「じ」から始まる故事・ことわざ・慣用句一覧
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ことわざ一覧
自家薬籠中の物(じかやくろうちゅうのもの)
いつでも自分の思うままににできる人や物のたとえ。また、すっかり身につけた知識や技術のたとえ。「自家」は自分、「薬籠」は薬箱のこと。 自分の薬箱の薬のように、いつでも自分の思いのままに使えるものという意から。
時間の問題(じかんのもんだい)
結果がほぼ分かっていて、そのままの状態で近いうちにその結果になるだろうという状態。
時間を稼ぐ(じかんをかせぐ)
準備を整えたり、有利な状況になったりするまで長引かせること。 「時を稼ぐ」ともいう。
時間を割く(じかんをさく)
忙しい中で時間をやりくりして、あることをするために時間を作ること。
地が出る(じがでる)
隠していた本性が表に出ること。
地金が出る(じがねがでる)
隠していた本性が表に出ること。
時機に投ずる(じきにとうずる)
機会を利用してうまく物事を行うこと。または、時代の流れに乗って行動すること。
自彊息まず(じきょうやまず)
自らすすんで努力し、励んで怠らないことのたとえ。「彊」はつとめること、「息まず」は休まない意。
児戯に等しい(じぎにひとしい)
少しの価値もないこと。
時好に投ずる(じこうにとうずる)
時代の風潮に合って、世間にもてはやされること。
地獄から火を貰いに来たよう(じごくからひをもらいにきたよう)
やせ衰えてみすぼらしい姿のたとえ。
地獄極楽は心にあり(じごくごくらくはこころにあり)
地獄や極楽は、人の心の中に存在する。つまり、心の持ちようで、地獄にも極楽にもなるということ。
地獄極楽はこの世にあり(じごくごくらくはこのよにあり)
善悪の報いはあの世に行くまでもなく、この世ではっきりと現れるということ。
地獄で仏に会ったよう(じごくでほとけにあったよう)
非常に困っている時に、思いがけない助けに出会った時の嬉しさのたとえ。単に「地獄で仏」ともいう。
地獄にも知る人(じごくにもしるひと)
地獄のようなひどい所でも知り合いはできるということ。「冥土にも知る人」ともいう。
地獄の一丁目(じごくのいっちょうめ)
きわめて恐ろしい所のたとえ。また、悪の道や破滅に向かう始まりのたとえ。「一丁目」は入り口の意。
地獄の上の一足飛び(じごくのうえのいっそくとび)
きわめて危険な行為のたとえ。
地獄の釜の蓋も開く(じごくのかまのふたもあく)
正月の16日と盆の16日は、みな仕事をやめて休もうということ。この両日は、地獄の鬼も仕事を休み、罪人を煮る釜の蓋も開けて使わないということから。
地獄の沙汰も金次第(じごくのさたもかねしだい)
この世の事は、すべて金の力でどうにでもなるということのたとえ。地獄の裁判も金を出せば有利になるという意から。
地獄は壁一重(じごくはかべひとえ)
人間は一歩誤ると、罪を犯してしまいがちだということ。地獄は壁を一枚隔てたすぐ隣にあるという意から。
地獄へも連れ(じごくへもつれ)
どんな所に行く時でも連れがあったほうがいいということ。たとえ地獄に行くにしても、道連れがあったほうがいいという意から。
地獄耳(じごくみみ)
一度聞いたらいつまでも忘れないことや、人の噂や秘密などを素早く聞き込んでいることのたとえ。また、そういう人のこと。
地獄も住み処(じごくもすみか)
住み慣れてしまえば、たとえ地獄のようなひどい所でも、住み心地がよくなるというたとえ。
磁石に針(じしゃくにはり)
くっつきやすいもののたとえ。多くは男女の仲が接近しやすいことをいう。
地震、雷、火事、親父(じしん、かみなり、かじ、おやじ)
世の中で恐ろしいとされているものを、こわいもの順に並べた言葉。
地震の時は竹薮に逃げろ(じしんのときはたけやぶににげろ)
地震の時は竹やぶが避難場所としてすぐれているということ。竹は根を広く張っているいるため地割れが少なく、竹は倒れにくく、もし倒れても軽いため怪我が少ないことなど、経験からいわれている言葉。
事実は小説よりも奇なり(じじつはしょうせつよりもきなり)
