「ぬ」で終わる故事・ことわざ・慣用句
「ぬ」で終わる故事・ことわざ・慣用句 — 142 件
相対のことはこちゃ知らぬ(あいたいのことはこちゃしらぬ)
当人同士が決めたことは自分には無関係だということ。鮎(あゆ)、鯛(たい)、鯒(こち)の魚の名を語呂合わせにしたことば。
相手のない喧嘩はできぬ(あいてのないけんかはできぬ)
受けて立つ者がいなければ喧嘩は成り立たないから、喧嘩を売られても相手にするなというおしえ。
青表紙を叩いた者にはかなわぬ(あおびょうしをたたいたものにはかなわぬ)
きちんと学問に励んだ者にはかなわないというたとえ。「青表紙」は青い表紙を多く用いた四書五経などの経書のこと。
商人と屏風は直ぐには立たぬ(あきんどとびょうぶはすぐにはたたぬ)
屏風は折り曲げないと立たないのと同じように、商売も自分の感情や理屈を曲げて客の機嫌を損ねないようにしなければ繁盛しないということ。 「屏風と商人は直ぐには立たぬ」「商人と屏風は曲がらねば立たぬ」ともいう。
頭の上の蠅も追われぬ(あたまのうえのはえもおわれぬ)
自分自身のことさえ満足に出来ないことのたとえ。 自分の頭にたかる蠅さえ追い払えないという意味から。
頭禿げても浮気はやまぬ(あたまはげてもうわきはやまぬ)
年をとっても色気がなくならず、浮気心はおさまらないということ。
当たらぬ蜂には刺されぬ(あたらぬはちにはさされぬ)
自分から関わらなければ、災いや危険に巻き込まれることはないというたとえ。蜂の巣を突くなどして自ら危険に近づかない限り、刺されることはないことから。
徒花に実は生らぬ(あだばなにみはならぬ)
どんなに見かけがよくても、実質が伴わなくてはよい成果を上げることはできないということ。 「徒花」は、咲いても実を結ばずに散る花。 どんなに美しい花を咲かせようとも、実のならない徒花では仕方がないとの意から。
あちら立てればこちらが立たぬ(あちらたてればこちらがたたぬ)
一方に良いようにすれば、他方には悪く、どちらにも都合の良いようにするのは難しいということ。
後へも先へも行かぬ(あとへもさきへもいかぬ)
引くことも進むことも出来ず、動きがとれないようす。
慌てる蟹は穴へ入れぬ(あわてるかにはあなへはいれぬ)
何事も焦ったり慌てたりすると失敗するというたとえ。 「慌てる蟹は穴の口で死ぬ」ともいう。
言うに言われぬ(いうにいわれぬ)
言葉ではうまく表現することが出来ないこと。 また、差し障りがあり、言いたくても言うことが出来ないこと。
石に布団は着せられぬ(いしにふとんはきせられぬ)
親が死んでからでは、したくても孝行はできないということ。 「石」は墓石のことで、墓石に布団を着せても何の役にも立たないことから。
痛いのは辛抱しても痒いのは辛抱できぬ(いたいのはしんぼうしてもかゆいのはしんぼうできぬ)
痒みは、どうにも我慢できないということ。
一度死ねば二度死なぬ(いちどしねばにどしなぬ)
人間死ぬのは一度きりと、事に当たる時決死の覚悟を決めて自分自身に言い聞かせることば。
一度焼けた山は二度は焼けぬ(いちどやけたやまはにどはやけぬ)
一度災いに遭うと二度と同じ災いに遭うことはないと、災難に遭った人を慰めて言うことば。
一升徳利に二升は入らぬ(いっしょうどっくりににしょうははいらぬ)
ものには限界があり、それ以上を望んでも無理だということ。 一升入りの徳利に二升は入らないとの意から。
犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ(いぬはみっかかえばさんねんおんをわすれぬ)
犬は三日間餌をやってかわいがれば三年間恩を忘れない。犬でさえそうなのだから、人間は受けた恩を忘れてはいけないという戒めの言葉。
言わぬことは聞こえぬ(いわぬことはきこえぬ)
口に出して言わなければ、相手に伝わらず理解させることができないということ。
打たねば鳴らぬ(うたねばならぬ)
何もしなければ何も生まれない。何事も行動しなければ成果はでないということ。
うだつが上がらぬ(うだつがあがらぬ)
