言い分を非難していう言葉。
どすが利く(どすがきく)
声や話し方に、相手を脅すような凄みがあること。
無いが意見の総仕舞(ないがいけんのそうじまい)
放蕩(ほうとう)や道楽(どうらく)は、金が尽きれば自然と収まるということ。 放蕩者は、どれだけ忠告しても金がある間は耳を貸さないが、金がなくなれば遊ぶこともできなくなり、忠告の必要もなくなることから。
ないが極楽、知らぬが仏(ないがごくらく、しらぬがほとけ)
貧しい者は贅沢を知らないので、欲に悩むこともなく幸せに暮らしていけるということ。