「危険」に関連する故事・ことわざ・慣用句 — 87 件
「危険」に関連する故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。全87件を五十音順に掲載しています。
ことわざ一覧(五十音順)
赤信号が付く(あかしんごうがつく)
事態が差し迫り、緊急に対策を立てる必要がある状態になる。
秋の鹿は笛に寄る(あきのしかはふえによる)
恋のために身を滅ぼすことのたとえ。また、弱みにつけこまれて危険な目に遭うことのたとえ。秋の発情期、雌鹿の鳴き声に似た笛に雄鹿がおびき寄せられて、人間に捕らえられることから。
足下に火が付く(あしもとにひがつく)
身に危険や災難が差し迫り、一刻の猶予もなくなった状態のたとえ。 「足下から火が付く」ともいう。
頭から火が付く(あたまからひがつく)
危険や災難がすぐ目の前まで迫っていることのたとえ。
当たらぬ蜂には刺されぬ(あたらぬはちにはさされぬ)
自分から関わらなければ、災いや危険に巻き込まれることはないというたとえ。蜂の巣を突くなどして自ら危険に近づかない限り、刺されることはないことから。
危ないことは怪我のうち(あぶないことはけがのうち)
危ないことには、はじめから近寄るなという教え。 危険なことはもう怪我の圏内に入るとの意から。
危ない橋も一度は渡れ(あぶないはしもいちどはわたれ)
安全な方策ばかりとっていたのでは、成功することはできない。時には危険を冒してやってみるのも必要だということ。
危ない橋を渡る(あぶないはしをわたる)
危険な手段をとることのたとえ。 いまにも落ちそうな危険な橋を渡ることから。
雨垂れは三途の川(あまだれはさんずのかわ)
家から一歩出れば、どんな災難や危険が待ちかまえているかわからないということ。 軒下から落ちる雨だれを、あの世とこの世の堺である三途の川に見立てて、家から一歩出たら十分に注意せよとの戒めのことば。
危うきこと累卵の如し(あやうきことるいらんのごとし)
丸い殻を幾つも上へ積んだ形を持ち出して、いま置かれた際どさを言い表す。国や家が危ういところまで来ていると人に告げる場面で使われ、下の一つが抜ければ上まで残らず落ちる。
石を抱きて淵に入る(いしをいだきてふちにいる)
自分から進んで災難や危険を招くようなことをするたとえ。自ら石を抱いて、川の深みに入るような無謀なことをするとの意から。
板子一枚下は地獄(いたごいちまいしたはじごく)
船乗りという仕事の危険なことのたとえ。「板子」は和船の底に敷く板。その板の下は、落ちれば死につながる恐ろしい海だということから。
一髪、千鈞を引く(いっぱつ、せんきんをひく)
非常に危険なことのたとえ。 「鈞」は重さの単位で約6.7キログラム。「千鈞」は非常に重いことのたとえ。 一本の髪の毛で、千鈞の重さがある物を引っ張ることから。
命あっての物種(いのちあってのものだね)
何事も命があるからこそできる。だから命に関わるような危険なことはなるべく避けたほうがいいということ。 「物種」は物の根源の意。
命知らず(いのちしらず)
死を恐れずに物事を行うこと。また、そのような人。
飢えたる犬は棒を恐れず(うえたるいぬはぼうをおそれず)
腹が減れば、その先に待つ痛みは目に入らなくなる。 食い詰めた者が向こう見ずに動くのは、失うものより飢えのほうが先に立つからである。
魚の釜中に遊ぶが如し(うおのふちゅうにあそぶがごとし)
危険が迫っていることも知らずにのんきにしていることのたとえ。また、死が迫っていることのたとえ。 やがて煮られることも知らずに魚が釜の中をのんびり泳いでいることから。 「釜中の魚」ともいう。
烏鵲の智(うじゃくのち)