逆境から抜け出せずに地位や生活がよくならにことのたとえ。 「うだつ」は梁の上に立てて棟木を支える短い柱のこと。 棟木に押さえられて頭が上がらない、出世できないとの意から。
家の前の痩せ犬(うちのまえのやせいぬ)
後ろ盾がある時はいばり、ない時は意気地がない人のたとえ。痩せて弱い犬も飼い主の家の前では威張って吠えることから。
独活の大木柱にならぬ(うどのたいぼくはしらにならぬ)
身体ばかり大きくて何の役にも立たない人のたとえ。 「独活」は植物の名。 独活は木のように大きくなるが、茎が柔らかいため材木にはならないことから。 「独活の大木柱にならぬ」ともいう。
海の物とも山の物ともつかぬ(うみのものともやまのものともつかぬ)
この先どうなるか見当がつかないこと。また、正体がわからないこと。
有無を言わせぬ(うむをいわせぬ)
相手の承知不承知に関係なく。無理やりに。否応なしに。
売られた喧嘩は買わねばならぬ(うられたけんかはかわねばならぬ)
自分の身に危険が迫ってくれば、それを防がなければならないというたとえ。
瓜の蔓に茄子は生らぬ(うりのつるになすびはならぬ)
一つの原因からは、それ相応の結果しか生まれないということ。また、平凡な親からは、非凡な子どもは生まれないということのたとえ。
漆は剝げても生地は剝げぬ(うるしははげてもきじははげぬ)
人の持って生まれた素質は変わることはないというたとえ。 漆器の表面の漆は剝げ落ちても、下の生地は剝げることはないことから。
浮気と乞食はやめられぬ(うわきとこじきはやめられぬ)
悪い習慣はあらためにくいということ。 浮気も乞食も一度味をしめたらやめられないとの意から。 「浮気」と「乞食」の「き」を語呂合わせしたもの。
江戸っ子は宵越しの銭は使わぬ(えどっこはよいごしのぜにはつかわぬ)
江戸っ子はその日に稼いだお金はその日のうちに使ってしまうということ。江戸っ子の気前のよさを自慢して言った言葉。
得も言われぬ(えもいわれぬ)
言葉では何とも言い表すことが出来ない。
老い木は曲がらぬ(おいきはまがらぬ)
老人の頑固さのたとえ。 また、欠点は若いうちになおさないと年をとってからでは手遅れであるということ。 老木は弾力性に乏しく曲げようとしても曲がらないことから。
お医者様でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせぬ(おいしゃさまでもくさつのゆでもほれたやまいはなおりゃせぬ)
恋の病は、医者の出す薬や温泉でも治せないというたとえ。 「草津」は「有馬」ともいう。
押しも押されもせぬ(おしもおされもせぬ)
実力が十分に備わり、その立場にふさわしい威厳があること。
遅い助けは助けにならぬ(おそいたすけはたすけにならぬ)
時機を逸しては、せっかくの助勢も役に立たないということ。
親の十七、子は知らぬ(おやのじゅうしち、こはしらぬ)
親は自分が未熟だった若い頃の失敗談などをしないから、子どもにはわからない。完全なふりをして子どもに意見する親を皮肉っていう言葉。
泳ぎ上手は川で死ぬ(およぎじょうずはかわでしぬ)
自分の力を過信するあまり、得意なことで失敗してしまうことのたとえ。 泳ぎの上手な人が油断して、川で死んでしまうことがあるとの意から。
女ならでは夜は明けぬ(おんなならではよはあけぬ)
女がいなければ何事もうまくいかないということ。 天照大神が天岩戸に隠れて世の中が暗くなった時、天鈿女命の舞踊で岩戸を開けることができたという故事から。 「日の本は女ならでは夜が明けぬ」ともいう。
頭が動かねば尾が動かぬ(かしらがうごかねばおがうごかぬ)
上に立つ者がすすんんで行動しなければ、下の者は働かないというたとえ。
片手で錐は揉まれぬ(かたてできりはもまれぬ)
物事を成し遂げるためには、力を合わせることが大事だということ。 穴をあけるための錐は片手では揉むことができないとの意から。
金に糸目を付けぬ(かねにいとめをつけぬ)
惜しみなく金を使うようす。 「糸目」は凧の表面につけて引き締めるための糸。 糸目を付けない凧が飛ぶように金を使うことから。