この世の実際の出来事は、作り事の小説よりも変化に富んでおもしろいということ。イギリスの詩人バイロンの言葉。
祖父は辛労、子は楽、孫は乞食(じじはしんろう、こはらく、まごはこじき)
金持ちも長続きはしないことのたとえ。 祖父が苦労して財産を築き、子が楽をして、孫は乞食になるほどに落ちぶれるということから。
耳順(じじゅん)
六十歳のこと。『論語』の「六十にして耳順う」から、他人の言葉も素直に聞けるようになると年齢という意。
爾汝の交わり(じじょのまじわり)
きわめて親密な交わりのたとえ。「爾汝」は、お前・貴様の意。相手をお前・貴様と遠慮なく呼び合うような親しい交際の意から。
児孫のために美田を買わず(じそんのためにびでんをかわず)
子孫に財産を残せば、それに頼って努力をしないのであえて財産を残さないということ。西郷隆盛の詩の一節。
地蔵の顔も三度(じぞうのかおもさんど)
どんなに温和な人でも、何度もひどい仕打ちをされれば腹を立てるというたとえ。いかに慈悲深く心の広い地蔵でも、顔を三度もなでられると腹を立てるという意から。「仏の顔も三度」ともいう。
地蔵は言わぬが我言うな(じぞうはいわぬがわれいうな)
秘密を打ち明けたあと、相手に口止めしながら、自分が人にしゃべってしまう人間に対していう戒めの言葉。悪事を働いた者が、道端の地蔵に「どうか黙っていて下さい」とお願いしたところ「俺は言わぬがわれ言うな」と地蔵が答えたという昔話から。
自他共に許す(じたともにゆるす)
全ての人がそうであると認めること。
事大(じだい)
弱い人が強い人に付き従うこと。
耳朶に触れる(じだにふれる)
偶然聞くこと。たまたま耳に入ること。聞き及ぶ。
地団太を踏む(じだんだをふむ)
何度も足を踏み鳴らして悔しがるようす。「地団駄」は、地蹈鞴(じだたら)が変化した語で足で地を何回も踏みつけること。「地団太」とも書く。
十指に余る(じっしにあまる)
数が多いこと。十本の指で数え切れないということから。
十指の指す所(じっしのさすところ)
多くの人が一致して認めること。 十人の手が指し示す所との意から。 「十目の視る所、十手の指す所」ともいう。
十把一絡げ(じっぱひとからげ)
いろいろな種類のものを、区別無くひとまとめにして取り扱うこと。また、一つ一つ取り上げるほどの価値がないものとして粗末に取り扱うこと。
十遍読むより一遍写せ(じっぺんよむよりいっぺんうつせ)
何度も読むより、一度書き写したほうが内容をよく理解できるということ。「十読は一写に如かず」ともいう。
実がある(じつがある)
誠意や思いやりが感じられること。
日月地に墜ちず(じつげつちにおちず)
人が守るべき道義や正義などが滅びずに残っていること。 「日月」は正義や道義などの象徴とされるもの。
地続きは買うておけ(じつづきはかうておけ)
自分の土地と地続きの土地が売られていたら買っておけということ。
実を挙げる(じつをあげる)
明確な成果を示すこと。
実を取る(じつをとる)
名誉や名声などの体裁にこだわらず、内容や利益を選ぶこと。 「名を捨てて実を取る」ともいう。
自転車操業(じてんしゃそうぎょう)
借金と返済を繰り返しながらどうにか仕事を続けること。また、そのような経営状態。 自転車は止まると倒れるということから。
地で行く(じでいく)
飾り立てたりせずに、ありのまま振る舞うこと。または、物語や小説の中だけでしか行われないようなことを実際に行うこと。
自腹を切る(じばらをきる)
自分が支払う必要のない経費などをあえて自分の金銭で支払うこと。
自分の盆の窪は見えず(じぶんのぼんのくぼはみえず)
自分の欠点はわからないことのたとえ。「盆の窪」は首の後部中央のくぼんだ所。
自慢高慢、馬鹿のうち(じまんこうまん、ばかのうち)
自慢や高慢な態度は愚かしいということ。
自慢高慢酒の燗(じまんこうまんさけのかん)
自慢や高慢、酒の燗もいい加減にしておくのがいいということ。
自慢の糞は犬も食わぬ(じまんのくそはいぬもくわぬ)
誰にも相手にされないこと。自慢をする者はまわりの人に嫌われ、糞をかぎ回る犬でさえ、そういう人間の糞は避けるという意から。
自慢は知恵の行き止まり(じまんはちえのいきどまり)
自慢をするようになると、進歩はもう望めないということ。