遠い先のことばかり心配して、すぐそばに危険が迫っていることに気がつかない愚かさのたとえ。 「烏鵲」はカササギのこと。 カササギは、強風の吹くことが多い年には、高い枝ではなく低い枝に巣を作るが、そのために人からひなや卵をとられる危険があることには気づかないとの意から。
美しい花には棘がある(うつくしいはなにはとげがある)
美しいものには人を傷つける一面があるということ。
旨い事は二度考えよ(うまいことはにどかんがえよ)
うまい話には裏があったり危険が伴うことがあるので、すぐに飛びつかずにじっくり考えるのがよいという戒めの言葉。
売られた喧嘩は買わねばならぬ(うられたけんかはかわねばならぬ)
自分の身に危険が迫ってくれば、それを防がなければならないというたとえ。
溺れる者は藁をも摑む(おぼれるものはわらをもつかむ)
危険が差し迫っているときは、頼りにならないものにまで頼ろうとするということ。 溺れかけている者は、水に浮かぶ藁のような頼りないものにもすがりついて助かろうとするとの意から。
風の前の塵(かぜのまえのちり)
物事のはかないことのたとえ。また、危険が間近に迫っていることのたとえ。塵は風にひとたまりもなく吹き飛ばされてしまうことから。
火中の栗を拾う(かちゅうのくりをひろう)
得をするのは他人ばかりだというのに、おだてに乗って危ない仕事に手を出すことのたとえ。 猿にうまく持ちあげられた猫が、炉で焼けている栗を前足でかき出しては足を焼き、その栗はそばで猿にすっかり食べられてしまうという話による。
剃刀の刃を渡る(かみそりのはをわたる)
非常に危険で、失敗したら身を損ない兼ねない行動をすること。
間一髪(かんいっぱつ)
事態が非常に差し迫っていること。寸前のところ。 髪の毛一本ほどの狭い隙間のことから。
頷下の珠(がんかのたま)
身の危うさと引き換えにしなければ得られない、またとない品。 驪竜という竜の顎の下にある珠を、眠っている隙に持ち帰った子へ、父が「目を覚ましていたら体は残らなかった」と諭した話から。
危急存亡の秋(ききゅうそんぼうのとき)
生き残るか滅びるかの大きな岐路に立たされている時。「秋」は重大な時期の意。
危殆に瀕する(きたいにひんする)
きわめて危ない状態になること。大きな危険にさらされること。「危殆」は、非常に危ないこと。
危邦に入らず乱邦に居らず(きほうにいらずらんぽうにおらず)
乱れた国に身を寄せてはならず、危うくなった国からは早々に退く。 世情の荒れた土地と関わりを断つのが、身を全うするいちばんの道だという説き方。
肝を冷やす(きもをひやす)
非常に驚いてぞっとする。身の危険を感じてひやりとする。
九死に一生を得る(きゅうしにいっしょうをえる)
まず生きて戻れまいという瀬戸際を切り抜けて、辛くも生き延びること。 「九死」は十のうち九まで死に傾いていること。残る一つの目に賭けて助かる意。
食い付き馬に乗ったよう(くいつきうまにのったよう)
危険なことをやめることができないたとえ。 食いつく癖のある馬に乗ると、乗っているのも危ないが、降りると馬に食いつかれるので降りられないとの意から。
君子、危うきに近寄らず(くんし、あやうきにちかよらず)
徳のある人は自分を大事にするので、危険なことには決して近づかないということ。
口中の虱(こうちゅうのしらみ)
逃げ場がなくて、非常に危険なことのたとえ。 口の中のしらみは、逃げ場がないため簡単に噛み殺されることから。
虎穴に入らずんば虎子を得ず(こけつにいらずんばこじをえず)
危険なことも避けていては、大きな成功は得られないということ。 虎の住む穴に入らなければ、虎の子をつかまえることは出来ないとの意から。