蚊の食う程にも思わぬ(かのくうほどにもおもわぬ)
影響などをまったく受けないということ。
義理と褌、欠かされぬ(ぎりとふんどし、かかされぬ)
男が常に身につけている褌のように、世間に対する義理は欠くことのできない大事なものだということ。
食い溜め寝溜めは何にもならぬ(くいだめねだめはなんにもならぬ)
余分に食べたり寝たりしても、時間が経てば腹も空くし眠くもなるので無駄であるということ。
食いつく犬は吠えつかぬ(くいつくいぬはほえつかぬ)
自信や実力のある者はむやみに騒ぎ立てたりしないというたとえ。 臆病な犬はむやみに吠えるが、強い犬はむやみに吠えたりせず行動に出るということから。
薬は毒ほど効かぬ(くすりはどくほどきかぬ)
よい事は、悪い事ほど強い影響を及ぼさないというたとえ。
朽ち木は柱にならぬ(くちきははしらにならぬ)
朽ちた木が柱にならないように、心の腐った者は使いものにならないというたとえ。
毛のない犬(けのないいぬ)
人情や良心がない人のたとえ。 体に毛がないことだけが、猿との違いだとの意から。 「毛のない犬」ともいう。
下種の口に戸は立てられぬ(げすのくちにとはたてられぬ)
品性の卑しい人間は、人の迷惑など考えず勝手なことをいいふらすが、防ぎようがないということ。
ここばかりに日は照らぬ(ここばかりにひはてらぬ)
太陽が照っているのはここだけではない。つまり、どこに行っても生活できる所はあるという意で、うまくいかなくなって出て行く時の捨て台詞。
乞食を三日すればやめられぬ(こじきをみっかすればやめられぬ)
悪い習慣が身についてしまうと、なかなか抜けられないというたとえ。 気楽な乞食の暮らしを三日も経験したならばやめることはできないとの意から。 「乞食を三日すれば忘れられぬ」ともいう。
言伝は荷にならぬ(ことづてはににならぬ)
人から頼まれた伝言は、荷物にもならないたやすい事だということ。
子は産むも心は生まぬ(こはうむもこころはうまぬ)
親は子どもは生んでも、その子の心まで産むわけではないから、心が親に似ていなくても当然だということ。
転がる石には苔が生えぬ(ころがるいしにはこけがはえぬ)
活発に行動をしている人は常に健康で生き生きしていられることのたとえ。また、転職や転居を繰り返す人は地位も得られず金も貯まらないことのたとえ。 「転石苔を生せず」「転石苔むさず」ともいう。
衣ばかりで和尚はできぬ(ころもばかりでおしょうはできぬ)
形だけ整っていても役に立たないということ。また、人は見かけだけでは判断できないということ。 僧衣をまとっただけでは僧侶にはなれないとの意から。
災難なら畳の上でも死ぬ(さいなんならたたみのうえでもしぬ)
災難はいつどこで起こるかわからないということ。 安全な畳の上でも滑って転び、打ち所が悪くて死ぬことがあるとの意から。
猿は人間に毛が三筋足らぬ(さるはにんげんにけがみすじたらぬ)
猿は利口で人間にきわめて近い動物だが、人間に知恵が及ばないのは毛が三本足りないからだということ。 また、「毛が三本」ではなく、「見分け(判断・配慮する力)」「情け(思いやる心)」「やりとげ(物事をやり遂げる力)」の三つ、または「色気」「情け」「洒落っ気」」の三つが足りないとする説もある。 「三筋」ではなく「三本」ともいう。
四十過ぎての道楽と七つ下がって降る雨は止みそうで止まぬ(しじゅうすぎてのどうらくとななつさがってふるあめはやみそうでやまぬ)
中年になってから始めた道楽と、七つ下がりに降り出した雨は、なかなかやまないということ。「七つ下がり」は午後四時過ぎのこと。
沙弥から長老にはなれぬ(しゃみからちょうろうにはなれぬ)
物事には順序があり、一足飛びには上に進めないというたとえ。「沙弥」は仏門に入ったばかりの修行未熟な若い僧、「長老」は徳の高い僧。
知らぬ存ぜぬ(しらぬぞんぜぬ)
自分は何一つ知らないということを主張する言葉。
自慢の糞は犬も食わぬ(じまんのくそはいぬもくわぬ)
誰にも相手にされないこと。 自慢をする者はまわりの人に嫌われ、糞をかぎ回る犬でさえ、そういう人間の糞は避けるという意味から。