自明の理(じめいのり)
証明や説明の必要がないほどにわかりきっていること。
耳目となる(じもくとなる)
その人の補佐をすること。その人の目や耳と同じ役割を果たすということから。
耳目に触れる(じもくにふれる)
見たり聞いたりすること。
耳目を集める(じもくをあつめる)
多くの人が意識を向けること。注意や関心を集めること。
耳目を驚かす(じもくをおどろかす)
世間の多くの人を驚かせること。
弱冠(じゃっかん)
男子の二十歳のこと。また、年が若いこと。昔の中国で二十歳を「弱」といい、元服して冠を被ったことから。
蛇の道は蛇(じゃのみちはへび)
同類のことは、同類がいちばんよくわかるというたとえ。蛇の通る道は、仲間の蛇がよく知っているという意から。
蛇は寸にして人を呑む(じゃはすんにしてひとをのむ)
優れた人物は、幼い頃から常人とは違ったところがあるというたとえ。大蛇はわずか一寸ほどの頃から、人間をのみ込もうとする気迫を持っているということから。
邪魔が入る(じゃまがはいる)
物事の途中で、妨げとなる出来事が起こること。
十三日の金曜日(じゅうさんにちのきんようび)
西洋で不吉とされて忌み嫌われる日のこと。、キリストが弟子のユダに裏切られた日が十三日の金曜日だった、など俗説はいろいろある。
十七八は藪力(じゅうしちはちはやぶぢから)
男は十七、八歳の頃には、薮竹を引き抜くほどのばか力が出るということ。
従心(じゅうしん)
七十歳のこと。「七十にして心の欲するところに従えども矩をこえず」から。
銃弾に倒れる(じゅうだんにたおれる)
銃弾に当たって死ぬこと。
重点を置く(じゅうてんをおく)
あるものを大切だと考え、そこに力を入れること。
十読は一写に如かず(じゅうどくはいちしゃにしかず)
何回も読むより、一回書き写したほうが内容をよく理解できるということ。「十遍読むより一遍写せ」ともいう。
十年一日の如し(じゅうねんいちじつのごとし)
長い年月、少しも変わらずずっと同じ状態である様子。十年が、まるで一日であるかのようだという意から。
重箱の隅は杓子で払え(じゅうばこのすみはしゃくしではらえ)
些細な事に必要以上に干渉せずに大目に見るべきということのたとえ。重箱の隅を杓子で払うと隅に残るということから。
重箱の隅を楊枝でほじくる(じゅうばこのすみをようじでほじくる)
どうでもいいようなつまらない所まで取り上げて、口うるさく言うことのたとえ。「楊枝で重箱の隅をほじくる」「重箱の隅を楊枝で突つく」ともいう。
十分はこぼれる(じゅうぶんはこぼれる)
物事が十分過ぎるとかえって失敗することがあるので、あまり欲を出さずにほどほどがいいということ。容器いっぱい水をいれると、あとはもうこぼれるばかりだという意から。
十目の視る所、十手の指す所(じゅうもくのみるところ、じってのゆびさすところ)
多くの人が一致して認めること。 十人の目が見て、十人の手が指し示す所との意から。 「十指の指す所」ともいう。
柔よく剛を制す(じゅうよくごうをせいす)
弱い者が強い者に勝つことのたとえ。しなやかで柔らかいものは、力だけで押してくる剛強なものの矛先をそらして、結局は勝利を得るということ。
獣を逐う者は目に太山を見ず(じゅうをおうものはめにたいざんをみず)
豎子教うべし(じゅしおしうべし)
述懐奉公身を持たず(じゅっかいぼうこうみをもたず)
不平、不満を持ちながら働いていても、身が持たないということ。
術中に陥る(じゅっちゅうにおちいる)
相手が仕掛けた計略に引っかかること。 「術中に嵌る」ともいう。
寿命が縮む(じゅみょうがちぢむ)
激しい恐怖や驚きなどを受けることのたとえ。
寿を上る(じゅをたてまつる)
自由を与えよ、しからずんば死を与えよ(じゆうをあたえよ、しからずんばしをあたえよ)
自由のために、死ぬ気で戦うという強い決意を表して、アメリカ独立運動でパトリック・ヘンリーが演説の結びに言った言葉。
城下の盟(じょうかのちかい)
敵に攻め込まれて結ぶ、屈辱的な降伏の約束のこと。敵に首都まで攻撃されて、自分の城のそばで交わす盟約の意から。
情が移る(じょうがうつる)
次第に愛情が沸いてくること。