虎口を脱する(ここうをだっする)
危険な状態からやっとのことで逃れること。「虎口」は、虎の口のように危険な場所の意。
虎口を逃れて竜穴に入る(ここうをのがれてりゅうけつにいる)
次から次へと災難にあうことのたとえ。 虎に食われる危険から逃れたら、今度は竜の住む穴に入り込んでしまうことから。
炬燵で河豚汁(こたつでふぐじる)
大事をとりながら危険なことをするという矛盾した行為のたとえ。炬燵でゆっくり休養しながら、危険な河豚汁を食べることから。
子供川端、火の用心(こどもかわばた、ひのようじん)
子どもが川に落ちないように注意することと、火の用心をすることが大事だということ。
鞘走りより口走り(さやばしりよりくちばしり)
失言は鞘走りよりも危険であるということ。 「鞘走り」は刀の鞘が緩いために刀が抜け出ること。
死活に関わる(しかつにかかわる)
生きるか死ぬかというほどに重大であること。
死線をさまよう(しせんをさまよう)
生きるか死ぬかの危険な状態が続くこと。
焦眉の急(しょうびのきゅう)
危険が差し迫っていること。また、事態が切迫していること。 「焦眉」は眉毛がこげること。 眉毛がこげるほど近くまで火が迫っているとの意から。 「眉(眉毛)に火がつく」ともいう。
深淵に臨むが如し(しんえんにのぞむがごとし)
足元がすぐ切れ落ちている場所に、そのまま身を置いている。 また、底の知れない所を前にしたときと同じく、一挙一動を確かめながら事に当たること。
深淵に臨んで薄氷を履むが如し(しんえんにのぞんではくひょうをふむがごとし)
片や底の見えない淵、片や割れかけた氷。 どちらへ動いても後戻りのきかない場所に立たされた心持ちをいう。 目に見える危うさは誰でも避けるのに、政の危うさのほうは見落とすと戒める文脈で使われた句。
地獄の一丁目(じごくのいっちょうめ)
きわめて恐ろしい所のたとえ。また、悪の道や破滅に向かう始まりのたとえ。「一丁目」は入り口の意。
地獄の上の一足飛び(じごくのうえのいっそくとび)
きわめて危険な行為のたとえ。
水火も辞せず(すいかもじせず)
痛い目に遭おうと身が危うくなろうと、しりごみせずにやってのけることのたとえ。荒れる水にのまれることも、炎に身を焼かれることも承知のうえだ、という言い方。
水火を踏む(すいかをふむ)
逃れようのない責め苦のただなかに置かれること。また、命が危うい場へあえて踏み入ること。奔る流れと猛る火の上を素足で行く、の意から。
瀬を踏んで淵を知る(せをふんでふちをしる)
前もって試して、どんな危険があるかを察知することのたとえ。まず浅瀬を渡ってみて、深い淵の位置を知るということから。
千金の子は市に死せず(せんきんのこはいちにしせず)
金持ちの子は、罪を犯しても金の力によって死罪を免れ、町中で処刑されるようなことにならない。また、金持ちの子は、金の力で危険を防ぐことができるので、町中で悪者に殺されるようなことはないということ。金さえあれば身を守ることができるということを皮肉った言葉。「千金」は金持ち、「市」は町の意。
千里の野に虎を放つ(せんりののにとらをはなつ)
後々の禍のたねになるものを、手もつけずに放り出しておくたとえ。 果てしなく広がる野へ虎を解き放てば、もう捕らえようがない。「虎を野に放つ」ともいう。
俎上の魚江海に移る(そじょうのうおこうかいにうつる)
危機的な状況から脱して安全な場所に移ること。 まな板の上の魚が川や海に逃げるという意味から。 「俎」はまな板のこと。 「江海」は川や海のこと。
ダモクレスの剣(だもくれすのけん)