次郎にも太郎にも足りぬ(じろうにもたろうにもたりぬ)
中途半端で使いみちがないこと。
急かねば事が間に合わぬ(せかねばことがまにあわぬ)
事を急ぐと失敗しやすいとわかっているが、急がなければ間に合わず、役に立たないということ。
背に腹は代えられぬ(せにはらはかえられぬ)
大事のためには、犠牲を払うのもやむを得ないというたとえ。 腹には大切な臓器が詰まっており、その腹を守るためであれば背中が犠牲になってもやむを得ないとの意から。 「背より腹」ともいう。
喪家の狗(そうかのいぬ)
元気がなくてやつれている人のたとえ。 または、身を寄せるところがなく、放浪している人のたとえ。 「喪家」は喪中の家のこと。 「狗」は動物の犬のこと。 葬式をしている家は忙しいので、犬に餌をやり忘れてしまい犬がやせてしまうという意味から。 また、一説に家を失った犬や宿無しの犬のことをいうこともある。
袖の下に回る子は打たれぬ(そでのしたにまわるこはうたれぬ)
叱られて逃げるような子は追いかけてでも打ちたくなるが、叱られてもすがりついてくる子は、かわいくて打てないということ。
畳の上で死ぬ(たたみのうえでしぬ)
事故死や変死などではなく、自分の家で穏やかに死ぬ。
蓼の虫は蓼で死ぬ(たでのむしはたででしぬ)
習い覚えた仕事を一生続け、他の仕事に移らないことのたとえ。辛い蓼の葉を好んで食べる虫は、辛くない他の草に移ろうとはせず、一生蓼を食べ続けるということから。
他人の飯を食わねば親の恩は知れぬ(たにんのめしをくわねばおやのおんはしれぬ)
親元を離れ、他人と暮らし、世間で苦労してみなければ、親の恩は知れないということ。
抱いた子の塵を食うを知らぬ(だいたこのちりをくうをしらぬ)
内輪のことには案外気が回らないというたとえ。 抱いている子どもが、ごみを口に入れても気がつかないことがあるとの意から。
小さくとも針は呑まれぬ(ちいさくともはりはのまれぬ)
小さいからといって侮ってはいけないという戒め。 いくら小さくても針をのみこむことはできないことから。
知恵と力は重荷にならぬ(ちえとちからはおもににならぬ)
知恵と力はありすぎても重荷にならず、たくさんあるほうがいいということ。
地が傾いて舞が舞われぬ(ちがかたむいてまいがまわれぬ)
言い訳ばかりして実行に移さないこと。また、状況や環境の不備を理由に、自らの責任を回避しようとすること。 「舞が舞えないのは地面が傾いているせいだ」という発想に由来する言葉。
朔日ごとに餅は食えぬ(ついたちごとにもちはくえぬ)
世の中はいつもいい事ばかりあるとは限らないというたとえ。 正月に餅が食べられても、毎月の朔日(ついたち)に餅が食べられるわけではないという意。
杖の下に回る犬は打てぬ(つえのしたにまわるいぬはうてぬ)
自分を慕ってくるものには残酷な仕打ちはできないということ。 追い払おうと振り上げた杖の下に、甘えてじゃれついてくる犬は人情として打つことはできないとの意から。
月雪花は一度に眺められぬ(つきゆきはなはいちどにながめられぬ)
よいことが全部一度にそろうことは、あり得ないというたとえ。月の出る晩に雪は降らないし、雪が降ると花は隠れて見えないし、花の咲く昼間に月は出ないということから。
釣った魚に餌はやらぬ(つったさかなにえさはやらぬ)
親しい間柄になったあとは、相手の機嫌をとる必要はないということ。多く男女の仲についていう。
壷の中では火は燃えぬ(つぼのなかではひはもえぬ)
壷の中では火が燃えないように、人は狭い窮屈な場所では十分な働きができない。仕事をするには、それなりの環境が必要だというたとえ。
梃子でも動かぬ(てこでもうごかぬ)
どんな手段を用いても、絶対にその場から動かないことのたとえ。 または、どんな事があっても、頑として言うことをきかないことのたとえ。 梃子は小さな力で大きなものを動かすことができるが、その梃子を用いても動かすことができないことから。
所の法には矢は立たぬ(ところのほうにはやはたたぬ)
その土地の定めは、たとえ不合理と思っても、そこにいるかぎりは従うしかないということ。