「時」を含む故事・ことわざ・慣用句 — 106 件
「時」を含む漢字が使われている故事・ことわざ・慣用句を一覧で紹介します。各語を選択すると意味・読み方などの詳細を確認できます。
故事・ことわざ・慣用句一覧
挨拶は時の氏神(あいさつはときのうじがみ)
喧嘩や言い争いの間に人が入ってくれたら、その口ぞえに従って引き下がるほうがよい。 当人どうしでは引っ込みがつかなくなるところへ折よく現れてくれるのだから、土地の守り神が助けに来たものと思って受けよ、という言い方。 「挨拶」は、間に立って取り持つこと。「仲裁は時の氏神」ともいう。
朝顔の花一時(あさがおのはなひととき)
物事の盛りが短く、はかないことのたとえ。朝咲いた朝顔の花が昼を待たずにしぼんでしまうことから。
朝の一時は晩の二時に当たる(あさのひとときはばんのふたときにあたる)
朝は仕事がはかどるので、なるべく早く起きて働けということ。 「一時」は昔の時刻の数え方で、約二時間。「二時」はその倍の約四時間。 朝の仕事は夜の仕事の二倍に相当するという意味から。
あの声で蜥蜴食らうか時鳥(あのこえでとかげくらうかほととぎす)
人や物事は、見かけでは判断できないということ。美しい声で鳴く時鳥が蜥蜴を食べることに驚いた、という意味で、江戸時代の俳人、宝井其角の句から。
ある時は米の飯(あるときはこめのめし)
手元にあるうちは先を見ずに、あるだけ使い切ってしまう。無くなってからの困り方は承知のうえで、豊かなときは豊かなだけの食い方をする。
ある時払いの催促なし(あるときばらいのさいそくなし)
金の都合がついた時に返せばいい、催促は一切しないという寛大な借金の返済条件をいう言葉。
いざという時(いざというとき)
非常事態が発生した場合。
何時にない(いつにない)
普段とは違っている。平生とは異なる。
今を時めく(いまをときめく)
現在、世間でもてはやされている。
飢えたる時は食を択ばず(うえたるときはしょくをえらばず)
腹の底から飢えていれば、目の前にあるものをそのまま口にする。 転じて、暮らしに行き詰まった者は与えられた境遇を呑むよりほかになく、注文をつけられる立場ではないという意にも使う。
丑の時参り(うしのときまいり)
時間を十二支で表した丑の時間である、午前二時に寺や神社に参拝して人を呪う儀式。呪う相手に見立てた人形を、金槌を使って鳥居や神木などに釘で打ちつける。七日間行うと相手を呪うことができ、その姿を人に見られると失敗するとされている。
往時渺茫としてすべて夢に似たり(おうじびょうぼうとしてすべてゆめににたり)
昔の出来事はいまとなっては霞のかなたに遠のいて、あれもこれも夢の中のことのように思われるということ。 「往時」は過ぎ去った昔で、原詩では「往事」と書く。「渺茫」は遠く広がってはっきりしないさま。
逢うた時に笠を脱げ(おうたときにかさをぬげ)
知り合いに会った時は、まず挨拶をしなさいということ。 礼儀の大切さを説いた教え。
蛙の目借り時(かえるのめかりどき)
春はとにかく眠たい時期だということ。 春に眠くなるのは、蛙が目を借りにくるからだという言い伝えから。 「蛙の目借り時」ともいう。
書き入れ時(かきいれどき)
商売が繁盛していて忙しい時期。帳簿に売り上げを書き入れることが多くなることから。
悲しい時は身一つ(かなしいときはみひとつ)
困ったり落ちぶれたりすると、他人は当てにならず、頼りになるのは自分だけだということ。「身一つ」は財産もなく自分の体だけという意。
叶わぬ時には親を出せ(かなわぬときにはおやをだせ)
言い訳に困った時には、親を引き合いに出すことで口実を作れということ。
叶わぬ時の神頼み(かなわぬときのかみだのみ)
思うようにことが運ばなくなって初めて、日ごろ拝みもしない神仏の前に手を合わせるということ。 自分の力では埒が明かないと知るなり急に信心深くなる、その虫のよさをついた言葉。
借りる時の地蔵顔、返す時の閻魔顔(かりるときのじぞうがお、かえすときのえんまがお)
お金を借りる時は地蔵菩薩のようにやさしい顔をするが、返す時は閻魔大王のような不機嫌な顔をするということ。
彼も一時、此れも一時(かれもいちじ、これもいちじ)
時とともに、世の中のことは移り変わっていくものである。だから、あの時はあの時、今は今で、あの時と今とを単純に比べることはできないということ。また、栄枯盛衰も一時限りであるということ。「彼」は、あの時の意。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥(きくはいっときのはじ、きかぬはいっしょうのはじ)
知らないことを聞くのはほんの一時の恥で済むが、聞かずに知らないまま過ごすのは一生恥ずかしいということ。
気の利いた化け物は引っ込む時分(きのきいたばけものはひっこむじぶん)
長居する客や、なかなか引退せずに長く地位を占めている人を皮肉って言う言葉。 気の利いた化け物は引き時を心得ているとの意から。 単に「化け物も引っ込む時分」ともいう。
金時の火事見舞い(きんときのかじみまい)
飲酒などで真っ赤になった顔のたとえ。「金時」は、源頼光の四天王の一人、坂田金時のこと。赤ら顔の金時が火事見舞いに行くと、ますます赤くなることから。
草木も眠る丑三つ時(くさきもねむるうしみつどき)
物音の絶えた深夜。動くものが何ひとつ見当たらず、生き物どころか庭の枝先までまどろんでいるように思われる刻限をいう。 「丑三つ時」は丑の刻を四つに割った三番目にあたり、今でいえば夜中の二時前後。
苦しい時には親を出せ(くるしいときにはおやをだせ)
言い訳に困った時には、親を口実に使うのがいいということ。
苦しい時の神頼み(くるしいときのかみだのみ)
信仰心のない者が、苦しい時だけ神に祈って助けてもらおうとすること。
孝行のしたい時分に親はなし(こうこうのしたいじぶんにおやはなし)
親の値打ちは、こちらが同じ年恰好になってようやく腑に落ちる。腑に落ちたころには相手はもういない——その食い違いを嘆いた川柳が、そのままことわざになった。
孔子も時に遇わず(こうしもときにあわず)
孔子ほどの人物でさえ、生きた世が味方せず、思うところを政へ映せないまま終わった。 腕があっても、それを求める世に生まれ合わせるかどうかは別の話だという嘆き。
子で子にならぬ時鳥(こでこにならぬほととぎす)
手をかけて育てても、血の通っていない子はどこかで実の親のほうへ戻っていく。 鶯の巣で孵された雛も、やはり時鳥として巣立っていく。
事ある時は仏の足を戴く(ことあるときはほとけのあしをいただく)
普段は不信心な人でも、困ったときには仏の足元にひれ伏して救いを求めるというたとえ。