栄華というものも、不安定で常に危険が迫っていることのたとえ。 「ダモクレス」とは、シチリア島のシラクサの国王ディオニュシオスの家臣ダモクレスのこと。 ダモクレスはいつも王位をうらやましく思っていた。 そこで、王はある晩餐でダモクレスに自身の席である王座に座るように勧めた。 王座に座ったダモクレスがふと上を見上げると、天井から今にも切れそうな細い糸で剣が吊るされていた。 それを見たダモクレスは慌ててその場から逃げ出した。 王という立場には常に危険があるということを玉座に座らせることで示し、ダモクレスもそれを理解したという故事から。
鎮守の沼にも蛇は棲む(ちんじゅのぬまにもへびはすむ)
どれほど清らかに見える場所にも、油断のならない相手はまぎれ込んでいるものだ。 神を祀る杜の沼にさえ、蛇はとぐろを巻いている。「鎮守」は、その土地に祀られて村を守る神。また、その社。
綱渡りをする(つなわたりをする)
少しの失敗で全てが駄目になるような危険な物事に挑むこと。
燕の幕上に巣くうがごとし(つばめのばくじょうにすくうがごとし)
いつ足をすくわれてもふしぎでない、ひどく不安定な身の上。燕が垂れ幕へ巣を掛けるのと同じで、幕がひとたび揺れれば落ちる。
剣の刃を渡る(つるぎのはをわたる)
研ぎ澄まされた刃の上を、素足のまま歩いて渡る。 一歩ごとに身を裂かれかねない場へ、あえて踏み込むことをいう。
手に汗を握る(てにあせをにぎる)
危険な状態や緊迫したことを前にして、緊張したり、興奮したりする様子。
峠を越す(とうげをこす)
物事の最も盛んな時期や危険な時期を過ぎること。 「山を越す」ともいう。
虎の尾を踏む(とらのおをふむ)
非常に危険なことをすることのたとえ。 「危うきこと虎の尾を踏むが如し」ともいう。
飛んで火に入る夏の虫(とんでひにいるなつのむし)
自分から進んで危険や災難の中に飛び込んでいくことのたとえ。 灯火の明るさに引き寄せられて飛んできた夏の虫が、火に飛び込んで焼け死んでしまうとの意から。
生兵法は大怪我の基(なまびょうほうはおおけがのもと)
中途半端な知識や技術で物事を行うことはきわめて危険であるというたとえ。 「生兵法」は、未熟な兵法や武術のこと。また、十分身についていない知識や技術のこと。 中途半端に身につけた兵法や武術は、頼りになるどころか、かえって大けがの原因になるとの意から。 「生兵法は大疵(おおきず)の基」ともいう。 「基」は「元」とも書く。
猫に鰹節(ねこにかつおぶし)
油断できない状況、危険な状況のたとえ。 猫のそばに好物の鰹節を置くことから。
白刃前に交われば流矢を顧みず(はくじんまえにまじわればりゅうしをかえりみず)
目の前で刀を交えて激しく戦うような切迫した状況では、どこから飛んでくるか分からない流れ矢などを気にしている余裕はないということ。 重大な事態や大きな難局に直面すると、些細な危険や小事を顧みていられないことのたとえ。
薄氷を履むが如し(はくひょうをふむがごとし)
足を乗せた先がいつ抜けても不思議のない場所へ、そろそろと踏み出していく。 息を詰めて一歩ずつ運ばねばならない、張り詰めた場面をいう。
馬鹿程怖いものはない(ばかほどこわいものはない)
この世で最も恐ろしいのは、わきまえを持たない者である。筋道を踏まえずに動くので、次にどう出るかが誰にも読めず、そばにいる者まで巻き添えにする。
博打を打つ(ばくちをうつ)
失敗する可能性が高いと分かった上で成功することに期待してやってみること。
薔薇に棘あり(ばらにとげあり)
美しい薔薇に棘があるように、美しいものには人を傷つける一面があるということ。
干潟の鰯(ひがたのいわし)
自滅するのを待つしかないことのたとえ。 干潟に取り残された鰯は死ぬしかないとの意から。
一つ間違えば(ひとつまちがえば)