情が深い(じょうがふかい)
他人を思いやる心が強いこと。情け深いこと。
常軌を逸する(じょうきをいっする)
常識外れなことを行ったり言ったりすること。
上戸に餅、下戸に酒(じょうごにもち、げこにさけ)
見当違いでありがた迷惑であることのたとえ。酒好きに餅、酒の飲めない人に酒を出すということから。
上戸の手弱(じょうごのてよわ)
酒好きは、酒につられることが多いので誘惑に弱く、つけ込みやすいということ。
上戸は毒を知らず下戸は薬を知らず(じょうごはどくをしらずげこはくすりをしらず)
酒飲みは酒が体に害になることを知らずに飲み過ぎ、酒を飲めない者は酒の効用を知らない。つまり、酒は飲み方しだいで、毒にも薬にもなるということ。
上戸めでたや丸裸(じょうごめでたやまるはだか)
酒飲みは、酒をたくさん飲んでいい気持ちになり、いつのまにか全財産を飲み尽くしてしまうというたとえ。「上戸可愛や丸裸」ともいう。
上梓(じょうし)
書物を出版すること。昔、木版印刷の版木に梓(あずさ)の木を使ったことから。
上梓する(じょうしする)
書物を出版すること。昔、木版印刷の版木に梓(あずさ)の木を使ったことから。
上昇気流に乗る(じょうしょうきりゅうにのる)
運が上向き、物事が順調に進むようになること。
上手の小糸(じょうずのこいと)
上手な人は仕事を要領よくやるというたとえ。裁縫の上手な人は必要なだけの糸を使うという意から。
上手の手から水が漏る(じょうずのてからみずがもる)
どんな名人でも時には失敗するというたとえ。
上手の猫が爪を隠す(じょうずのねこがつめをかくす)
すぐれた才能や実力のある人は、それをむやみにひけらかしたりしないということ。
上手は下手の手本、下手は上手の手本(じょうずはへたのてほん、へたはじょうずのてほん)
下手な人が上手な人のやり方を手本にするのは当たり前だが、上手な人も下手な人のやり方が参考になることもあるというたとえ。
冗談から駒が出る(じょうだんからこまがでる)
冗談で言ったことが思いがけず本当になること。「瓢箪(ひょうたん)から駒が出る」のもじり。
冗談じゃない(じょうだんじゃない)
調子に乗った相手に注意を与える時に使う言葉。 または、相手の意思と自分の意思が異なっている時に使う言葉。
冗談にも程がある(じょうだんにもほどがある)
冗談にも程度があり、度が過ぎてはいけないということ。
冗談も休み休み言え(じょうだんもやすみやすみいえ)
常識から外れた言葉を否定する時に使う言葉。 「ふざけたことを言うな」や「馬鹿なことを言うな」などの意味。
上知と下愚とは移らず(じょうちとかぐとはうつらず)
生まれつき賢い者、また、生まれつき愚かな者はあとからの教育や環境で変わるものではないということ。「上知」はすぐれた知恵、「下愚」はきわめて愚かなこと。
情に引かされる(じょうにひかされる)
相手に同情してしまい、厳しい決断を下せないこと。
情に絆される(じょうにほだされる)
人情に訴えられ、意思や考えなどから外れた行動をしてしまうこと。
情に脆い(じょうにもろい)
人情に厚く、共感しやすい性質。
情張りは棒の下(じょうはりはぼうのした)
素直でいるほうが得であるということ。 強情を張る人は恨みを買って棒で打たれるということから。
情を通じる(じょうをつうじる)
敵にこっそりと通じていること。内通する。 または、夫婦の関係でない人同士が密かに肉体関係をもつこと。
如才がない(じょさいがない)
気が利いていて配慮が行き届いている様子。 「如才」は「如在」が変化したもので、手抜かりという意味。 「如才ない」ともいう。
女子と小人とは養い難し(じょしとしょうじんとはやしないがたし)
女の人と度量に欠けた人は、図に乗ったり、ちょっとしたことで恨んだりするため、扱いにくいということ。 「女子と小人とは養い難し」ともいう。
女子と小人は養い難し(じょしとしょうじんはやしないがたし)
女の人と度量に欠けた人は、図に乗ったり、ちょっとしたことで恨んだりするため、扱いにくいということ。 「女子と小人とは養い難し」ともいう。
助長(じょちょう)