一つでも悪いことがあれば最悪の事態になる可能性があることを表す言葉。
百丈の木に登って一丈の枝より落つる(ひゃくじょうのきにのぼっていちじょうのえだよりおつる)
気が緩んだ時に、危険が潜んでいるから気をつけよという戒めの言葉。高い木に登った時は用心しているので落ちることはないが、低い所まで降りると油断して落ちるということから。
風前の灯火(ふうぜんのともしび)
危険が差し迫り、危ういことのたとえ。風の吹き付ける所にある灯の意から。
袋の鼠(ふくろのねずみ)
どうやっても逃げることができない状態。 「袋の中の鼠」ともいう。
河豚食う馬鹿、食わぬ馬鹿(ふぐくうばか、くわぬばか)
河豚(ふぐ)には毒があるのでむやみに食べるのも愚かだが、毒を恐れておいしい河豚を食べないのも愚かであるということ。 「河豚食う無分別河豚食わぬ無分別」ともいう。
河豚は食いたし命は惜しし(ふぐはくいたしいのちはおしし)
おいしい河豚は食べたいが、毒にあたって命を落とすのが怖くて手が出せない。いい思いはしたいが、あとのたたりが怖くてためらうことのたとえ。
降りかかる火の粉は払わねばならぬ(ふりかかるひのこははらわねばならぬ)
自分の身に危険が迫れば、積極的にその危険を退けなければならないというたとえ。自分の体に降りかかってくる火の粉は、払わなければ火傷してしまうということから。
噴火山の上で踊る(ふんかざんのうえでおどる)
極めて危険な状態におかれていることに気がつかず、好き勝手なことをしていることのたとえ。 ナポレオン没落後のフランスで、貴族たちが毎夜のように舞踏会を開き、民衆の不満がつのり政情が悪かった時に、サルバンディ伯が言ったと伝えられる「我々は噴火山の上で踊っているのだ」という言葉から。
下手をすると(へたをすると)
成り行き次第で悪い結果になりかねないということを表す言葉。 「下手すると」ともいう。
三つ子に剃刀(みつごにかみそり)
非常に危険なことのたとえ。 「三つ子」は、三歳児のこと。 三歳児ほどの幼い子に剃刀を持たせるとの意から。
命を知る者は巌牆の下に立たず(めいをしるものはがんしょうのもとにたたず)
天から与えられた務めをわきまえた者は、崩れそうな塀の下には近寄らない。 「巌牆」は今にも崩れそうな岩壁や土塀のことで、進んで危地に身をさらさない心構えをいう。
諸刃の剣(もろはのつるぎ)
使い方によっては非常に役に立つが、同時に大きな害を与える危険のあるもののたとえ。両辺に刃のついた剣は、相手を斬ることも出来るが、自分をも傷つける恐れのあることから。「諸刃」は「両刃」とも書き、「りょうば」とも読む。
竜の頷の珠を取る(りゅうのあぎとのたまをとる)
望みを遂げるために、命がけの橋を渡ること。 竜が顎の下に隠し持つという珠を、その口もとから奪う図から。「頷」はあご。
竜の髭を撫で虎の尾を踏む(りゅうのひげをなでとらのおをふむ)
恐ろしい竜の髭を撫でたり、虎のしっぽを踏んだりするような、大変危険なことをするたとえ。
両刃の剣(りょうばのつるぎ)
使い方によっては非常に役に立つが、同時に大きな危険を招くおそれもあるもののたとえ。両辺に刃のついた剣は、相手を斬ることも出来るが、自分をも傷つける恐れのあることから。「両刃」は「諸刃」とも書き、「もろは」とも読む。
累卵の危うき(るいらんのあやうき)
少し傾いただけで総崩れになる、そういう支えの利かない形にはまり込んでいること。持ちこたえているのは今この瞬間だけで、次の一押しに耐える余地が残っていない。 「累卵」は、丸い卵を上へ上へと重ねたもの。 魏から秦へ逃れた范雎が、いまの秦は卵を積み上げたように危うい、自分を用いればこそ安らかになると説き、昭王に取り立てられた。