発展したり成長したりするために力を添えること。 または、ある傾向を強くすること。 または、力添えをしたせいで悪い傾向や性質を強めてしまうこと。 中国の宋の国の人が植物の苗が成長するように引っ張ると枯れてしまったという故事から。
序破急(じょはきゅう)
物事の始めと中と終わりのこと。また、緩急の変化のこと。舞楽や能楽などを構成する三区分の名称から。
而立(じりつ)
三十歳の異称。論語の「三十にして立つ」から。
時流に乗る(じりゅうにのる)
その時代の流行や風潮、傾向などの流れを利用して物事をうまく進めること。
次郎にも太郎にも足りぬ(じろうにもたろうにもたりぬ)
中途半端で使いみちがないこと。
辞を低くする(じをひくくする)
敬意をもって丁寧な言葉で話すこと。
仁義を切る(じんぎをきる)
博徒や香具師などが行う独特の初対面の挨拶。転じて、交渉や相談などがうまくいくように事前に関係者などに一通りの挨拶をしておくこと。
人口に膾炙する(じんこうにかいしゃする)
多くの人々に知れ渡って、もてはやされること。「膾」はなます、「炙」はあぶった肉のことで、この二つは多くの人の口に喜ばれることから。
沈香も焚かず、屁もひらず(じんこうもたかず、へもひらず)
特に優れたこともしないが悪いこともしないで、平々凡々であることのたとえ。沈香を焚いてよい香りを放つわけでもなく、屁のような悪臭を放つわけでもないという意から。
人後に落ちない(じんごにおちない)
他人にひけをとらないこと。「人後」は、他人のうしろの意。
仁者は憂えず、知者は惑わず、勇者は懼れず(じんしゃはうれえず、ちしゃはまどわず、ゆうしゃはおそれず)
仁徳の備わった者はものの道理に従って行動するから、何ひとつ心配することがない。知恵を備えた者は道理をわきまえているので事をなすにあたって迷いがない。勇気がある者は信念を持って行動しどのような事態にも臆することがないということ。
仁者は敵なし(じんしゃはてきなし)
仁者は山を楽しむ(じんしゃはやまをたのしむ)
仁徳の備わった人は、心が静かで何事にも動じないからどっしりかまえた山を愛し楽しむということ。
人事を尽くして天命を待つ(じんじをつくしててんめいをまつ)
出来る限りのことをして、あとは天命に任せるということ。「人事」は人間の力で出来る事柄、「天命」は天の命令の意。
人生、意気に感ず(じんせい、いきにかんず)
人は相手の心意気に感じて行動するのであって、金銭や名誉のためではないということ。
人生、字を識るは憂患の始め(じんせい、じをしるはゆうかんのはじめ)
人は字を覚え学問をするようになると、心を痛めることが多くなる。なまじ字を覚え学問を積むと、かえって心配したり悩んだりするようになるということ。
人生、朝露の如し(じんせい、ちょうろのごとし)
人生は朝日が射せばたちまち消えてしまう露のようにはかないものだということ。
人生行路難し(じんせいこうろかたし)
人の一生には多くの困難があるため、生きていくのは簡単ではないということ。
人生七十、古来稀なり(じんせいしちじゅう、こらいまれなり)
七十歳まで生きる人は、昔から非常に少ないということ。このことから七十歳のことを「古稀(古希)」という。
人生僅か五十年(じんせいわずかごじゅうねん)
人の一生の儚さをいう言葉。 人は生きても五十年程度であるとの意から。
沈丁花は枯れても香し(じんちょうげはかれてもかんばし)
もともと良いものは、たとえ盛りが過ぎても値打ちがあるというたとえ。沈丁花は枯れてもなおよい香りがするということから。
陣取る(じんどる)
戦争の陣地や陣営を構えること。または、ある場所を自分のものとすること。 「陣取る」や「陣を構える」ともいう。
陣門に降る(じんもんにくだる)
戦争に負けて降伏すること。また、競争や試合に負けること。 「陣門」は、陣営の入り口のこと。投降して敵の陣門に入るとの意から。 「軍門に下る」ともいう。
陣を構える(じんをかまえる)
戦争の陣地や陣営を構えること。または、ある場所を自分のものとすること。 「陣取る」や「陣を構える」ともいう。
陣を取る(じんをとる)
戦争の陣地や陣営を構えること。または、ある場所を自分のものとすること。 「陣取る」や「陣を構える」ともいう。
刃を迎えて解く(じんをむかえてとく)